5.Dianthus caryophyllus L.

母の日は、カーネーションが高騰する。

珍しい品種は数倍にもなる。ランの日だったら、花屋の儲けは凄かったのにナァと柚木がぼやく。ただ、花屋に陳列してあるだけでも女王さまのような扱いのランを、もしランの日なんて記念日があったとして、世の子どもたちが数倍の価格のランをお小遣いで買えるだろうか?そう思うと、カーネーションには少し失礼だが、カーネーションあたりが妥当だと思った。何処かの誰かは商売上手だ。

その日の店の主役もカーネーションだった。

柚木は見たこともないような色のカーネーションまでかき集めてきたらしく、紫や茶色のカーネーションまであった。知ってます?花の世界では紫も青なんですよと言うと、柚木は俺にとって青くなけりゃいいんだよと言った。

真っ赤なカーネーションが一番目立つ位置に飾られている。

「こんなに大きなカーネーション、あるんですね。」

こぶしくらいもある花が、細くて真っ直ぐな茎にくっ付いている。花首が折れるのではないかと思ってしまった。

「花卉農家さんの努力の賜物だな」

柚木はカーネーションの花束を作りながら言った。

カウンターの上には、真っ赤なカーネーションの植木鉢がピンクの包装できれいにラッピングしてある。

私はその花束を苦笑いしながら見つめた。

私はあまり、母の日は好きではない。なくなってしまえと思った事もある。けれども、この記念日は毎年やってくる。そのおかげで良くない思い出は忘れられない。

柚木がハサミで花の高さを揃えていた。

ハサミのこぎみいい、高く澄んだ音がした。


これまた柚木の予想通りと言うべきか、店が終わってみればカーネーションはほぼ完売だった。この日は座っているだけで商売になるからラクだよと柚木は笑う。いつもそうじゃないか、という言葉を呑み込んだ。

確かに、面白いくらいお客さんがカーネーションへ一直線に向かっていくので、案内もなにも無かった。座っているだけで、というのはあながち嘘ではない。

もう閉店の時間だ。

私が床の切れ端を片付けようとすると、柚木は言った。

「余ったカーネーションで、アレンジ作ってみれば」

柚木は自分のはさみを取り出して、丁寧に持ち手の方を私に向けていた。ん、という柚木に私は頷いた。

私が花を持ってくる間に、柚木は適当なバスケットにスポンジを入れて、水を含ませていた。私がそこへカーネーションを短めに切って配置していくと、その様子を柚木はじっと見ていた。

出来上がったアレンジにアドバイスするでもなく、柚木はこう言った。

「お前さ、アメリカ人みたいだな」

私は柚木を振り返った。

「アメリカ人とさ、日本人が作るアレンジって何か違うんだよ。お国柄なのかね。お前のは、何だかアメリカ人のみたいだ」

繊細じゃないとか、そういうのじゃなくて…言い訳をするみたいに柚木は呟いていた。

「……私アメリカ育ちですから」

そう言うと、柚木はん?と聞き返す。アメリカ育ち?道理で…柚木は納得したようだった。ジャァ、英語はペラペラだな、と柚木はおどけて言った。

「俺はこういう習慣がないナァ、小さい頃から親いないから、顔も覚えてねぇもん」

あーぁ、と柚木は言った。

ふーん、と受け流すことも出来ず、私はあからさまに口をつぐんでしまった。どう返すべきか分からなかったのだ。柚木もそれ以上何も話さなかった。

柚木が硝子戸を施錠している間に、私はすっかり帰りの支度を終えていた。気怠そうに鍵をかけるその背中に、私は一言かけた。

「私も両親がいなくて、叔母さんに育てられたんですよ」

柚木はゆっくり振り返った。柚木は黙ってじっと私を見つめている。

「その叔母さんの命日が、五月の第二日曜日だったんです」

五月の第二日曜日、つまり、母の日だった。

柚木はエプロンのポケットに、鍵をしまった。そして、私を指差す。私の手には、今日作らせてもらったアレンジがあった。指につられて私はアレンジを見つめる。

「おいてけ。」

そこでいいから、と柚木はカウンターを指した。アレンジをカウンターに置いて帰れ。そういうことらしい。

柚木は顎をしゃくった。早く置けということらしい。脅されるようにして、私はアレンジをカウンターに置いた。それでいい。柚木が頷く。

「悲しい思いにさせる花は必要ない」

そう言って、またポケットから鍵を取り出して、扉の一番下の鍵を施錠しはじめた。


次の日、店に行くと、カウンターにアレンジはなかった。捨ててしまったのか、と思い立ち尽くす私に、「俺んちにもって帰ったよ」と真上を指差して柚木は足を組み直した。

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