第2話
―彼女は自分を女神だっと告げた
「女神か、そりゃあすごいな」
俺が無感情でその言葉を吐くと、彼女は面白く無さそうな顔して大きなため息をついた。
「はぁ、お前面白くないのだ、マーシャが恐ろしくないのか?」
「あぁ、そうだな。少なくともお前に言われて恐ろしいと感じるやつはそうそういないな」
「むっっーー!!」
腹がたったのか、マリナは頬を膨らませた。
そして―
ぎゅるるるう
マリナの腹の音が俺の私室内に響く。
彼女はは恥ずかしそうに顔を赤らめ、お腹を手でおさえた。
「お腹すいてんのか、女神様はお腹すかないんじゃないのか?」
追い打ちをかけるかのように俺は少女に尋ねる。
まずまず女神だってことすら信じてなんかいなかったが、冗談気味にそんなことを聞いていた。
「う、うるさい!こっちに来てから異様にお腹が空くだけなのだ!女神だってご飯も食べる!」
マリナの言うことが真実なのかは定かではなかったが、どうせ女神だって言うことだって悪ふざけなのだろう俺はこの出来事でより一層確信した。
俺を睨みつけながらそのまま彼女はその場にしゃがむ。きっと相当お腹が空いているのだろう。
「これいるか?」
先程作ったオムライスクレープをマリナに見せてみると、目を丸くして思わず涎を垂らしてしまっている。
「い、いや?いらないのだ」
嘘らしい苦笑いでごまかしたが流石にバレバレだったので俺はマリナに無言でオムライスクレープを差し出し、彼女はそれを嫌そうな顔して受け取った。
「し、し、仕方ない…」
マリナはぱくっそそれを一口口にする。
何度か噛んでからごくりとする音がよく聞こえた。
しばらく沈黙の間が続いたので俺は俯くマリナの顔を覗いた。見れば彼女は涙目になって残りのオムライスクレープを眺めていた。
「そんなにまずいか?」
俺が地味に申し訳無さそうにそう言うと、マリナは目元をこすってそのまま顔に手を覆い被せた。まるで恥ずかしいのを隠すかのように。
「いや、その、えーっとえっと……ふ、普通だな」
ちらちらと俺の顔色を伺うマリナは一度言葉を溜め込んでから、「普通」という言葉をぶつけた。
「…!」
この瞬間、俺は途轍もない喜びを得た。
父さんはただ気持ちが足りないとは言ったものの、「美味しい」と言っていた。
母さんだっていつも「美味しい」とばかり言葉を並べた。
初めて「普通」という評価がつけられたこの瞬間は泣きたくなるほどただただ嬉しかった。
すると――
「佑弦ー?誰の声、お客さん?」
母さんが階段を上ってくる音がすると同時に、マリナがこの部屋にいることに気づかれてしまった。
「やばい、ちょっと隠れろ」
「その必要はないね」
マリナは俺の呼びかけに一切動じずに、堂々とした表情で扉の前に立った。もう、隠れる時間などなかった、母さんはすぐそこまで来ている。
トントン
母さんが扉を二度ノックして扉を開けた。
だったのだが―
「あれ?誰もいないのね、母さんの空耳かしら〜?」
母さんはマリナが目の前にいるというのにまるで見えていなかったようだ。
俺はただ呆然として言葉を失った。
こんなことできるのは神、魔法使いなど他にない。ということは先程の物言は紛れもない事実であったことが証明された。
「あの、会計いいですかぁー?」
一階から客の声が聞こえた。
それもそのはず、今の時間帯が客が増え始めた時間帯なのだから。
「あ、は〜い」
母さんは焦りだし、直様俺の部屋をあとにした。
それよりも、何故マリナの姿が母さんには見えなかったのだろうか。不思議で仕方がなかったので俺は無言で視線をマリナへと向けた。
俺の目元は震えた。こんなことおとぎ話の世界だけのだけだと、信じ込んでいたものが目の前の出来事に寄って覆されてしまったからだ。
「だから言ったじゃないのか、マーシャは女神だって。こんなことだってできるのだぞ、ふふーん」
俺は自慢げに笑うマリナをしばらく見つめた後、黙って一度目を瞑った。そして頷き、彼女に問う。
「世界征服は本当なのか?」
現実離れしたその能力を前にして、やっとのことで彼女の言い分が真実だということに気づき、動揺したが決してそんな姿を彼女には見せなかった。
マリナが初めに求めていたものは俺の恐れる姿だったから。
「え、あ、ま、まあそうなるのだ」
マリナは焦り気味の表情で視線を泳がせる。マリナが何に焦って何に視線を逸しているのかは図りしれたものではなかったが、とても世界征服がしたそうではないことは確かだった。まるで何かのせいで世界征服をやめたかのように。
「…俺にはまだやることがあるから、それは困る」
「………」
俺はマリナが女神だと確信した。だから、俺は深く頭を下げた。
マリナはその情けない俺の姿を見て高笑いで罵るのだろうと予想したのだが、俺はそれでも頭を下げ続けた。
この時、マリナは俺の側までやってきて頬を弱い力で抓った。その力はとても女神とは信じたがたいほどに弱く、どこかやさしかった。
「そんな情けない姿は初めに見せておくべきだったのだぞ…マーシャはお前みたいなのがだいっ嫌いなのだ!はじっめから情けなければいればマーシャにとって都合が良かったというのに…!」
マリナは俺の無様に泣き叫ぶ姿を求めていたのだろう。
だが、今にして情けないこの俺を前にして、マリナの優しさに触れたのだろう。
何故世界征服なんかしたいなんてこっちは知らなかったが、理由もなくこんな幼女は世界を滅ぼしたりしないと、焦りだす自分の心に言い聞かせていた。
「なんだ、優しいんじゃんか」
別に世界征服をしないとマリナが言ったわけでもないのに、一瞬にして俺は安心してしまい、マリナにそんな言葉をかけた。微笑んでいて、安心している様子など隠せたものではなかった。
「……!…し、仕方ないからマーシャがお前の面倒を見てやるのだ!だから、だから絶対にマーシャにオムライスを作って美味しいといわせるのだぞ!!」
よくわからないが、マリナは大量の涙を流して俺の頭をぽんぽん撫でた。まるで太陽のように温かいその掌は俺の心を揺らがせた。
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