第5話 トラブル
声のした方を見ると、ギルドの女性職員が、下品な笑みを浮かべた冒険者に腕を掴まれていた。
「おい! 別に良いだろ!? 俺達が守ってやってんだから、少しくらい奉仕しろよ!」
「やめてください! そんな事したくありません!」
女性職員は、何とか振りほどこうとしているけど、冒険者の男の力が強く、振りほどくことが出来ないみたい。冒険者は、一定の戦闘が出来れば、誰でもなれるので、一定数ああいった下劣な輩が混じっている事がある。
「先に戻って……」
カルメアさんが、私達を先に帰そうとしたけど、その前に身体が動いてしまった。冒険者の男に向かってずんずんと進んでいく。そして、冒険者の男がしている所業をやめさせるべく、声を掛ける。
「そのくらいにして、手を離して頂けますか?」
「あ?」
男は、私の方に顔を向ける。そして、私をなめ回すように見ると、にやっと笑った。気持ちが悪い。
「何だ? お前が相手をしてくれるのか?」
冒険者の男は、女性職員から手を離すと、私に向けて手を伸ばしてきた。そんなとろい動きで捕まえようとしてくるなんて、馬鹿なんじゃないの。
私は、男の袖を掴み、流れで胸倉も掴み、自分の方向に引っ張る。重心がずれたところに足払いを掛けて、身体を入れ込み持ち上げる。そして、男を地面に勢いよく叩きつけた。
「がはっ!」
スキル【武闘術】。効果は、寝技、投げ技、絞め技なども含んだ素手と脚の攻撃の威力や精度などを大幅に上昇させるというものだ。
男は、叩きつけられた衝撃で肺の中の空気を吐き出されたみたい。苦しそうに悶えている。
「てめぇ! 兄貴に何しやがる!」
少し離れた場所にいた大柄の冒険者が私に向かって拳を振う。その攻撃を難なく避けて、相手の懐に踏み込み、相手のお腹に拳をめり込ませた。私の拳が手首まで埋まった後、冒険者は三メートルくらい吹き飛んだ。
スキル【剛力】。効果は、単純に力を何十倍にも跳ね上げさせるものだ。女である私の力でも、簡単に人を殴り飛ばせる。
周りがざわざわとし始める。
「ギルド職員への暴力や嫌がらせは、規則で禁じられているはずですよ」
私は、男達を見下ろしながらそう言った。悶え苦しんでいた男達は、ゆっくりと立ち上がる。そして、
「う、うわあああああああああああ!!」
「ひええええええええええええええ!!」
情けない声を出し、涙を流しながらギルドから逃げ出していった。
「あ、ありがとうございます!」
女性が私の手を取ってお礼を言った。
「いえ、腕は大丈夫ですか?」
「はい。おかげさまで、何ともありません」
「それは良かったです。じゃあ、私も失礼しますね」
女性は、何度もお礼を言いながら私を見送った。
「すみません。出しゃばった行動をしてしまって……」
「全く、一歩間違えれば、あなたが怪我をしていたかもしれないのよ。例え、戦闘スキルを持っているとしても、不用意に冒険者と戦ったらダメよ」
「はい。すみません」
カルメアさんは、私を叱るけど、責めているのではなく心配しているということが、その語気から感じられた。
「じゃあ、さっきと同じように複写をお願いね。私は、他の業務が出来ちゃったから、行くわ」
カルメアさんは、億劫そうにそう言いながら去って行った。私もリリアさんがいる場所に戻る。
「アイリスちゃん、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。伊達に戦闘スキル持ちではありませんから」
「そうだけど……すごく心配したんだよ」
リリアさんは、本当に心配そうにそう言った。カルメアさんもそうだけど、戦闘スキルを持っているって知っているのに、ちゃんと心配してくれる。そのことが、少しだけ嬉しかった。
「ごめんなさい」
「でも、アイリスちゃんの意外な一面を見られて、ちょっと得した感じがするかな」
「意外な?」
