第3話
「マーシャはマリナ・クーノ・デビルなのだ!居候するからよろしく頼むぞ?」
俺とマリナは一階に下りて母のもとに向かった。
マリナはこっちの世界に来て日が浅いため、住む家だって食料もなかったのだ。なので結局俺の家で居候という形になるのだったが、親にも了承はもらっておかないことには話は進まないので、とりあえず俺は親のもとにマリナを連れて行った。
「あら〜可愛らしいお嬢さんだこと、こちらこそよろしくね〜」
母さんは頬に手をあて、優しい表情でマリナに微笑んだ。
にしても母さんの性格はよくわからない。突然やってきた少女が突然「居候するからよろしく」などと言われていても平然としており、決して断ったりなどしなかった。
父さんだって全て母さんに任せっきりな性格なため、どんなことだって気にしない。
二人が過保護なのか、緩いのかはよくわからなかったが一旦了承を得たので一安心だ。
「ふふ〜ん、ではお前。私は何をすれば良い?」
意外にもマリナは店の手伝いをすると自慢げな表情して言い出してきた。
俺は怠けてばかりの女神とでも偏見をもっていたのだが、予想とは反して至って素直なのかもしれない。
「お手伝いもしてくれるの〜?マーシャちゃん偉いのね〜」
「そうだろー」
母さんは嘘偽りのない笑顔でマリナを褒め称え、それを聞いてマリナは機嫌良さそうにその場でスキップをしたりしている。
そんな母さんたちを見ていると、俺からは母さんが幼稚園児の少女の世話をしている絵図に見えてくる。視線をマリナの低い身長に合わせ、小動物を見ているかのような瞳でマリナを見つめているその姿はそのものだ。
母さんは間を少し開けた後に何かを思いついたように口を開いた。
「じゃあ、二人でスーパーにお買い物してきてくれないかしら〜?卵がオムライスでなくなっちゃったはずだから、買ってきて欲しいわ〜あ、マーシャちゃんが欲しいものあるなら買ってきても良いからね?」
「やったー。おばさんすき」
マリナが本心でそう言っていたのかどうかはさて置き、何故俺が一緒に行く羽目になっている…?
俺の仕事はおつかいなんかじゃなく、いつものように厨房にたつことだ。それが俺が母さんたちの仕事を手伝う理由であり、それが俺が部活に入らなかった理由なのだ。今日は厨房に踏み入ることすら出来ないのか…
「エコバックが必要だと思うからマーシャちゃんはこれ背負ったらどうかしら?この中にお金もいれて置くわね〜」
母さんはマリナに小さめの黒リュックを預けた。
マリナは母さんからリュックを受け取ると早速背負い、くるんと一回転してみせた。身長が低いからなのか小さいめのリュックは彼女によく似合う。
マリナは直様リュックを気に入り、店の入口で足踏みして俺が来るのを待っている。
本当に俺と母さんとでの態度の差は激しいという限度を超えている。
ここまで猫かぶっていると、思うとぶりっこといってもおかしくはない。まあきっとこれが後々彼女にとって弱みとなることを俺は勝手に予測した。
「じゃあ、いってらっしゃい〜」
母さんに見送られて、俺は嫌々ながらも店を出た。
二人は歩き出した。
マリナの歩幅はあまりひろくはなかったので、それに合わせるように俺の隣を歩く。
「お前の母親は過保護なのだな」
先程の甘々マリナは消え去り、最初のマリナへとあっという間に戻っていた。
その短髪をぐるぐるしていじりながら眠そうな顔して俺の隣を歩く。たまに塀に手をこすりつけたり、石を足で蹴飛ばしたりしながら歩いたりと、行動すらまだまだ幼い。
「あぁ、それだからちょっと嫌なんだがな」
過保護であるがために同級生にからかわれたりだってしたことすらあった。そんなことがあってからは俺は過保護な両親が少しばかり苦手だった。
決して悪いわけではなかったが、親としてのありかたが俺の中では母さんたちとはずれていた。
