56.日帰り魔王討伐
「おはよう、ティティ」
「おはようございます、ローランさん!」
平穏な日常が戻った勇者レイン達。
「おはよう、みんな」
「おはようございます、レインさん」
やって来たレインに皆が挨拶をする。レインが椅子に座り朝食を食べ始める。
「やはりティティのご飯は美味しいな」
「そうですね」
レインの隣に座るエスティアも満面の笑みを浮かべながらご飯を食べる。レインは皆の幸せそうな顔を見て言う。
「こんな平和が続けばいいな」
「あっ」
それを聞いた皆の表情が固まる。ティティが思う。
(そ、それって、まずいわ……、絶対何かのフラグ……、ああ、やっぱり平穏な日々は続かないわね……)
「ごちそうさま」
レインがいつもより早めに食事を終え自室に戻る。そして服を着替えて部屋を出て外出しようとする。それに気付いたティティがレインに声を掛ける。
「レインさん、どちらか行かれるんですか?」
レインが答える。
「ああ、ちょっと魔王を倒してくる」
「そうですか。いってらっしゃい」
ティティはそう言ってレインを送り出した。
エスティア、ローラン、マルク、そしてティティが黙って食事を続ける。そしてマルクがふと尋ねた。
「ねえ、今レインさん、何て言いました?」
ローランが答える。
「私も今それを思っていたんだけど、なんか凄いことをさらっと言ってなかったかい?」
ティティが言う。
「魔王を倒すとか言ったような……」
「ちょ、ちょっと、レインさん!!!」
エスティアが慌てて外に出てレインを探す。他の人達もすぐに外に出てレインの名を叫ぶが既に姿は見当たらない。マルクが震えながら言う。
「どどど、どうしよう!? レインさん、ひとりで魔王退治に行っちゃったよ!!!」
「な、なあ、エスティア。お前レインと仲がいいだろ? 魔王がどこに居るか何か言っていなかったか?」
ローランの問いかけにエスティが慌てて答える。
「い、いえ、そんなこと知らないですぅ!!」
「ギルドは? ギルドなら魔王の居場所知っているかも!!」
ティティの言葉に皆が頷いてすぐに身支度し、ギルドへ向かった。
「はあ、仕方ない。
ギルドに向かった一行であったが、『魔王の居場所なんて知ってる訳ないでしょ!』と笑って一蹴されてしまった。
仕方なしに
「紅茶がはいったわよ」
神界。
美しき女神が品のある白い椅子に座り、同じく白いテーブルに置かれたティーカップに紅茶を注ぐ。向かいに座った別の女神が淹れられた紅茶の香りをかいで言う。
「いい香りね。こんな紅茶あったんだ」
「ふふっ、とっておきよ。さあ、どうぞ」
ふたりの女神は香り高い紅茶を口にして至福の表情を浮かべる。向かいに座った女神が言う。
「そう言えば、あの英雄さん。無事、女の子に会えたの?」
女神が笑って答える。
「ふふっ、分からないけど多分ね。凄く頑張ってるわよ。本当に一生懸命でね、だから一緒につけちゃったわ。英雄の力」
「へえ、そうなんだ。大盤振る舞いだね」
女神はティーカップを受け皿の上に置いて答える。
「まあ、覚醒条件は厳しいけど」
「いいわねえ、あなたの管轄。あんな強い子がいて。そりゃ、魔王退治も捗るわ」
女神が笑って言う。
「うふふふっ、一途な子は好きよ」
女神は笑顔で再び紅茶を口にした。
(レインさん、大丈夫かしら……)
何もできぬままひたすら待つ勇者パーティのメンバー。朝出掛けて行ったレインはまだ戻る気配はない。外でひとり待つエスティアにローランが近付いて言った。
「大丈夫だよ、エスティア。お前を残してあいつがどこか行くはずがない」
「ええ、そうですね……」
そう答えたエスティアの顔が暗い。ローランは黙ってエスティアの横に座った。
そして日も落ち夕方に差し掛かった頃、その待ちわびた勇者はふらりと帰って来た。
「レインさん!!」
