15.Caryophyllaceae
「妹がね、生まれるの!」
マコちゃんがにこにこしながら言った。
私は突然のことだったので、少し考えてからおめでとうと返した。
カウンターを見れば案の定、柚木は頬杖をつきながら、本を読んでいる。
「で、どんな花にするの」
本を閉じながら柚木が言う。柚木は、本を読む時にしおりを使わない。そのまま開いて、閉じる。ページを覚えているらしい。
「ピンクの…女の子なので」
マコちゃんの隣の中学生くらいの男の子が言った。背筋が伸びていて、しっかりしていそうな男の子だ。
「アッ、あのね、マコのお兄ちゃんだよ!」
柚木は手早く花を選び始めている。
「すみれちゃんはね、ここの店員さんなの」
マコちゃんがそう紹介してくれる。
男の子が私にぺこりとお辞儀をした。
「真子の兄の彰人です。お世話になってます」
「神崎すみれです」
私もぺこりとお辞儀をした。
あー…ピンク、ピンクねぇ…柚木が呟いている。白にピンクより、明るい色にピンクが良いだろ、柚木が彰人くんに聞いている。
ピンク、ピンク…柚木がうろうろと花を探している。
「由美子さん、そんな時期かァ。はぇえなァ」
ぼやきながら、手早く花を選んで行く。
あ、コレにしよ。柚木はこんもりと咲いたピンクの花を手に取った。撫子。覚えている。ここで働き始めて、花の名前を気にしたり、覚えることが多くなった。
赤、ピンク、白。白に赤やピンクの斑があるもの。それにかすみ草やグリーンを合わせて行く。
「神崎、これ、面白くね?」
柚木は少し変わった花を私の方に向けた。
一本の茎の先に、まりものようなものがついている。細い葉が球状についているようだった。みたことがない花だ。
「これな、手毬草。コレもナデシコの親戚な」
からりと言いながら柚木は笑った。
色々な色のナデシコと手毬草、かすみ草やグリーンを混ぜながら、まんまるの花束を作っていく。
柚木はガサツだし、服装もラフだが、フラワーアレンジメントのセンスはあると思う。柚木の作るアレンジメントは綺麗だ。奇抜過ぎず、平凡過ぎない。不思議と綺麗で優しい花束を組む。奇抜なアレンジメントをしていることもあるようだが、そちらもなかなか面白かった。
余った花で午後作るテーブルブーケも評判が良くて、大体売り切れてしまう。
「ほい、完成」
柚木は組み終わった花束を彰人くんに向けた。どうよ、柚木が言うと、彰人くんは笑った。
「彰人は妹二人かぁ。次の妹はマコみたいなジャジャ馬じゃないといいな」
にやりと柚木が言うと、マコちゃんはぷくりとふくれた。
「マコ、ジャジャ馬じゃないもん!」
けらけらと柚木は笑った。
マコちゃんをからかいながら、手元では手早くラッピングを済ませていく。ピンクと白の包装紙とラップで綺麗にラッピングしていく。柚木がこちらに手を伸ばす。私は、柚木たちのやり取りを見ながら準備していたリボンをその手に渡した。濃いピンク色だ。
柚木が作ったリボン結びを整えて、ハサミでリボンの端にくるくるとした癖を付ける。最近教えてもらった技術だった。
リボンを付けて、整えると、大きなビニール袋に花束を入れて彰人くんに渡す。
ほーっとマコちゃんが言った。
「かわいい!」
柚木はにやりと笑う。だろ?
彰人くんが一礼して、扉へ向かった。
「どーもー」
柚木が二人にひらりと手を振る。私も手を振った。
「柚木のおじさんのワリに、やるじゃん!」
そう言って、マコちゃんが手を振り返すと、生意気なガキだな、と柚木は苦笑いした。
「…小さい子、嫌いじゃないんですね」
私が横目で言うと、柚木は失礼な、と言い返した。
「あの人生エンジョイしてます、っていう時期、羨ましいだろ。」
理由になっていない。私はつい、苦笑いをしてしまった。子どもの天真爛漫さが好きなのだろう。
ハァー疲れたと肩を回しながら、また読書を始める柚木の横で、私はいつも通り掃除を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます