54.意外な再会

(不思議だ……、もう何時間も走っているのに全然疲れない……)


 レインは拠点ホームを出てからバルフォード卿の屋敷に向かって全力で走っていた。しかし不思議なことにどれだけ力強く走ろうがほとんど疲れを感じなかった。

 星空の下、白く輝くレインがまるで地上を走る流星のように暗闇を流れて行く。



(私は失格だ。彼女の横に立つ資格はないかもしれない。あれだけ『君を守る』と言っておきながらまたしても君を危険な目に……)


 レインはエスティアがバルフォード家に向かったと言う確証はなかった。ただ間違いなくそこに居ると思った。レインが全力で駆け抜ける。




「待てっ!! な、なんだ貴様は!!!」


 バルフォード家の前までやって来たレイン。既に夜は明け、朝日が昇り始めている。

 屋敷を警備する私兵や建物の陰に隠れた暗殺者がレインを睨んで言った。レインが答える。


「お前達に用はない。その門を開けろ!!」


 レインから凄まじい気迫が発せられる。

 私兵の一部はその気迫に腰を抜かしてその場に座り込む。レインがまっすぐ門へと歩き出す。私兵の残りと陰に隠れていた暗殺者が一斉に飛び出しレインに襲い掛かる。



「はああああっ!!! くたばれ!!!!」


 シュン!!


 レインは一瞬、剣を抜き宙を斬った。



「ぐわあああああああ!!!!」


 レインに向かっていた私兵や暗殺者達が声を上げて叫ぶ。

 一瞬のうちにそこに居たすべての者が斬られバタバタとその場に倒れて行く。そしてレインの剣より放たれた衝撃波は、バルフォード家の分厚い鉄の門も一瞬で破壊した。


 ドオオン!!! ゴンゴン、ドオン!!


 崩れ去る鉄の門。

 レインは躊躇うことなくバルフォード家の中へと入って行く。





「待ちな!!」


 バルフォード家の庭に足を踏み入れたレインにひとりの女性が声を掛けた。


「勇者レインだな?」


 その女性、短髪で褐色の肌の暗殺者。エスティア同様両手に短剣を持ち、やって来たレインに対峙する。レインは歩みを止めて言った。



「その短剣、君はエスティアの姉、かい?」


 ラクサは少し驚いた顔をして答える。


「良く知ってんじゃねえか、そうだぜ。エスティアは私の妹だ!」


 レインが言う。


「君達と争う気はない。エスティアはここに居るんだろ? 返して欲しい」


 静かに言うレインにラクサは少し笑って言い放った。



「欲しいんだろ!? 男なら欲しい女は力づくで奪ってみなっ!!!!!」


 ラクサは全力でレインに走り込む。そして走りながら消えた。


(私の動き、見切れるか? 暗殺者でもトップクラスの私の動き、そしてこの短剣……、えっ!?)


 ラクサは気配を消し高速でレインの左右から動くように近付いたが、気が付くとレインの剣が目の前に振られていた。



(嘘、嘘、嘘っ!? 何これ、よけきれな……)


「ぐふっ!!」


 間一髪体をひねり直撃を避けたラクサ。

 しかし腹部に深い傷を負いその場に座り込む。



「く、くそ……」


 そして顔を上げると剣を突き付けるレインの姿がそこにあった。


(勝てない、何て強さだ勇者レイン。先ほどの太刀も余力を残して振っている。私がエスティアの姉だからか……、くそっ!!! 完敗か……)


 大人しくなったラクサにレインが尋ねる。



「ひとつ聞きたい」


「何だい」



「バルフォード卿は人身売買をやっているのか?」


「!!」


 驚くラクサ。しかし大きく息を吐くとその問いに答えた。



「俺は、嘘が付けない性格でね。否定はしない、それだけだ……」


 レインはラクサの顔を見て人身売買の事実、そして彼女自身はそれに賛成していないことを理解した。ラクサがレインを見上げて言う。



「頼みがある」


「何だ?」


 歩き出そうとしていたレインにラクサが言う。



「もう止めて欲しい、エスティアの為にも」


「ああ、そのつもりだ」


 レインはそのまま屋敷の中へと走って行った。





「いらっしゃ~い、勇者レインね」


 バルフォード家の中に入ったレイン。中央部にある大きな螺旋階段に立つひとりの女性が声を掛けた。長身でカールの巻かれた綺麗な長髪。大きな胸が特徴の美しい女性。レインが言う。



