のじゃロリ魔王様は疲れたOLに忍び寄る

 不思議なBARだと思った。

 今日のプレゼンは会心の出来だった。まさかの即時契約という結果が、私の努力と成功を証明してくれる。

 同じ部署の連中からしたら、やれて当然のことだ。普段通りと言った風で、これといった褒め言葉もない。

 だから、自分へのささやかなご褒美のつもりで、初めての店にやって来たのだ。意図的に古めかしく作ったドアを開け、中に入る。その瞬間、私はこの店のルールを理解した。


「いらっしゃいませ」


 落ち着いた様子の店主に、手で挨拶をする。


「奥、使っても?」

「ええ、どうぞ」

「カシスオレンジをお願い」

「かしこまりました」


 カウンター席では男女が睦まじく語り合っている。女性客の方は獣人のようだ。となりの男性が時々、頭頂部近くにある耳を触っていた。こんなBARだから、こういうのもアリなのだと思う。

 入り口近くのボックス席には、ビール片手に枝豆を食べるドレス姿のご令嬢。対面には妙に色っぽい女性客の姿も見えた。


 バラエティ豊かな面々を尻目に、私は一番奥まった二人がけのソファー席に収まった。


「ふぅ」


 程よい硬さのクッションが心地いい。今日はいい気分で飲めそうだ。


「お待たせしました」

「ありがとう」


 よく磨かれたグラスに、綺麗なオレンジ色のカクテル。私は軽く、口をつけた。


「のう、それはうまいのか?」

「うーん、普通ね」

「そうか、普通かー」

「ええ、雰囲気のおかげで、まぁ許せるかな」

「そうかー」

「そうねぇ……ん?」


 違和感に気付き、私は左を見た。いつの間にか、隣に小さな女の子が座っていた。


「うわっ」


 大きな声を出しそうになるのを、なんとか堪える。


「ああ、驚かせてしまったな。すまぬ」


 女の子は、尊大に謝罪の言葉を述べる。誰だ、こんな言葉遣いを教えたのは。それにしても、声可愛いな。


「えっと、お父さんかお母さんと来たのかな?」


 こんなBARに子供を連れてくるなんて、非常識な親もいるものだ。おかげで、私の楽しい独り飲みが台無しだ。


「いや、わしひとりじゃ」

「わし?」

「うむ、わしじゃ」


 よくわからないことを言う女の子を改めて見てみる。薄明かりな上に奥の席だから、あまりよくは見えない。

 黒っぽいドレスの様なものを着ている女の子は、十歳もいかないくらいだろうか。頭は私の肩より下にあり、サラッサラの白っぽい髪、そして緩やかにカーブした角が美しい。

 は? 角?


「おお、重ね重ねすまぬな。名乗っておらなんだ」

「はぁ」

「わしは、エーリア・ラライラ・ニューラ・グラバス四世じゃ。わしの世界では魔王などと呼ばれておる」

「えーと」

「エーリアと呼ぶがよい。特別じゃぞ」


 私の理解が追いつかない。

 女の子? 魔王? 特別?

 なんでもアリな店なのはわかるけど、なんだこれ。


「エーリア、ちゃん?」

「うむ!」


 魔王を名乗った女の子は、満足げに大きく頷いた。どうやら、これで正解らしい。


「お前様の名は?」

「私は、麻宮あさみや 玲子れいこ

「そうか、レイコか。よろしくな!」

「え、ええ」


 もしかして、気に入られたのだろうか。何が何だかわからない。


「店主、わしにもレイコと同じものを」

「かしこまりました」


 エーリアちゃんは、店主に向かって元気よく注文をする。


「え、お酒……」

「ん? ダメだったかえ?」

「えっと……」


 まさか自称魔王様に向かって『未成年が酒飲むなよ』とは言えない。本当に魔王なんて存在であれば、私の命など簡単に奪えるはずだ。


「ああ! そういうことか。安心するがよい。わしはこう見えても二百と十歳じゃ」

「ええー」


 腰に手を当て胸を張る姿は、物凄く愛らしかった。言っていることは無茶苦茶だけど、改めて見るとかなりの美少女だ。


「えっと……」

「うむ、実はな、わしの特等席にお前様が座っておったのでな、店主に相席を所望したのじゃ」


 エーリアちゃんは、私が聞く前に話してしまう。心が読めるとかなのだろうか。


「お待たせしました」

「ご苦労」


 店主がテーブルにプラスチックのマグカップを置く。女の子向けのキャラクターが印刷されていた。その中には、たぶんオレンジ色の飲み物が入っている。


「最初はな、ひとりも楽しかったのだがな、少々飽きてしまってな。騒がしくてすまぬが、わしをもてなしてやっておくれ」

「あっ……」


 うわ可愛い。美少女の上目遣いは反則だ。なんか、なんとも言えない気分になってきた。


「ほれ、まずは出会いを祝して乾杯じゃ」

「あ、うん」


 エーリアちゃんがマグカップの取手を持ち、こちらに近付けてくる。私は慌てて自分のグラスを手に取った。


「かんぱーい」

「か、乾杯」


 両手でこくこくと飲む姿も愛おしい。中身はお酒なんだけど。


「ふむ、確かに普通じゃな。ふふっ」

「ふふ、でしょ?」


 花の咲くような笑顔に、私も思わず笑ってしまう。


「エーリアちゃんは、よく来るんだね?」

「おお、よくぞ聞いてくれた」


 初めて私から話ができた。胸の内が熱くなるようだった。


「今日で五回目くらいかのう。ここは良い。誰もわしに要求しない」

「要求?」

「そうなのじゃ、やれ魔力の供給だの、やれ人間との揉め事だの、やれ魔獣の増産だの。魔王にはゆっくりする暇もないのじゃ」


 エーリアちゃんは頬を膨らませる。愚痴を言う姿すら、もう魅力的だ。私は彼女の虜になっていた。

 さりげなく物騒な言葉が出たのも気にしない。この店だけの幸せな関係なのだ。


「そっかぁ、私と同じだね」

「レイコも魔王なのか?」

「んー違うけど、似たようなもんかな」

「そうか、似た者か!」

「そうだねー」


 愚痴の通じる可愛い飲み仲間ができた。

 きっと来週からも頑張れる。私はただ、浮かれるばかりだった。


「店主ー、レイコを城まで連れて帰ってもいいか?」

「それはだめですよ」

「そうかー、残念じゃ」


 それはまずい。

 さすがにまずい。

 この店に来るのは今日限りにしよう。そう心に誓った。


 しかし、私は週一でこの店に通い、彼女におもてなしをしている。

 だって仕方ないじゃないか、可愛いんだから。

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