50.建国記念祭

「……と言う訳で、あの廃村に居た奴らは暗殺者だったんだ」


 拠点ホームに戻ったレインとエスティア。

 居間に集まったローラン達を前に、以前人身売買の取引があるとして赴き見事に騙された件を皆に話した。

 なお敵が暗殺者だという事は伝えたが、それがエスティアの家族であることは言わなかった。『自身の問題で皆に迷惑を掛けたくない』、そんなエスティアの気持ちをレインは汲んでくれた。ローランが言う。



「なるほどねえ、通りであの強さ。納得したよ」


 レインが答える。


「どこかで我々を嵌めようとする勢力があるのかも知れない」


 レインはそう言いながら廃村で戦った敵の大将の強さを思い出す。



(あれが暗殺者のトップに君臨するバルフォード卿だと言うのならば納得がいく。正面での戦いが苦手とされる暗殺者であの強さ。彼が本気で私を狙いに来たらかなり厄介である)


 ひとり考え込むレインにマルクが尋ねる。



「で、レインさんがいなくなったのはどうしてなんですか?」


 マルクの質問に皆の視線がレインに集まる。

 実際、拠点ホームに帰って来たレインにローラン達が心配して尋ねたが、「大丈夫」と言うだけで理由を話してくれなかった。

 王族絡みの件なので心配掛けたくないとの配慮だったが、エスティアがマルクに向かって言った。



「王様の娘が監禁していたの!!」


「ええっ!!」


 驚く一同。レインは唖然とした顔でエスティアを見つめる。ローランが尋ねる。



「ちょっと詳しく聞かせてくれないかい」


「いいわ」


 エスティアはそう言うとあからさまに怒りの表情を浮かべて、レインが監禁され自分が助けたことを簡単に説明した。その後にレインに話した自分の秘密は伏せてながらも、まだ怒りが収まらないエスティアが言う。



「私、絶対に許さないんだから!!!」


 監禁事件を思い出し、さらに憤るエスティア。予想外のエスティアの言動に驚きつつも、レインが言う。


「と言っても相手は王族、国王の娘だ。恐らくこのことは姫以下、ごく一部の人間しか知らないはずだ。国王も知らないと思う。抗議に行っても門前払いされそうだな……」


 それを聞いたエスティアが笑って言う。



「抗議? 甘いわよ、レインさん」


「エスティア?」


 エスティアは小悪魔的な笑みを浮かべて言った。


「今回の件は私に任せて。しっかりとたっぷりお礼をしてくるわ、姫様に」


「エ、エスティア……、いいけど、無茶するなよ」


 レインの言葉にエスティアが笑顔で答える。



「大丈夫、と~っても楽しいイベントを披露するわ!」


 そう言って見つめ合って笑うふたり。それを見ていたローランが尋ねる。



「なあ、あんた達、ったんかい?」


「えっ!?」


「はっ!?」


 ローランの言葉に凍り付く一同。エスティアが慌てて否定する。



「ややややっ、やっただなんて、まだよ、まだまだですぅ!!!!!」


「わ、私は、彼女に触れてしただけで、そ、そのような破廉恥な、こ、ことは……」


「レインさんっ!!!」


「はっ!!」


 動揺して要らぬことを口走るレインをエスティアが怒鳴る。レインが口に手を当てて慌ててきょろきょろと周りを見る。マルクが泣きそうになって言う。



「エ、エスティア~、そんな~」


「バカップルが、何やってるんだかねえ……」


 ローランも苦笑して言った。






 夜、自室で暗殺者の衣装に着替えるエスティア。ナイフや小道具を服に忍ばせ部屋にある鏡の前に立つ。


「今宵は『怪盗パンティーヌ』再登板ね。まあ、パンツは盗まないけど」


 エスティアはひとりくすくす笑い、そして闇夜の中ひとりランシールド城へ向かった。



(本当にザルね、ここの警備。ついこの間、侵入者わたしが暴れたのに警備が強化されていないとか、大丈夫なの? ここ……)