「お前は、誰だ?」


「私~? 私はシャルル、エスティアの姉よ」


「……」


 無言のレイン。シャルルが言う。



「これでも暗殺者なの。そうは見えないでしょ? 街を歩いていても結構声かけられちゃうし、この胸、妹達と違って天然よ」


 そう言ってシャルルは自慢の巨乳を持ち上げる仕草をする。レインが言う。



「どうするんだ? 私とやるのか?」


 レインの言葉に嬉しそうに反応するシャルル。


「まあ、そんなイケメンの顔で『やる』だなんて。照れちゃうわ。でも……」


 すぐにレインの手が剣にかかる。しかしシャルルの姿を見て驚いた。



「なっ!? それはどういう意味だ?」


 シャルルは階段に立ったまま両手を上げて降参のポーズをとっている。シャルルが言う。



「どういう意味って、見ての通り降参よ」


「なぜ?」


「だって私の暗殺は相手を魅了したり油断させて眠らせたりしてるの。あなた異常耐性持ってるわよね? ぜ~んぜん、何もかからないもん」


 レインは理解した。先ほどから会話をしながら必死に状態異常の魔法を掛けていたようだ。しかし異常耐性を持つ勇者レインには通用しない。その上での降参と言う訳だ。レインが言う。



「エスティアはここに居るんだな?」


「ええ、居るわよ。この上」


 シャルルはそう言って階段の上を指差す。


「分かった。有難い」


 レインは剣を収めると一気に階段を掛け始める。



「ねえ」


「なんだ?」


 シャルルは横を通り過ぎようとするレインに声を掛けた。



「エスティアは記憶を失っているの。早く行ってあげて」


 その言葉に驚きの表情を浮かべるレイン。しかし軽く頷くと光の様に駆けて行った。シャルルが言う。



「いい男。エスティアを頼んだわよ……」


 シャルルは自分の髪をくるくると巻きながらレインの背中を見送った。





 バン!!


「エスティア!!!」


 レインは二階に上がると目の前にあった大きな観音扉を開けた。

 そこはホールのような大きな空間。その中央にひとりの大柄の男が立っていた。レインが言う。


「バルフォード卿、エスティアを迎えに来ました。観念してください」


 バルフォードが笑って言う。



「観念? 言っている意味が分からないのだが。勇者レインよ」


 レインが剣を抜いて言う。



「人身売買の件、我々を襲った件、そしてエスティアの件、すべて分かっている!!」


 バルフォードも二本の短剣を抜いて答える。


「そうか、まあ、そうだろうな。貴様の暗殺の件、ここで終わらせるとしよう」



 そう言うと同時に姿を消すバルフォード。

 レインは意識を集中する。


 そして感じた。



「後ろっ!!」


 ガン!!!


 振り向きざまに剣でその攻撃を受けるレイン。

 そしてそのまま力任せに受け止めた剣を振り抜いた。




「はあああっ!!!」


 ガン、ガガガ、ガーーン!!!



「ぐわああああああ!!!!」


 バルフォードは持っていた二本の短剣をへし折られ、そしてそのまま部屋の壁まで吹き飛ばされた。



「うぐっ、ううっ……」


 そして気付く胸の出血。

 大きく真横に斬り込まれている。



(何故だ……、先に廃村で戦った時とはまるで別人。格段に強くなっている……)


 バルフォードは胸に傷を押さえながらレインを見つめる。レインが言う。


「早く手当てをしないと死ぬぞ」


 バルフォードはもう自分では戦えないことを悟りそのまま仰向けになる。そしてレインに言った。



「エスティアは隣の部屋だ。連れて行きたのなら連れて行け。できるならな……」


 レインは直ぐに剣を収めるとホールを出て隣の部屋のドアを探す。



「あれか!!」


 急ぎ向かうレイン。

 そしてノブに手をかけ一気にドアを開けた。



 グサッ!!


「えっ……?」


 そこには短剣を持ちドアを開けたレインの脇腹を刺すエスティアの姿があった。エスティアが言う。



「勇者レイン、あなたは私が殺す!!」


 レインは血が流れ出る脇腹を押さえながら会いたかったエスティアの顔を見つめた。

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