エスティアが帰って来たレインに走り寄る。レインが言う。
「おお、エスティア。元気そうだ。会えて嬉しいよ」
「な、なに言ってるんですか!! 魔王退治だなんて、そんな危険なこと……」
レインが頭を掻きながら答える。
「まあ確かに以前なら多少危険だったかもしないが、不思議なんだが最近急に力がついてきたような感じがしてな……」
「レインさんは、もともと強いじゃないですか……」
「うーん、私も良く分からないが、とりあえず魔王との話はついた」
「魔王との話はついたって、どういうことだい?」
エスティアと一緒に居たローランがレインに尋ねる。レインが答える。
「ああ、ちょっと片腕落としたらこちらの言うことを聞いてくれた。もう大丈夫だ」
「え? 片腕、落とした……?」
エスティアとローランはびっくりした顔でお互いの顔を見つめた。
「恐ろしや、恐ろしや、あの男……」
魔王は突如やって来たその勇者を名乗る男の事を思い出した。
「……何をしに来た人の子よ」
魔王はひとりやって来たそのイケメンの男を見て言った。男が言う。
「お前を排除しに来た」
「うははははっ!! このような場所まで来てそのような冗談を言うとは面白い!! 望み通り死んで貰うぞ!!!!」
シュン!!
「なにっ!? ぎゃああああああ!!!!」
男はほぼそこから動かずに剣のみを下から振り上げ、発した衝撃波で魔王の右腕を切り落とした。魔王の方から吹き上がる鮮血。その斬撃は魔界を支配する魔王ですら見ることもできなかった。男が言う。
「私は急いでいるんだ。ティティが作る夕飯までには帰らなければならない。次は首を落とす!!!」
男から発せられた覇気に魔王が震えて言う。
「ま、待て。何でも言うことは聞く。お、お前の望みは何だ?」
男は剣を止めてそれに答える。
「望み? 私の望みはエスティアとの生活を邪魔されないこと。それを危惧したからお前を排除しに来た」
魔王は青い顔をして答える。
「ちょっと待て、い、言っている意味が良く分からないのだが……?」
レインは剣を振り上げて鬼の形相をして叫ぶ。
「分からないだとお!!! 私達の邪魔は許さんぞおおおお!!!!」
魔王が焦って言う。
「わ、分かった。聞く、聞くからその剣を下ろせ!! お前達の邪魔はしない。悪かった!!」
魔王は一体何について謝っているのか分からなかったが、それを聞いて満足そうになるレインの顔を見てようやく安心することができた。
途中から外に出て来て話を聞いていたティティとマルク。レインの魔王討伐の話を聞いたティティがレインに言った。
「ねえ、魔王を倒したって事はギルドの報奨金凄い貰えるはずね!!」
パーティの台所事情に苦労しているティティが目を輝かせて言う。ローランがレインに尋ねる。
「なあ、魔王を倒した証になる『魔王の角』は持ってきたのかい?」
レインは眉間に皺を寄せ首を傾げながら答えた。
「ないぞ、そんなもの。倒してはいない。穏便に話し合いで済ませて来たから」
「はあ~」
真面目に言うレインを見て居皆が溜息をつく。レインが頷きながら言った。
「これまで通りコツコツと依頼をこなして行こう。清貧、貧しくとも清く生きようじゃないか!!」
エスティアも続いて言う。
「そうね、お金がなくても正しく生きましょう。私、じゃがいものスープなら得意だし!! いくらでも作るわ!!」
皆が最初エスティアが作った『鼻水入りのじゃがいもスープ』を思い出す。レインが少し困った顔をして言う。
「エスティア、じゃがいもの芽には毒があってな。それを取らないで調理すると……」
エスティアが怒って言う。
「それぐらい知ってますよ!! 馬鹿にしないで!!!」
エスティアとレインのやり取りを見て皆が笑いに包まれた。
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