 エスティアは以前と全く変わらないザル警備の隙間を縫って城内に侵入。そして先に訪れたことのあるミシェル姫の部屋へと向かう。

 壁外の窓の傍に張り付くエスティア。中を覗くとミシェルが部屋の中央のトルソーに掛けられたドレスを前に何やら準備をしている。エスティアが思う。



(ふふっ、明日の建国記念祭のドレスね。思った通りだわ)


 ミシェルはドレスを掛け終えると、衣装棚に行き引き出しを開ける。そして中に入れられてあった紐のようなものを取り出してにやにや笑う。

 その後エスティアは、ミシェルが夕食に出掛けたのを確認して部屋に忍び込んだ。



(これね。まあ、なんて高そうなドレス。さて……)


 エスティアは直ぐに部屋の中央にあるドレスに手をかけ何やら細工をする。そして一通り終えると、先ほどミシェルが見ていた衣装棚の引き出しが気になり開けて見る。



(げっ、これってパンツじゃん!! ち、小っちゃ!!! 面積、全然ないじゃんこれ。いや、隠れないでしょ、これじゃ。パンツの役割ほとんど果たしていないし……)


 エスティアはミシェルの紐のような極小パンツを摘んで見つめる。


(手袋してなきゃ触れないわよね、こんなもの。というか、貴族とか王族って本当に変態が多いわよね。すまし顔の下でこんな淫乱な下着付けて……。さて、仕事は終わり。帰ろっかな)


 エスティアは丁寧に紐パンを引き出しに戻ると、くすくすと笑いながら素早く部屋を出た。






 翌日はランシールド王国の建国記念の日。

 国中がお休みとなり至る所で祝賀ムードに包まれる。通りには国旗を模した垂れ幕がたくさん飾られ、即興の音楽隊や、出店や露店などが現れてお祭り一色となる。



「レインさん、早く行きましょうよ!」


 王族主催の建国記念祭。

 レインはミシェル姫のこともありあまり今年の祭りには乗り気ではなかった。そんなレインにティティが何度も声を掛けた。レインが嫌々答える。



「分かったよ。あまり行きたくないが、仕方ない……」


「折角だから楽しみましょう」


 エスティアも笑顔でレインに向かって言った。




「美味しいねえ!! ここの料理!!」


 王都の通りは建国記念祭のお祭りで大勢の人が歩いている。途中露店で買い食いをしながらレイン達一行はちょっとお洒落な屋台のような店で昼食をとっていた。

 周りの人達は魔物の恐怖に一抹の不安を感じながらも、年に数回行われるこの様な祭りを心から楽しみにしている。家族連れやカップルなどの笑顔が溢れる。


(平和だな……)


 レインはこの平和、特にエスティアと過ごすことのできるありふれた日常の大切さを嚙み締めた。



「ごちそうさまでした!!」


 皆が食事を終え立ち上がる。そしてローランがすぐに言った。




「ちょっと悪いけど知り合いに誘われててね。飲んでくるよ」


 そう言って人混みの中に消えて行った。ティティもマルクに向かって言う。



「マルク、私が付き合ってあげるよ。あっちに買い物に行こ!」


「え? ええっ!? どうして……?」


 突然ティティに言われたマルクが戸惑う。ティティがマルクの耳元で言う。



「空気を察しなさいよ!!」


 そう言うとマルクの手を引いて強引に連れて行ってしまった。




(な、何この展開? み、みんな、なんか変な気を遣ってない!?)


 レインとふたり残されたエスティア。

 なんとも言い難い空気がふたりの間を流れる。



「さ、私達も行こうか」


 レインが上空に広がる青空よりももっと清々しい笑顔でエスティアに言った。


「は、はい!」


 一瞬どきっとしたエスティア。

 先に歩き出そうとするレインの後に続く。そして斜め後ろからレインの腕を見て思う。



(う、腕、組んじゃおうかな……)


 エスティアは顔を赤らめてレインの後に続いた。

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