勇者パーティを追放された召喚魔法使いは運命の出会いを果たす

 扉の向こうは、不思議な空間が広がっていた。薄暗いが決して視界が悪いわけではない、絶妙に調整された照明。木造と金属を組み合わせた、低めの天井。

 思わず足を踏み入れた瞬間、ヒエダ・ヨシトは唐突にこの場について理解をした。

 そうか、ここはBARなのか。


「いらっしゃいませ。BAR日諸へようこそ」


 カウンターの奥でグラスを磨く男がヨシトに目を向ける。背は低めで小太り、成人男性にしては高めでどこか心地のよい声だった。恐らくはここの店主だ。


「お荷物はそちらの棚へお願いします」

「ああ……」


 ヨシトは分厚い外套を脱ぎ、杖と共に指定された棚へと収める。トラブルになる可能性のあるものは店内に持ち込まない。それがルールなのだろう。


「こちらへどうぞ」


 店主に促され、カウンターの席へと腰を下ろした。ヨシトは妙に緊張している自分に内心笑ってしまう。

 元々いた世界でもBARなんて入ったことがない。それもそうだろう、あの頃はまだ十代だったのだから。


「ご注文は……いえ、後ほど伺います」

「ああ、助かる」


 ヨシトの様子を察した店主は、水の入ったグラスだけを置いて目の前から去っていった。客商売をやっているだけのことはあると、自嘲気味に感心してしまう。


 さて、どうしようか。


 グラスの水に軽く口をつけ、ヨシトはつい先刻の出来事を頭に浮かべた。未だに現実感が伴わないのは、この場所のせいだと思いたい。

 まさか、自分が勇者パーティから追放されるとは想像すらしていなかった。召喚魔法使いとして、それなり以上に貢献していたはずだったのだ。


 ヨシトがいわゆる異世界と呼ばれる場所に飛ばされたのは、約十年前。理由はわからない。大学の入試を受けていたら唐突に見知らぬ街にいた。

 最初は生きるのにも必死だった。現代日本で育ってきた稗田ひえだ 芳人よしとにとって、異世界での暮らしに馴染むのは難しいことであった。

 

 幸いにも人の縁があり、生活の基盤は整えられた。魔獣を呼び出し戦わせるという、召喚魔法の才能も見出すことができた。その結果、巡り巡って勇者と呼ばれる者の仲間となることとなった。


 異世界生活は順風満帆とは言えなくとも、そんなに悪いものではなかった。だが、そう思っていたのはヨシトだけだったのだ。


『魔獣を操って戦うなんて、勇者パーティとしては世間体が悪いだろ? な? わかってくれるよな?』


 勇者の言葉はヨシトを絶句させた。これまで彼らの窮地をどれだけ救ってきたことか。

 結局のところ、パーティから追放された原因はヨシトの力なのだろう。彼の召喚した魔獣は強力だった。いや、強力過ぎた。

 勇者以上の力を持つ魔獣がパーティの主戦力という事実は、確かに世間体が悪い。結果、ヨシトは追放となった。ある程度の金を渡されたのは、元仲間への僅かばかりの温情だったのかもしれない。


「はぁ……」


 グラスの水が空になる頃、ようやくヨシトの口からため息が漏れ出した。


「店主、強めの酒を」


 現状を受け入れるためには、酒の力に頼るしかないと思える。異世界に飛ばされてから学んだことだ。そして、このBARにたどり着いたという事実も、それが正しいと言っているようだった。

 

「かしこまりました」


 ヨシトは頬杖をつき、酒の準備をする店主を眺める。異世界の酒場はこんなに落ち着いた気分になれなかったことを思い出していた。


「よう、そんなシケた顔してどうしたよ?」

「ん……?」


 空席をふたつ挟んだ左側、長髪の男がヨシトを見つめている。切れ長の目は、薄暗い店内でもはっきりとわかる程の力を宿していた。


「実は……」


 突然のことに戸惑う前に、ヨシトは自分の身の上を話してしまっていた。初対面の相手に、全て包み隠さず。口元に微笑みを絶やさず無言で頷く男には、それだけの魅力というか求心力があった。


「なるほどな。で、どうする? 復讐でもするかい?」


 ヨシトは男の言葉に息を飲んだ。目の前には、いつの間にか琥珀色の液体が入ったグラスが置かれている。


「それも、いいかもね。でも……」


 自分の思いつきを流すように、グラスの中身を飲み干す。焼けるような刺激が喉を伝った。


「でも?」


 挑むような熱い視線がヨシトに突き刺さる。まるで、続けようとした言葉をわかっているようだった。


「復讐は、違う」


 呟くように漏れ出したヨシトの言葉に、男は笑みを深くした。


「だよな。あんたはそんなに小さい男じゃない」

「なぜそんなこと、わかるんだ?」


 見透かされたような気がして、少しだけ荒い返事をしてしまった。しかし、男は意に介する様子もなく、さらに口角を吊り上げた。

 

「仕事柄、人を見る目には自信があるんだよ」

「そうかい。店主、もう一杯」

「かしこまりました」


 ヨシトは、ふと頭に浮かべた事を振り払いたかった。たぶん、あまり良くない事だから。そして、男はそれに気付いている。


「違う世界に手は出せない。それがこの店のルールだからな。だが、知恵は貸せる」

「なんのことだい?」


 男の視線から避けるように、グラスに再度注がれた酒に口をつける。先程飲んだものとは全く違う芳香が、喉から鼻を通って行った。


「店主、これは」

「私とそちらの方からの奢りです。年代物ですよ」

「えっ……」


 左を見ると、男は満面の笑みを浮かべていた。

 やられた。そう思いつつも、ヨシトはどこか安心していた。

 そう、自分ならできるはずなのだ。あんなちっぽけなパーティに収まっているのも飽き飽きしていたはずなのだ。


「それは祝杯だ。もう逃げられんぞ。さぁ、言ってみるがいい」

「そうだな」


 ヨシトは立ち上がると、みっつ隣の席へと足を進める。


「俺は稗田 芳人。ヨシトと呼んでくれ」


 ヨシトは男にむかって右手を差し出した。違う世界の相手だとしても、このBARであれば意味が伝わるとわかっていた。


「ヨシト、お前の望みは?」


 男が改めて尋ねる。ヨシトは一度だけ深呼吸をした。年代物と言われた酒の風味は、今も口と鼻に残っている。


「世界征服」


 男は歯を見せると、ヨシトの右手を握った。


「俺はザニル帝国皇帝、リリーヌ・オド・ザニルだ。リーヌと呼ぶがいい」


 これは、後に世界の覇権を手にする二人の出会いであった。

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