53.二度目の依頼

「やあ、僕はエリオットだよ」


 レインの拠点ホームに上級貴族ジャンフェナーデ家のエリオットがやって来た。ティティが迎える。


「エリオットさん、お久しぶりです。どうぞ!」


 エリオットはティティに案内されて建物に入る。レインがそれを迎える。



「やあ、エリオット。久しぶりだ、何かあったかい?」


 エリオットは椅子に座るとそこに居たローランやマルクの顔を見て言った。



「あれ、エスティアは?」


 ティティが答える。


「エスティアちゃんは、ずっと部屋に居るはずだけど……、最近ご飯も食べに出て来ないんだよね……」


「そうか、今日はね。ちょっと大切な話をしに来たんだ」


「大切な話?」


 ローランが身を乗り出して言う。エリオットが答える。



「ああ、未確定な情報で、ここだけの秘密にして欲しい」


「無論だ」


 レインが答える。エリオットが言う。



「バルフォード卿がを行っているという噂を聞いた。貴族社会の裏話なので確証はないが火のないところに煙は、って感じだ」


「そう言うことか……」


 エリオットの話に驚く一同。

 バルフォード卿と言えば由緒正しい名門貴族。武芸に精通し各貴族からの信頼も厚い。人身売買などと言う言葉とは真逆の貴族である。


 だが目の前に居るエリオットも国王の縁戚に当たる同じ名門貴族。そんな彼がこの様な嘘をつくことはない。

 レインが腕を組みながら言う。



「それで私を狙ったのか」


 椅子に座ったローランが尋ねる。


「で、どうするんだい?」


 レインが答える。



「エリオットの話は大変有難い。ただ証拠がない。それなしでは動くことはできない。これから証拠を掴んで動こうと思う」


 そう言いつつもレインは襲撃時にエスティアが拾ったという姉の短剣を思い出す。それが今バルフォード卿と繋がった。レインが思う。


(証拠にならないことはないが、その前にエスティアの気持ちを確かめなければ。辛い判断をしなければならない……)



「みんな、それまでは決して先走った行動はしないでくれ。本当にバルフォード卿が我々を襲ったとなると相当危険だ。日々の生活、特に夜間については注意をして欲しい」


「な、なんだか不安だなあ……」


 レインの話を聞いてマルクが震えた顔をする。レインがエリオットに言う。



「エリオット、君の情報に感謝する。我々のすべきことが分かった。ただ君も気を付けてくれ。できればこの件はこの場限りで触れないで置いた方がいい」


「そうだね。僕もエスティアの為に危ない話を聞いて来たんだ。みんなの役に立てて貰えれば嬉しいよ。で、エスティアは本当にいないのかい?」


 ティティとレインが不安そうな表情になって答える。



「ああ、それが最近部屋に居るのか、誰も姿を見ていなくて……」


「レイン!!!」


 突然エリオットが大きな声で言った。驚くレイン。エリオットが言う。



「レイン、君だからエスティアを任せたんだ。それを『最近見ていない』とは一体何を言ってるんだ!! すぐに部屋を見て来てくれ!!!」


「分かった。ありがとう、君の言う通りだ!」


 レインは直ぐにエスティアの部屋へと走って行った。






「はあ、はあ、よし、今日の訓練はここまでとしよう。部屋に帰ってゆっくり休むがいい」


「ありがとうございます! はあ、はあ……」


 最強の暗殺者と名高いバルフォード卿が、今日のエスティアの稽古の終わりを告げた。全身に流れる汗をぬぐうエスティア。義父が立ち去った稽古場で水を飲みながら体を休める。



(久しぶりにお義父様に稽古をつけて貰ったわ。ちょっと体痛いけど、いい汗かけた……、ん?)


 エスティアは自分で思いながら自分で不思議な気分になった。


(久しぶりの稽古? そう、久しぶりだわ……、この練習用の短剣を持つのも久し振り、ここに来るのも久し振り。どうして? 私、毎日訓練していたんじゃなかったっけ?)


