51.エスティアの御礼

 ランシールド王国、建国記念祭。

 国中の人達が自分の国ができたこの日を祝う。街中が祝賀ムードに包まれ、多くの人がそのお祭りを楽しんでいる。


 ローランやティティ達ににさせられたレインとエスティアが歩き始める。エスティアの服は、レインに初めて会った日に着ていたお気に入りの花柄のワンピース。

 エスティアは歩きながら初めて王都にやって来た頃の新鮮な気持ちを思い出す。そして前を歩くレインの腕を見ながら思った。



(腕、組んじゃおうかな……)


 あの頃とは随分と状況が変わった。

 面接を受けて合格を貰ったあの日。

 右も左も分からない王都で必死に勇者を探したあの日。

 そして暗殺対象だった勇者に恋した自分。


 エスティアは少し頬を赤らめてレインに言った。



「レインさん、腕、組んでいい?」


 エスティアの言葉を聞き立ち止まるレイン。そして少し振り向いて笑顔で言った。


「ああ、もちろん」


 エスティアが嬉しそうに少し差し出された腕に自分の手を絡める。

 決して太くはないのに固くずっしりした腕。エスティアは全く無駄な肉のないレインの腕に抱き着きながら思う。



(まるで恋人同士みたい……、って、お付き合いしてるんだよね! レインさ……、ん?)


 エスティアは腕に抱き着きながらレインを見上げると、レインの視線は別の方向へと向けられていた。エスティアがすぐにその視線の先を見つめる。そして顔が引きつる。



(え、なに? どこ見てんの? は? 女っ!?)


 エスティアがレインの視線の先を見ると、胸が半分ほど露出した服を着た色っぽい女性が歩ているのが目に入った。エスティアの目がぐぐっと吊り上がる。



(はあ? マジ? いきなり? マジであり得ないんだけど!!)


 エスティアは組んでいた腕を思い切りつねる。



「いててててっ!!! エ、エスティア!?」


 エスティアが無表情で下から睨みつけて言う。



「やっぱり胸パッド入れて来た方が良かった? 殺すわよ」


 レインが慌てて申し訳なさそうに言う。



「か、勘弁してくれ。悪かった。君が言うと冗談に聞こえない」


「ぷっ、ぷぷぷっ……」


 ふたりは腕を組みながら笑った。




 露店が並ぶ大通りを歩くふたり。

 エスティアは露店のテーブルに並べられたたくさんの商品を見つめながら歩く。



(あ、あれ……)


 エスティアの目にテーブルの上に置かれた綺麗な指輪が目に入った。それはシルバーのペアリング。じっと見つめながらエスティアの妄想が始まる。


(あ、ああいうのって、お付き合いしている男女がつけるんだよね。わ、私達がつけても、べ、別におかしくないよね。え、でもああいうのつけたら、その、し、新婚さん!? 結婚!? きゃー、どうしよう。私、食べられちゃう!!)


 妄想の暴走が止まらないエスティア。顔を真っ赤にしながらレインの腕にしがみ付く。レインが言う。



「あの指輪が気になるのかい?」


「えっ? な、なんで!?」


(なんで分かるのよ!? 勇者レイン、ま、まさか読心術でも使えるのか!!)



 レインが答える。


「そんなに近付いてガン見していれば誰でも気付くよ」


「へ?」


 落ち着いて見ると、レインの腕をテーブル近くまで引っ張り、指輪をじっと穴が開くほど見つめている。露店の店主も余りのガン見に少し引いている。レインが指輪を手に取り店主に言う。



「店主、この指輪を貰おう」


「えっ?」


 驚くエスティア。レインが言う。



「欲しいんだろ?」


「え、ああ、うん……」


 エスティアは少し下を向いて小さく答えた。

 長身でイケメンのレインが指輪を買う。その一挙一動が周りの視線を集める。エスティアが思う。



(私、こんなに幸せでいいのかな。怖い。幸せだから怖い。この幸せが壊れてしまうのが……)



「エスティア」


 ペアリングを手にしたレインがエスティアの名前を呼ぶ。そしてその小さな手を取り、細い指に指輪をはめようとする。



「待って……」


 指輪をはめようとしたレインの手をエスティアが止める。そして指輪をじっと見つめてからレインを見上げて言う。



「嬉しい。嬉しいけど、今はまだ……、まだ私にはやらなきゃならないことがあるから……」


 レインがエスティアの頭を撫でながら言う。



「私、じゃなくて、だろ? いつかちゃんと君の指にはめさせて貰えるよう私も頑張る」


 レインはそう言うとふたつの指輪を大切にしまった。エスティアは何度も頷きながら思う。



(私がちゃんと私自身を清算しないと、この目の前の大切な人は……)


