第4話

「随分遅かったじゃない〜?どうしたの?」


 家に戻ると、心配した顔した母さんが二人を迎えた。

 マリナは俺に言い訳をまかせたとで言うかのように俺を真顔で見つめる。


「…はあ…色々あったんだよ。こいつが喧嘩に首を突っ込んだ」


 俺は靴を脱ぎながらそんなことを言う。

 実際喧嘩ではなかったのだが。


「えへへ」


 こっちは髪をいじりながら照れた。



「え⁉マーシャちゃん大丈夫??」


 こっちも心配性は相変わらずだ。


「大丈夫だよ〜」



「今日は二人とも今日は休んでおきなさい?後、布団は確か佑弦の部屋にもう一つあったわよね?それ使うと良いわ〜まだ寝るには早いけどね〜」


「は⁉同じ部屋で寝れって言うのか?」


「そうじゃない〜他に寝れるとこなんてうちにはないし…佑弦が店の席で寝るって言うならそれでもいいのよ〜」


 店の席で寝るなんて御免だ。

 誰が座ったかもわからない席に頭をつけて眠りにつくなんて絶対に避けたい。



―そして結局


「お前と寝のか…まあおばさんが言うなら仕方ないが」


「……」


 俺は黙って部屋の隅と隅に布団を敷いた。


「そんなに嫌ならマーシャは寝なくてもいいだぞ?女神は基本的に寝なくたって疲労はとれるのだ」


 マリナは敷いた布団直様ゴロゴロと寝転がった。

 こんな姿前に「じゃあ寝ないで」なんて言えるはずもなければ、言うつもりもない。


 にしても、マリナは相当疲れているようだった。瞼が下がったり上がったりを繰り返している。


「寝るのは風呂入ってからにしろよ」


 オムライスをマリナに取られたので棚からせんべいを取り出し、ぼりぼりとそれを食べながら話す。


「ふろ?…なに、それ」


「まあ、今日はいいか。朝入れよ?」


「あ、うん、?わ、かったぁ」


 マリナは一瞬にして眠りについた。とても気持ちよさそうに寝相よく寝る。

 マリナが寝たのを確認した俺は部屋を出て風呂に入った。



「(あいつ、本当に居候するつもりなのか…)」


 そんなことを考えながらシャワーを終え、広々した湯船に浸かる。


「(仕事を覚えてくれたら俺も後々楽になるならそれでもいいか…。とにかく俺は平和に楽にこの高校生活を終えたいんだ。そんなこと言っても女神が来たんようじゃ平和は簡単には迎えられないか…それより―)」



「本当、世界征服されなくてよかった。オムライスのお陰だな」


 風呂場に自分の声が小さく響く。


 そう、俺は絶対この「今」を終わらせたくなんかなかった。



―俺は夢で約束したから


「君は料理が上手くなりたいのですか?」


 何処からかそんな声があの時、聞こえた。いつの日だったかなんて覚えていない。

 ただ、夢の中にいた「彼女」が俺に生きる理由をくれた気がした。


 長い髪が印象的で、それ以外の記憶はもやに包まれていて思い出せない、夢でのことなんてこれ以上思い出せなかった。



「うん、料理だけが母さんたちに俺がしてやれることだから」


「私は――」


 彼女の言葉は途切れてしまった。



「って風呂場で寝るとこだった、上がるか」




―部屋着に着替えて、部屋に戻ると


どんっ


「…?」


 マリナが俺に突然抱きついてきた。

 俺は理解が出来ずに混乱した。熟睡していたはずのマリナは起きているし、おまけに俺に抱きつくというのはどういう描写だろうか。


「なに?」


 俺はいつもより優しい声のトーンで尋ねる。


「…ありが、とう………迷惑、かけた、許すのだ」


「うん」


 何とは聞かず、抱きついて俺の部屋着を涙で濡らすマリナの頭を優しく撫でた。

 彼女の真っ白な髪はまるで、鳥の羽に触れているかのような感触だった。


 温かくて、優しくて、たまにつんとして、食べる時の顔が幸せそうで、子供っぽくて、それでいて強いのに弱い、そしてすぐ泣き出す、とんだ弱い女神様だ。

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