 エスティアは何故か『久し振り』という言葉ばかりが頭に浮かぶ自分を不思議に思った。

 毎日当たり前に行っている稽古が何だかそうでない気がして、エスティアは首を傾げながら部屋に向かう。

 水浴びを終え、部屋に戻ったエスティアはベッドの上に寝転がりながら明日の予定を考えた。



「明日は久し振りの休みよね~、さて、王都にでも行こうかな!」


 そう言って立ち上がると部屋にある衣装棚の戸を開ける。そして目が点になった。



「あれ? 何これ? 黒い服ばっか……」


 その衣装棚に掛けられていたのは暗殺者としていつでも仕事ができるような黒を基調とした仕事着ばかり。エスティアはその服を両手でつかみながら言った。



「ねえ、私の大好きな、私のお気に入りのはどこいったの!?」


 エスティアの目に涙が溜まる。



「あれは大切な服。大切な人と……、うっ!! あ、頭が痛い……」


 エスティアがそれ以上のことを思い出そうとすると突如激しい頭痛に襲われた。エスティアはベッドの上に寝転がって頭を押さえる。



(どうしたの、これ? 何かおかしい。私は休みに着て行く服を思って、休みはよく……、そう、マルクと一緒にスイーツの店に行って……、あれ? マルクは知っている。でも、どうして知っているの……?)


 エスティアはしばらく考えるのをやめ頭痛が治まるのを待った。



「何かがおかしいわ……」


 エスティアは寝ていたベッドから立ち上がり、窓の外の景色を見つめる。そしてある事に気が付いて驚いた。



(さっきまで休日は気軽に王都へ行くって思っていたけど、考えてみたらここから王都って近く掛かる距離。とても『気軽』になんて行けないわ……)



 エスティアは窓の景色を眺めながら両手を上にあげて背伸びする。


「私、疲れてるのかな……、お義父様の訓練厳しいし……」



 ぐう~~っ


(ああ、お腹減ったわ。変なこと考えてないで夕食に行こっ)



 エスティアは直ぐに部屋を出て食堂へ向かう。


「エスティア」


 食堂へ向かう途中、廊下でシャルルとラクサの義姉に会った。ラクサが尋ねる。



「エスティア、体調はどうだ?」


 エスティアは少し驚いた感じでふたりに答える。


「うーん、ちょっと頭痛があったりするかな。私、疲れているかも……」


 ふたりの姉は顔を見合わせてから言った。



「訓練は厳しいからな。たくさん食べてゆっくり休んでくれ」


「そうね、そうするよ」


 エスティアは少し笑ってふたりの姉に答えた。






「いない……」


 エスティアの部屋に入ったレインがあるじのいない部屋を見て言った。そしてレインは周りを見渡す。そして薄暗い部屋の中、エスティアの悪いと思いつつも彼女の衣装ダンスを開いた。


「ない、黒の衣装がない。……まさか!!」


 レインは残された花柄のワンピースを掴みながら、ひとり頭を下げて言う。



「どうして、どうして私に相談してくれなかったんだ、エスティア……」


 レインはそのまま皆が待っている居間へ行き、そして言った。



「バルフォード卿宅へ乗り込む。ただ、時期は今じゃない。私が指示するまで待機を頼む」


 皆は突然の言葉に驚きながらもそれがエスティア救出だとすぐに理解した。マルクが言う。


「僕らはいつでも大丈夫です、レインさん!!」


「ああ、ありがとう。マルク」


 レインはそう言うとひとり自室へ戻って行く。そんなレインを不安そうに見つめるマルクにローランが言う。



「行かせてやりなよ、で」


「ローランさん……」


 泣きそうな顔になるマルク。ローランが笑って言う。


「大丈夫だよ、あの顔見たろ? あんな顔、レインは滅多にするもんじゃないよ。痺れちゃったよ、私でも」


「はい……」


 マルクは諦めたような心配そうな顔をして下を向いた。



(待ってろ、エスティア!! 私がすぐに行く!!!!)


 レインは剣を携えひとり外に出る。

 そしてその体が白く、まるで白雷のように神々しく光った。






「エスティア……」


「はい」


 エスティアは義父バルフォードに呼ばれ緊張した面持ちでその前に立った。バルフォードが言う。


「お前に新たな任務を与える」


「はい」


 エスティアの顔の緊張が走る。バルフォードが言った。



「『勇者レインの暗殺』だ」


 エスティアはその名前を耳にして、不思議と嬉しい気持ちと辛い気持ちが同居していることに気付いた。

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