8.許してあげる
「まだ何か大きな魔物がいる。もう少し調査を続けよう」
レインが皆に言い、そしてさらに深い層へと移動を開始する。エスティアはひとり自暴自棄になりかけていた。
(私、暗殺者なんて向かないのかな。ちょっとだけ他の人より強かったからって、勘違いしていたのかも……、いや、やっぱりそんなことはない。私はやれる!! やらなきゃ!!)
エスティアはしばらくの間無言でレイン達の後について歩く。そして深い階層まで下りて来て現れた魔物と戦うレインを見て決意、レインに照準を合わせて魔法を唱え始めた。
「火神フレイムの契約より発動せよ!! ファイヤボム!!!」
エスティアから発せられた火球がレインに向かって放たれる。それに気付いたローランが言う。
「あんた、エスティア!! 何をやっているの、また!!!」
ドオオオオオン!!!!
エスティアが放った火球が洞窟の壁に当たり爆音が響き渡る。レインは魔物と戦いながら高速移動しておりエスティアの遅い火球が当たることはなかった。
「グゴオオオオ!!!!!!」
「えっ?」
エスティアが火球で崩した壁の中から、突如魔獣の叫び声が聞こえる。そして現れる真っ黒なドラゴン。それを見たレインが叫ぶ。
「こ、これはシャドウドラゴン!? そうか、こいつが闇に紛れて冒険者を襲っていたのか!!! エスティア、よくやった!!!」
「え、ええっ!?」
エスティアはレインに感謝され再び戸惑う。シャドウドラゴンはレインの強さを感じ取ったのか、地面の暗闇に紛れて逃げようとする。そこへレインが剣を振り上げて飛び掛かる。
「逃がさんぞっ!!!!」
ドオオオオオン!!!!
体の半分が地面に潜っていたシャドウドラゴンの頭に、強烈なレインの剣撃が打ち下ろされる。
「グゴオオオオオオオ!!!!!」
勇者の一撃を受け、断末魔の叫び声を上げるシャドウドラゴン。
しかし強力なレインの一撃は、地面と同化しつつあったシャドウドラゴンと共にそれを崩し始めた。地面崩壊に気付いたレインが叫ぶ。
「あ、危ない!! 崩れるぞ、逃げろっ!!」
レインが皆にそう叫ぶのと同時に、エスティアが悲鳴を上げた。
「きゃああああ!!!!」
「エ、エスティアっ!!!」
崩れていく地面に飲み込まれるエスティア。レインは直ぐにそれに気付きエスティアに向かって飛び込む。ふたりはそのまま崩壊した穴に落ちて行く。
「レイン、エスティアあああ!!!!」
崩壊から逃れたローランが、穴に消えたふたりの名前を叫んだ。
「痛たたたっ、……ええっ!?」
エスティアが気付くと、地面に倒れるレインに抱かれるようにその腕の中にいた。ローランの照明魔法がないので辺りは真っ暗。辛うじて洞窟内に映える光草種のぼんやりとした明かりによって周りが確認できる程度。
そして目の前には端正なレインの顔。少し唇を伸ばせばくっつくほどの距離。エスティアは体が熱くなるのを感じながら思う。
(ええええっ、ど、どうしてこうなった!? な、なんでレインが……、私と!?)
エスティアは驚きつつもその端正な顔に少しだけ見惚れる。しかしすぐに自分へ暗示の様に言い聞かせる。
(こいつは悪党、私は暗殺者。こいつは極悪非道、私は暗殺者……、ふう……)
少し落ち着いたエスティアが体に力を入れ立ち上がろうとする。
「痛っ!!」
足を襲う激痛。どうやら地面が崩壊して落ちた際に足を怪我したようだ。
「ううっ……」
倒れていたレインが目を覚ます。そして目の前にいるエスティアを見て笑顔で言った。
「良かった、助かったみたいだね……」
よく見るとレインは頭から血を流している。レインは目覚めて自分のことよりエスティアのことを先に心配した。
状況に驚いていたエスティアだったが、ようやく彼女はレインが崩落から自分を守ってくれたことに気付いた。
「あ、ありがとうございます。その……」
うまく言葉が出ないエスティアを見てレインが言う。
「大丈夫。それより早くここを出よう」
そう言って立ち上がるレイン。対照的に足の怪我で立ち上がれないエスティア。レインが尋ねる。
「どうした? どこか怪我でもしたか?」
「ええ、足を痛めたようで……」
すぐにエスティアの元まで来て痛めた足を見るレイン。そして言う。
「これでは歩けないな。分かった。そのまま動かないで」
「えっ?」
レインはそう言うとエスティアの両手を持って背を向けしゃがみ込み、そしてそれを肩に回すと彼女を背負うように立ち上がった。おんぶされた形になったエスティアが顔を赤くして言う。
「ちょ、ちょっと、レインさん!?」
「大丈夫。このまま走るぞ。しっかり掴まれ!!」
「きゃ!!」
レインはそう言うと駆け足で洞窟を移動し始める。エスティアはレインを見つめる。
大きな背中。
細いながら筋肉質の腕。
そして男性なのに甘い匂い。
そのすべてが魅力的な男レインを構築していた。
(ん、ん? ちょっと待て……、胸パッドが!!)
レインの背中に抱き着くようにしていたエスティアは、胸に入れていた極秘の胸パッドが走る毎にずれて行くことに気が付いた。
(ま、まずい! こんなところで失態を晒す訳には!!)
エスティアは背中に胸が当たらないように体を反らし始める。背中のエスティアの妙な動きに気付いたレインが立ち止まり尋ねる。
「どうした、傷が痛むのか? エスティア」
エスティアは誤魔化しながら小さな声で言う。
「いえ、あの……、胸が背中に当たって……」
「うっ!! そ、そうだよな。すまん、気付かなくって……」
レインの耳が赤くなる。そして何を思ったのかレインは杖を付いた老人のように身を屈めて移動し始めた。
「ぷっ、うふふふっ、くすくす……」
辛そうに歩くレイン。あの無敵の勇者が、サーペントドラゴンをも一撃で倒す勇者がなんて格好で歩いているんだろう。その姿に笑いを堪え切れなくなったエスティアが笑い出す。そして言った。
「いいですよ、さっきので。そんな姿勢にならなくても、ふふふっ」
レインは背を伸ばして大きく息をつく。
「よかった。さすがにあれじゃ走れない。さ、行くぞ!」
エスティアは再びレインの背中に体を預ける。
そして目の前にある寝ぐせが目に入り、何となく触れてみた。それに気付いたレインが言う。
「どうかしたかい? 私の頭」
エスティアが答える。
「何でもないです。ちょっと寝ぐせが……」
「そうか」
レインはエスティアを背負い走り続ける。
エスティアは再び背中に抱き着くと、目に映る汗が流れる首を見て思った。
(今、この首に猛毒のナイフを刺せば殺せるわね。……でもしないわ。うん、今だけ許してあげる)
エスティアはそう思いながらレインの広い背中に身を預けた。
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