6.毒入りスープ

「あら、エスティアちゃん」


 調理室に入ったエスティア。そこでは丁度ティティが皆の夕飯の準備をしていた。エスティアが近くにあったエプロンを付けながら言う。



「私も手伝うわ。ティティ」


「わあ、それは嬉しい。ありがとう!」


 エスティアはそう言うと手際よく料理をし始める。暗殺の訓練で料理は必須項目。自身が生き残る為でもあるし、そして王道の毒殺でも必要となる。



「じゃがいもは……、これね」


 エスティアは得意なじゃがいものクリームスープを作り始める。じゃがいもは貧乏貴族、貧困時代から大好きな食材。昔を思い出しながらじゃがいもの皮をむく。ティティが言う。



「エスティアちゃん、上手だね、料理。どこかで習ったの?」


「ううん、料理は好きだからね。昔からやっていたのよ」


 じゃがいもと塩などの僅かな調味料。

 たったこれだけでどうやったら美味しく食べられるかを考え続けた貧困時代。エスティアは今の恵まれた生活にまだ実感が持てなかった。




「できた!! さ、これを運んでみんなを呼ぼうね」


 ご機嫌で料理を運ぶティティ。エスティアはレイン暗殺に向け万全を期した。

 エスティアが作ったじゃがいものスープ。ここに猛毒を仕込んである。これだと食べた全員が死んでしまうので、解毒剤の入った水をレイン以外のコップに用意しておく。これで皆は助かる。毒は即効性ではないので夜中には確実に死ぬ。それまでにここを出ればいい。


 エスティアは初めての暗殺に緊張しながら食事の準備を手伝った。



「いただきます!」


 全員が揃い夕食を始める。

 エスティアは皆が水を飲んだのを確認してから、後方に置かれたじゃがいものスープを準備する。それに気付いたティティが言う。



「そのスープ、エスティアちゃんが作ってくれたんだよ!」


(ちっ、余計なことを……)


 エスティア内心毒づきながらも顔は笑顔でスープを準備する。レインが言う。



「エスティアのスープか。それは楽しみだ!」



「……」


 スープを皿によそうエスティアの手が一瞬止まる。



 ――何故、私は戸惑っているの……?


 エスティアはそっとテーブルに座るレインを見る。笑顔で仲間と会話をしながら食事している。



(心を無に。心を殺して、対象を殺す。あいつは殺すべき相手。居てはいけない存在。私が……、殺す……)


 エスティアは無言でスープを取り分けると、笑顔を作り皆に配った。スープを見たマルクが言う。



「うわー! 美味しそう!! エスティア、凄いね!!」


「いい香りだ」


 ローランも頷いて言う。レインもスープを見て言う。



「エスティア、来て早々本当にありがとう。君に来て貰って私は幸せ者だ」


 ちょっと意味が分からないことを言うレインに、ローランが首を傾げながらスープを飲み始める。

 同時にスープに手をかけるレイン。

 エスティアは皆の声が不思議と聞こえなくなっていた。そしてその動きがゆっくりと、まるでスローモーションのように映る。


 そしてその後、自分でも信じられないことを叫んだ。



「ちょっと待って!! そのスープ飲まないで!! 私のが入っちゃったの!!!」


 皆がエスティアの方を向き固まる。すぐに皿を置く皆だったが、その男だけは笑顔で言った。



「大丈夫だよ、そのくらい。火を通せば平気さ」


 そう言ってレインはスープを躊躇いなく口に運んだ。



「だめ……、だめ……」


 レインは美味しそうにスープを飲む。エスティアは自然と目に涙が溜まった。そして気が付くと解毒剤入りの水を持ってレインの肩を掴んでいた。



「これを、これを飲んで!!!」


 突然のエスティアの行動に驚くレイン。エスティアを落ち着かせながら言った。



「大丈夫だよ、エスティア。せっかく作ってくれたんだ。私は気にしないよ」


「違う、違うの……」



 エスティアは用意した解毒剤がに飲まなきゃ効き目がないことを知っていた。今から飲んでももう助からないかもしれない。

 エスティアは自分では理解できない感情を抑えきれずに、顔に手を当てて自分の部屋へと戻って行った。


 残されたレインにローランが呆れた顔をして言う。



「あんたねえ、気にしないとかそういう問題じゃないんだよ。鼻水だよ、鼻水。そんなのを口にされて乙女が普通でいられると思うかい?」



「そ、そうだよな。私が間違っていたよな……」


 レインは暗い顔をして下を向き反省する。ティティが言う。



「とりあえずこのスープは処分しておきますね。これ以上飲まれたらエスティアちゃんが悲しむんで」


 そう言ってティティはじゃがいものスープを回収すると調理場へと運んだ。




 ――どうして、なにをやっているの、私……


 エスティアは全く理解できない自分の行動に驚きつつも、自然と部屋の窓を開けそこから外へ飛び出した。



(後から飲む解毒剤はここにはない。ならば作ればいい。山に行かなきゃ……)


 エスティアは街を駆け抜け、ひとり暗い山へと入る。そして猛獣や魔物に注意しながらなんとか目当ての薬草を見つけ採取し、街に寄って帰る。

 部屋に戻ってから急いで薬草を煎じ、街で買った小麦粉や砂糖等に水を混ぜ火で焼く。そして即席の『解毒剤入りクッキー』を作り上げた。



 一方のレインは部屋でひとりでいると、体が白く光っていることに気付いた。


(あれ、スキル『解毒』が発動している? ……あ、あれか、エスティアのスープ。じゃがいもの芽が結構残っていたからな。その毒の解毒を行っているんだろう)


 そしてレインは時計を見て立ち上がると、エスティアの部屋へと歩き出す。



 コンコン


 レインはエスティアの部屋のドアをノックした。



「はい……?」


 エスティアは突然ノックされたドアを少し開け外を見る。



「レインさん……?」


 エスティアは自分の顔が真っ赤になるのに気付いた。そして止まらない心臓の鼓動。常に冷静にいなければならない暗殺者が、ひとりの男の訪問で驚くほど動揺している。レインはドアを開けると大きく頭を下げて言った。



「すまない、エスティア!!」


「えっ?」


 驚くエスティア。レインが言う。



「君のことを全く考えずに傷つけるようなことをしてしまった。本当に申し訳ない!!」


 エスティアは目の前で頭を下げるレインを見ていたたまれない気持ちになった。殺さなきゃいけない、でもそれを止めるのをよしとする自分がいる。エスティアは目に涙を溜めて言った。



「大丈夫です。レインさん……」


 レインはその涙に濡れた顔を見て心臓を貫かれたような衝撃を受けた。



(私の、私の詰まらない行動が、彼女を一体どれだけ悲しませていたのか……、私は、私は……)


 何かを言おうとしたレインより先にエスティアが声を出した。



「クッキーを食べてくれますか」


「クッキー……?」


 レインは何故クッキーなのか理解できなかったが、これ以上野暮なことは聞くのをやめエスティアが差し出すクッキーを黙って口に入れた。



「美味しい」


 そう言っていいのか分からないレインであったが、その言葉を聞いて涙を流して嬉しそうな顔をするエスティアを見て安心した。




「本当に美味しかった。あと、ごめん。……じゃあ」


 そう言ってレインは笑顔を見せながら去って行った。

 ドアを閉めひとりになるエスティア。ベッドの上に寝転びながら思う。



(暗殺者として不適格なのかな……、何やってるんだよ、私。いきなりやって来た大チャンスを潰して……)


 そう思いつつも、心のどこかでそれを安心している自分がいることにエスティアは薄々気が付いていた。

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