作品1-3

 たかが紙切れ一枚に過ぎないと今になっては思う。しかし、当時の私がそこまでして感情を露わにしたのには、幼心に深い訳があったからである。


 その紙は、新学期の席替えの時に引いたくじ引きの紙の切れ端というだけで、取り立てて珍しいものではない。当時の先生の字で 九 と書かれてあっただけだと思う。しかしそれは当時私が好きだった子の隣の席を示す紙でもあった。だから私にはその紙が何にも代えがたい大切なものに感じられていたのである。


 それを母に捨てられてしまったとすれば、その子との仲を母によって引き裂かれたような気にもなってしまって、そう思えば母が憎らしくて仕方がなかった。


 母は もうおしまい とでも言うように庭へ出て行ってしまった。私は、母が芝生やら植木やらに水を撒き始めたのを合図にしたようにして、自室へ戻った。


 当時の私の部屋は小学生にとってはがらんとして広かった。その中央に向かって私は自分のお道具箱をぶちまけて、何か尖ったものがないかと、がらがら床を鳴らしながらハサミやらホッチキスやら、取っては置いてみて手頃なものを探していった。すると直に何やら番号が書かれた小さな金属片があったので、それを指で摘んで先程まで母と喧嘩していた居間に向かった。

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