「マーシャは羨ましいと思うのだ。マーシャの母上は厳しい方だったからな」
俺はマリナの表情を横目で確認した。先程の眠く気だるそうな表情とは一変し、真剣な目つきだった。
「母上…」
「何?ホームシックか」
「違うのだ!!」
彼女は切ない気持ちに飲み込まれるかのように一瞬顔を曇らせた。
厳しいとはいってもマリナはきっと母を愛しているのだろう。
俺は両親と世界を超えて離れたことなんて経験がないのでわからないが、マリナの気持ちはわからなくもなかった。
―スーパーにて
「これは…!」
マリナは俺が手に取ったものを見て目を輝かせた。
「これが卵だ」
丸くて白くて綺麗なこの物体こそ卵、これこそが卵なのだ。
マリナは初めて卵を目にしたのでとても驚愕していた。まさかこれがオムライスになるなんて思わないからだろう。
「これがお前の大好きなオムライスになるんだよ」
「べ、べ、別に?マーシャはオムライスが好きなんて言ってないのだぞ、?」
どうにも隠しきれていない嘘をマリナはついた。
まず、この女神はここにきてオムライスしか口にしていないから他にわかるはずもなければ、俺がだしたオムライスに「まずい」とは決して言っていないので、ただの恥ずかしがり屋な天邪鬼だと俺はマリナを認識した。
卵を手に持ったカゴに入れて俺は周囲を見渡した。
先程側にいたはずのマリナがいなくなっていたにだ。
「は、?」
俺は心底呆れた。
マリナは自称女神だとしてもただの子供だ。
このままこんなのだと、俺は小学生の世話をしてオーバーヒートしてしまうのではないか。そんな不安が頭を過る。
「うえーん」
すぐ近くの方で子供の泣く声が聞こえた。
「まさか…!!」
俺は突如大きな不安を抱き、その泣き声の方へと全速力で駆け寄った。
マリナは世界征服をしたかったのだから、もしかしたら子供が彼女の機嫌を損ねて子供に怪我を負わせているのかもしれない、とそんな予感がした。
―そう思った俺が馬鹿だったのかもしれない
泣く声の先には厳つい顔の一人の男性とむっとした表情のマリナが向かい合い、マリナの背後には泣き声の張本人の小学生くらいの少年が大量の涙を流して床に座り込んでいた。
「なぁ、嬢ちゃん。こいつがぶつかってきたんだ。叱って当然だろ?」
「いやーマーシャにはお前がぶつかったようにしか見えなかったのだ。叱ると言ってもこんな幼い子どもを叱って何の得があるのだ?」
「俺にぶつかってごめんのひとごとすらないんだぜ?」
「だから何だと言うのだ」
二人が言い合いをしている中、背後では少年の友人らしき人物たちが少年の周りについた。
少年は涙を自分のシャツで拭き取り、その場に立った。
「おじさん、ごめんなさい」
深く頭を下げ、握る拳を震わせていた。
そんな少年を前にしても男性の怒りは収まっていなかった。
「は?今更っ――」
「失せろ」
男性の言葉に被せるようにそんな汚い言葉をマリナは吐いた。
その罵りを聞いた男性の背筋は凍り、急に冷や汗までかきはじめた。
「し、仕方ねえな。ゆ、許してやるよ」
そして男性は小走りでスーパーを後にした。
「こんなにちっちゃいのに凄いね。ありがとう!」
少年は思いっきりの笑顔で笑った。
少年の友人たちはマリナを囲い、褒め称ったが、周囲の大人たちは目を丸くさせて呆然としていた。
俺の何も出来ずにぽかーんとそのまま立ち尽くしていた。
―数分後
「あれも魔法なのか?」
たかが卵一個にこんなにも時間を食ってしまった。
春日色の夕日が二人を照らす。
マリナはリュックに入ってある卵を揺らし、機嫌が良さそうに腕を大きく振りながら歩いた。
「あぁ、魔法だぞ。言霊は強いものだな」
「…恐ろしい女神様だ」
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