7.暗闇の殺意
「また出掛けて行ったわ……」
勇者レインの
ただ、時折皆に何も告げずに半日以上
(どこに行ってるのかしら……、人身売買組織の密会? いずれちゃんと調べなきゃ)
エスティアは来たばかりで今はあまり表立って動けないが、いずれしっかりと調べる必要があると思った。
「暗殺者、暗殺者、私は暗殺者……」
「極悪非道、ゲス男、変態、人類の敵……」
エスティアは部屋にいる間、鏡を見つめて自分に暗示のようなものを掛けていた。至極好青年に映るレインを躊躇なく
(よし、段々あいつが極悪非道な男に思えて来た。これでいいわ)
そしてエスティアが部屋でナイフに猛毒を仕込んでいると、ドアの外からレインが呼び掛けた。
「エスティア、明日の朝から洞窟へ潜る。今日中に準備をしておいてくれ」
「は、はい!」
エスティアはレインにそう言われ元気に返事をする。エスティアは暗殺に必要な準備をしながら翌朝を迎えた。
翌朝、出発の為に集まった皆にレインが詳細を説明する。
ギルドからの依頼内容は、最近街から少し離れた場所にある『冒険者の洞窟』で次々と発見される初級冒険者達の遺体についてであった。そこは魔物のレベルも低く、初級者が経験を積む場所。安全ではないが冒険者が命を落とす様な場所ではない。
その後ギルドの依頼を受けた中級冒険者が調査に出たが、やはり遺体となり発見された。そこでレイン達に調査依頼が回って来たという訳だ。
「何が出るか分からない。気を引き締めて行こう」
洞窟に入る前にレインが皆に言う。それを聞いたエスティアがレインを見つめる。
(えっ……)
いつもながら爽やかでイケメンのレイン。今日もそのサラサラの金色の髪が風になびいている。しかし、エスティアは気付いた。
(頭の後ろ、寝ぐせ、寝ぐせが付いている! うわああぁ、気になるぅ!!!)
イケメンだから寝ぐせすら似合ってしまう。ただエスティアとしては何故だかその寝ぐせがどうしても気になって仕方ない。イケメンなんだから身だしなみぐらいちゃんとしろとか内心憤る。エスティアの視線に気づいたレインが尋ねる。
「ん? エスティア、どうかしたか」
「い、いえ、何も……」
まさか寝ぐせを直させてくれとは言えない。同時に思う。
(これからチャンスがあれば洞窟で殺そうと思っている相手の寝ぐせを直してどうする!! 人に厳しく、自分に厳しく!! 渇を入れろ、はあ!!)
「はあっ!! 大丈夫です!!」
突然大きな声を出したエスティアにレインは驚きつつも元気そうな彼女に安心した。
「うわあぁ、明るい」
ローランが唱える照明魔法で真っ暗だった洞窟が一瞬で明るくなる。しかも周りだけでなく随分先まで明るく照らしている。彼女はこの魔法を掛けつつ魔物と戦うというのだから恐ろしい。
「はあっ、はっ!!」
先頭を歩くレインが現れる魔物を倒して行く。
本当に戦闘すら美しい。暗殺者であるエスティアですらその流れるような剣さばきに見惚れた。
(準備をしなきゃ……)
エスティアは心を無にして密かに暗殺者としての準備に入る。
この日の為に用意した『即効性の猛毒ナイフ』。どれだけ異常耐性を持つ者でもあっという間に仕留めることができる猛毒。魅了して殺すことを主体にしつつも、あわよくば事故を装いこの一撃必死のナイフで仕留める。
エスティアは額に汗をかきながらそのナイフを慎重に握りしめる。そしてレインの後ろからそっと近づいた。
(やれる、やるんだ、エスティア。あいつは極悪非道。罪のない人達がどんどん売られれて……)
弱気になる自分に強く言い聞かせていたエスティア。その時大きな声が響いた。
「危ないっ! エスティア!!」
ゆっくりとレインの背後に忍び寄るエスティアに、横からローランの大きな声が掛かった。
「えっ?」
エスティアが横を振り向く。そこにはいつの間にか真っ黒な魔物が近付いて来ており鋭い爪を振り上げていた。
暗殺をしようとしていたエスティアが、慌てて持っていた毒のナイフを振り回す。
「いや、いや、来ないでっ!!!」
ナイフを振り回しながら、エスティアは助けようとするレインの方へと逃げる。そして事故は起こった。
シュン!!
「ぐっ!!」
エスティアが振り回していた毒のナイフが、近くに来たレインの腕を大きく切った。痛みに声を上げるレイン。
魔物はすぐにローランが魔法で倒したが、猛毒のナイフで切られたレインが腕を押さえその場にうずくまる。エスティアは震えながら思った。
(やっちゃった、ついにやっちゃったよ……、あははっ、勇者を、勇者レインをこの手で……)
エスティアは知らず知らずのうちに体が震え、そして目に涙が流れていることに気付いた。
「ううっ、ううっ……」
傷を押さえうずくまるレイン。ローランが大きな声で言う。
「エスティア!! あなた、気を付けな!! そんなもんいい加減に振り回したら……」
そこまで言ったローランの顔が変わる。
「ううっ、ウググッ……、ウググガアアアア!!!!!」
腕を押さえて蹲っていたレインが見る見るうちに魔族へと変化していく。それを見たエスティアが大混乱を起こす。
(ええっ、な、なに? なにがどうなってこうなったのぉ?? ま、魔族になっちゃう薬なんて塗ってないし!?)
ローランが言う。
「こいつ、レインに化けていたのか!! ちっ、まったく気づかなかったよ!」
毒を受け真っ黒になった腕を引きちぎる魔族。そして近くにいたエスティアを襲うとした時、彼女の前にひとりの男が現れ魔族を一刀両断にした。
「レインさん……」
それは毒ナイフで切ったとばかり思っていたレイン。魔族を斬り終えてエスティアに言う。
「私としたことが幻影を見せられていた。すまない、みんなを危険な目に遭わせて」
頭を下げて謝罪するレイン。ローランが言う。
「大丈夫だよ、今回はエスティアがよく気が付いて、あんたを斬ってくれたからね。あはははっ」
「エ、エスティア、ありがとう……」
一緒に居たマルクもエスティアにお礼を言う。
「エスティア、よくやった」
レインもエスティアの頭を撫でながら感謝を伝える。
(ええっ……、わ、私、何も……、そもそもレインを殺そうとしていた訳だし……)
思った展開と違い褒められるエスティアが戸惑う。
「は、はい……、みなさん、無事で良かったです……」
エスティアは湧き上がる大きな安堵感と自分への失望を感じながら、毒のナイフを静かにケースに入れた。
「まだ何か大きな魔物がいる。もう少し調査を続けよう」
レインはそう言うと先頭に立って更なる深い層へと歩き出す。エスティアは無言で皆の後に続いた。
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