第25話 ベアトリス 2

元の荒野からは考えられない程の速度で、領民たちの生活基盤が出来上がっていった。


そして、やっと生育が早い農作物の収穫ができそうな頃に、ジョアンナが出産した。


ベッドに臥せっていることが多かったベアトリスだが、可愛がってくれるジョアンナの娘に会いたくて、周囲には止められたため、みんなが寝静まった頃を見計らって、ジョアンナの寝室に侵入した。


月明かりで見える赤ちゃんは、天使のように可愛かった。


「ああ、ジョアンナお姉様の赤ちゃん。私はジョアンナお姉様の枷にしかならなかったけれど、貴女はたくさん可愛がってもらって、しあわせになってね・・・」


そう言いながら、赤ちゃんのおでこに口付けた。


長くない自分の寿命に、四六時中苦しさしか感じないこの体に、涙が零れた。


(もっと、ジョアンナお姉様とこの赤ちゃんと一緒に、いたい。)


ふと、ベアトリスは自分の頬に温かさを感じた。

温かいところに視線だけ向けると、そこには赤ちゃんの小さな手があった。

赤ちゃんの顔を見ると、その目は、しっかりと自分を映していた。


「ないない!」


生後数日の赤ちゃんが・・喋った!?


「ないない!」


言いながら、赤ちゃんがベアトリスの頬を撫で続ける。


「ないない~!!」


驚き過ぎて動けないベアトリス。


「んー・・・ん?」


その横で、ジョアンナが声を上げる。


(ジョアンナお姉様が目を覚ましてしまう!!)


ベアトリスは慌ててその場から立ち去った。


部屋に戻ってから、ベアトリスは気付く。


「苦しく・・ない?え?なんで?」


この日から、ベアトリスの体調が悪くなると、ジョアンナとエレノアが傍に来て、エレノアが「ないない!」と自分を撫でるようになった。


ベアトリスの異常な虚弱体質の原因がであったことが分かるのは、数年先のお話。



2年後。

体調が良くなったことで、将来の夢を持つようになったベアトリス。

ベアトリスの夢は、両親のように生涯この家で、夫婦そろって働くことであった。

ベアトリスには、お嫁さんになりたいと思うほどに好きな人ができた。


彼は、ベイリンガル侯爵家の人々の護衛をする兵士見習いだった。

エレノアを領主邸の庭で遊ばせるときに、ベアトリスと共にエレノアを護衛してくれる人の1人だった。


「へぇ、じゃあ、赤ん坊のエレノア様が、君を撫でることで君の虚弱体質を治してくれたっていうのかい?」


「そうなの。もう天使っていうか、神のみ使い様っていうか。感謝してもしきれないの。エレノア様に出会えなかったら、私もう生きていないわ。」


「それが本当なら、凄いことだぞ?・・そう言えば、この領は草の一本も生えないような荒野って言われていたよな。」


「そうね。聞いたことあるわ。」


「ジョアンナ様がこの土地に到着された時には、ご懐妊されていたんだよな?」


「そうよ。安定期じゃなかったのに、無事つらい長旅を終えられたわ。」


「元からこの土地にいた人から聞いたんだけど、ベイリンガル侯爵様がこの地にいらして直ぐ、潤沢な水が湧き出るようになって、今まで芽が出なかった種から芽が出たって・・」


愚王を知っている2人は、不用意な想像を口にする。


「エレノア様は、天使ではないが、聖女様なのではないか?」


「そんな・・もしエレノア様が聖女様だとしたら、間違いなく王家はエレノア様を奪いに来るわ。そして断れば、王家不敬罪という格好の罪状ができたと、エレノア様を拉致監禁して利用し尽くし、、ベイリンガル侯爵家は一族郎党皆殺しにされてしまうかも・・・」


まだ10歳のベアトリスと15歳の兵士見習いの2人は、まさか2歳のエレノアがそれを理解できているなどと、思いもしなかった。




エレノアが生まれてから、ベイリンガル侯爵領は、加速的に豊かになっていった。

その後もぽつぽつと旧ベイリンガル侯爵領から領民が移住してきて、人口は領民と領兵合わせて1,000人を超えた。


そして、3年後。

エレノアのチート無双が始まる。


魔法を使えるようになった、ベイリンガル侯爵家の使用人たち。


その中に、ベイリンガル家の執事長であるベアトリスの父、侍女相談役であるベアトリスの母もいた。

そして当のベアトリス13歳は、エレノアの専属侍女を元気いっぱいに熟していた。


「ぎょわあぁえうわあぁ~っ!!」


とても侯爵家令嬢とは思えない叫び声をあげながら、目を覚ますエレノア。


寝起きの悪いエレノアを起こすために、あれこれ試行錯誤した結果、毎朝幻術を使うことが効果的だと、ベアトリスは悟った。

そして、幻術に磨きをかけた。

魔力はエレノア以上に潤沢だ。

今日は部屋いっぱいに、エレノアが大嫌いな黒い****さんたちを幻術で生み出した。


自分で魔法が使えるようになるまで、エレノアに余剰魔力を体外に出し続けてもらい、命を助けてもらった恩を、ベアトリスは生涯忘れない。

一生この方に尽くすと、心に決めている。

けれど、この打てば響くような反応を見せてくれるお嬢様でちょっと遊ぶくらい、許されるよね?

という自分に都合のいい言い訳をしながら、ベアトリスは今日もエレノア遊んでいる。

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