何だろう。暴力的な一面ってことかな。これで、リリアさんと距離が出来たらって思うと、少し怖くなる。
「戦う事が嫌いって言ってたけど、困ってる人を放っておけなかったんでしょ? 大人しい性格かなって思ってたけど、優しくて頼もしい子なんだなぁってね」
リリアさんはそう言って微笑んだ。取りあえず、嫌われたって事が無くて良かった。いきなり、同期の人と仲が悪くなるなんて嫌だもんね。
「じゃあ、早く部屋に戻ろう。お仕事は、まだまだあるもんね」
「はい!」
私とリリアさんは複写の仕事に戻る。それから、しばらく複写の仕事をしていると、
「アイリス、今良いかしら?」
「は、はい!」
カルメアさんに名指しで呼ばれた。
「何ですか……?」
「そんなに怖がらなくても、説教じゃないわよ。一緒にギルドマスターの部屋に来て貰える?」
「はい」
カルメアさんに連れられて、ギルドマスターの部屋に向かった。リリアさんは、心配そうに見送ってくれた。
「今回は、ありがとうね。穏便に済ませたわけじゃないけど」
「それはごめんなさい……」
「それでね。一応、ギルドマスターに報告しなくちゃいけないのよ。だから、アイリスからの報告も必要になっちゃってね」
「そうなんですか」
連れられてこられた理由を聞いているうちに、ギルドマスターの部屋まで着いた。カルメアさんがノックをすると、ガルシアさんの声が聞こえた。
「入っていいぞ」
「失礼します」
「し、失礼します!」
中に入ると、ガルシアさんが机で書類と睨めっこしている最中だった。
「おお、よく来たな。そっちに座ってくれ」
ガルシアは、前にあるソファが向かい合わせになっている場所を指す。私とカルメアさんが入り口に近い方のソファに座ると、向かい側にガルシアさんが座る。私達の間には、一卓のテーブルが置いてある。
「今日のアイリスはお手柄だったな」
開口一番にガルシアさんが笑いながらそう言った。カルメアさんが片手で頭を抱えため息をついている。
「あー、何か変な事言ったか?」
「確かに、アイリスはお手柄だったかもしれませんが、ギルドマスターとしての立場をお考えください。職員が自分から危険な事をするのを褒める人はいないでしょう」
「いや、良いことをしたんだから、まずは褒めなきゃだろ。まぁ、それはさておき、アイリスの口から色々と聞いておかないといけないんだ。早速質問させて貰うぞ」
「はい」
それから、三十分程、さっきの出来事を詳細に話していった。
「よし、被害に遭った職員の証言と目撃者の証言とも一致する。ご苦労だったな」
「いえ」
結構な手間だけど、話があってるかきちんと確認しないといけないんだよね。
「じゃあ、最後に、今後も同じような事が起こるかもしれない。その時、アイリスならどうする?」
「今日と同じように止めに入ると思います」
「そうか」
私が、真剣な眼でそう答えると、ガルシアさんは、ニカッと笑った。隣のカルメアさんも優しい眼差しになる。
「なら、このバッジを付けて貰う」
ガルシアさんは、テーブルに星形のバッジを置いた。
「これは……?」
「ギルド警備員のバッジだ。これは、冒険者の取り締まりを許可された職員が付けるものだ。それを、お前にやる意味は分かるな?」
「その方が都合が良いからですね」
「そういうことだ。だからといって、お前に取り締まりを強制するなんてことはない。お前が捕まえた方がいいと思うときにだけやってくれ」
「分かりました」
私は、テーブルに置かれたバッジを受け取り、胸に付ける。
「じゃあ、通常業務に戻ってくれ」
「分かりました。アイリス、行くわよ」
「はい」
私は、カルメアさんと一緒にギルドマスターの部屋から出て行くと、リリアさんのいる部屋まで戻っていった。そして、いつも通りの複写の仕事に励んだ。
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