 エスティアは自分の義父であるバルフォード卿を思い出す。彼がレインを狙っている以上、決して安心して暮らすことはできないと改めて思った。





「おおおおおおおっ!!!」


 建国記念祭が中盤に差し掛かかった頃、エスティア達がいる公園と少し離れた王城広場から大きな歓声が沸き起こった。

 公園に居た人達も、その歓声を聞き王城広場へと向かう。エスティアが言う。


「何かしら?」


「ランシールド王の祝賀演説が始まるんだろう」



 建国記念祭開催に当たり、毎年国王自らが民の前に出て建国を一緒に祝う。そのスピーチが始まったらしい。レインが尋ねる。



「国王のスピーチ、見に行くか?」


 エスティアは首を振って答える。


「ううん、ここでいい。一緒にここで座ってよ」


「ああ、そうしようか」


 レインはそう言うと近くの露店で飲み物を買ってエスティアに渡した。




「ランシールド国王、素晴らしい演説ありがとうございました!!」


 一方王城広場では建国のスピーチを終えた国王に盛大な拍手が送られていた。王城広場にある高台から手を振る国王。それを後ろから見つめるミシェル姫。そして思う。



(ああ、次は私のスピーチの番だわ。みんながお祝いの為に集まっている。何も知らない愚かな国民がまるでサルのように歓声を上げている)


 ミシェルは司会役に名を紹介され頭を下げてから皆の前に立つ。



「おおおおおおおっ、ミシェル姫ええええ!!!!」


 群衆から沸き起こる大きな歓声。若く美しいミシェルはそれだけでたくさんの男達から絶大な支持を得ていた。ミシェルが思う。



(ああ、誰も知らない。こんな公的な場で、私はとても『いかがわしい下着』をつけているのよ。ああ、なんて恥ずかしいことなの!! 私はこんな大勢の前で、とても卑猥で恥ずかしい下着をつけているの!!!)


 ミシェルは何も知らない群衆達が、破廉恥な自分に歓声を送れば送るほどますます興奮してくる。



(ああ、もって呼んで、もっと叫んで! いやらしい私をもっと見て、卑猥な私を感じて、もっともっと興奮して!!!)



「うおおおおおおおおお!!!!」


 観衆の熱狂も最高潮になる。

 ミシェルは頬を赤く染めて頷くと、観衆に向かって腕を上げて手を振った。


 その時だった。



 プツン、プツン……


「えっ?」


 腕を大きく上げたミシェルのドレスから、小さく糸が切れる音がした。



 バサッ


「え、えっ、きゃああああああ!!!!!」


 そこに居た誰が目を疑った。

 観衆に手を上げて応えていたミシェルのドレスの糸がいきなりほつれて、そのままストンと床にずり落ちた。

 あまりの突然の出来事に状況が理解できないミシェル。しかし気付くと、皆の、観衆の面前で下着姿になり立っていた。しかもエスティアが『線しかない紐パン』と言って驚いたあの極小の紐パン。一国の姫のあらぬ姿に会場が静まり返る。



「隠せ、隠せええ!! ええい、何をしておる!! す、すぐに隠すんだ!!!」


 父親であるランシールド国王が顔色を変えて叫ぶ。

 すぐに近くにいた騎士のマントを掛けられたミシェルだが、顔面蒼白、体は震え、今にも倒れそうであった。



「す、すぐに控室へ!!」


 国王の命により放心状態のミシェルが奥の方へと戻って行く。観客からはがやがやと言った騒めき声が起こる。国王は頭を抱えてそのまま座り込んでしまった。





「何かあったのか?」


 公園で休んでいたレインとエスティアの前を、王城広場の方からやって来た男達が通りかかる。王城広場の方から妙な騒ぎ声が聞こえていたレインが妙に思い男達に尋ねた。男達が言う。



「いや~、びっくりしたよ。いきなりミシェル姫のドレスが、ストンって下がっちゃってさあ。そんで着ていた下着が、何と言うかほぼ線のみの過激なやつで。いやあ、王族なのにねえ~、みんなびっくりしてたよ」


 男達はそう言いながらもニタニタと笑いながら去って行った。



「ミシェル姫のドレスが、ストンと……、まさか、エスティア……?」


 エスティアがレイン貰って飲み物を飲みながら笑って言う。



「さ~て、何のことでしょうか。レイン


 レインは前世のラスティア同様、目の前の女の子を絶対に怒らせてはならないと改めて肝に銘じた。

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