49.告白

「違っていたら許して欲しい。でも聞きたい。君はなのかい? 君はもしかして何か隠していることがあるのではないかな」


 レインの隣に座っていたエスティアの体が固まった。沈黙するエスティアにレインが続ける。



「君の動き、あれはどう見ても暗殺者。今日私を救ってくれたのも暗殺者の技に思う。違っていたらすまない。でも私に何か隠しているのなら教えて欲しい」


 エスティアは黙ったまま眼下に広がるランシールドの街の明かりを見つめる。そして思う。



 ――バレちゃったな


 いずれは話さなきゃならないと思っていた自出。これまでは色々と理由をつけて避けてきた。エスティアは前を向いたままレインに尋ねる。



「ねえ、レインさん」


「なんだい?」


 エスティアは少し笑って言った



「レインさんは悪い人ですか?」


「私が、悪い人……?」


 質問の意味が分からないレインだったが、すぐにその問いに答えた。



「ああ、私は悪い人間だ。君のことになるとすぐに冷静さを失い、無茶をして自我を忘れる」


「ぷぷっ、そう言う意味じゃなくて……」


 そう言いながらエスティアの目に涙が溜まる。そしてやはり前を向いたままゆっくりと話し始めた。



「私は暗殺者です。あなたを殺そうとした、暗殺者です」



 黙って聞くレイン。エスティアが続ける。


「私の一家は暗殺者の一族で、勇者レインを殺す為にここに送り込まれました。隙あらば、私はあなたを殺そうとしていました」


 それまで黙って聞いていたレインが言う。



「知ってたよ」


「えっ?」


 驚くエスティア。レインがエスティアを見て言う。


「最初から君は私に対して殺意を持っていた。隠していたつもりのようだけど分かるよ」


「じゃあ、どうして?」


 戸惑うエスティアが尋ねる。レインが笑って答えた。



「君の殺意はは一度もなかった。それに……」


 レインはエスティアの目を見て言った。



「私は君を愛していたから」


「そ、そんな、一体何を言っているの……、自分を殺そうとしていた相手よ」



 レインは再び前を向き、少し笑って言う。


「さっきの話だけど、やはり私は悪い人間なのかもしれない」


「どうして?」


 エスティアがレインを見て尋ねる。


「私も君に黙っていたことがあるんだ」



(ま、まさか!! まさかやっぱり人身売買の幹部だったってこと!?)


 エスティアはレインを見つめながらその次の言葉を待った。レインが言う。



「私はある男が転生した者なんだ」


「転……生……?」


 予想していた話とは異なり、少し意味の分からない言葉に不思議な顔をするエスティア。レインが言う。



「私はと言う男が転生した者。別の世界で魔王を倒し、自ら命を絶った者だ」


「ま、魔王? 自ら、命を……?」


 エスティアはレインが何を話しているのか理解できない。レインが続ける。



「レビンはひとりの女性を愛していた。ラスティアと言う女性だ。しかし彼女はレビンの目の前で魔王に殺され、やがて復讐を誓ったレビンは魔王を倒しその仇を取った。そしてレビンはラスティアを追う様に自ら命を絶ったんだ」


「レイン、さん……」


 エスティアはようやくその男が目の前にいるレインだと言うことを理解し始めた。



「そして命を絶ったはある女神に呼ばれ、転生すること、そして救えなかったラスティアと再び結ばれることを約束された」


「そんな……」


 驚くエスティアにレインが続ける。



「女神はそのラスティアの生まれ変わりにある目印をつけてくれた。それは首にハートの形のアザがある女性……」


「そ、それって、まさか……」


 エスティアは首にあるアザを手で押さえながら言う。レインが頷いて答える。



「そう、君だ。エスティア」


「!!」


 エスティアは首を押さえながら驚きのあまり何も答えることができなかった。あまりにも話が唐突過ぎて実感が沸かない。本当なのか、嘘なのか。そんなことを考える余裕もなくなっていた。レインが言う。



「でも、君がラスティアの生まれ変わりだと言う確証はない。君自身ラスティアの記憶はほぼないし、私を見てもなんとも思わないようだし」


「ええ、まったく、そんな記憶は……」


 レインが言う。


「それでいい。むしろそれが自然と言うものだ。ただ、もし君がラスティアの生まれ変わりと言うならばそれは私にとって喜ぶべきことだろう。そしてね、同時に思ったんだ……」


「……何を?」


 レインが言う。



「私は君になら殺されてもいいって。君がそれを望むならば私はそれを受け入れようと思っていた」


「そんな……」


 エスティアはすぐには信じられなかったが、ただそのことが本当ならばこれまでのレインの行動に説明がつく。勇者パーティ加入試験ですぐに合格したり、大したこともしていないのに私に魅了されたり……


 エスティアが言う。



「じゃ、じゃあ、私がそのラスティアさんって人だと思ったから、その、わ、私を好きに……、なってくれたの?」


 レインが首を横に振って答える。


「それは違う。確かにきっかけはハートのアザ。だけど私はすぐに気付いたんだ」


 黙って聞くエスティア。レインが言う。



「ラスティアを愛したのはレビン。そして……」


 レインはエスティアの目を見て言った。



「『レイン・エルフォードはラスティア・グラスティルを愛してる』んだって」



「えっ……」


 驚くエスティア。レインは笑顔で言った。


「面接の時、あの時から私は君に惹かれていた」



 そう言って横に座るエスティアにそっと口づけをするレイン。


「ん、んん……」


 エスティアは自然とレインを抱きしめ涙を流した。




 夜空に瞬く星達。眼下にはランシールドの街の明かりが暖かく灯る。あのひとつひとつに色々な人達の幸せがあるんだろうなとエスティアは眺めながら思った。

 岩の上に寄り添うように座ったままのふたり。レインがエスティアの頭を撫でながら聞いた。


「まだ私を殺そうと思うかい?」


「ええ、他の女の子を見たりしたら」


 レインが驚いたように言う。


「見るだけで殺さるのか、私は?」


 エスティアが笑って言う。



「冗談よ! 私の依頼内容話しちゃったし、私はもうあなたは殺せない。殺したくない」


「そうか、それは助かる。君に殺されるのは良かったんだけど、それ以上に君と一緒に居たい。君を守りたい。今はその気持ちの方が強いんだ」


「はい……、ありがとうございます……」


 エスティアは正面から言われ少し恥ずかしくなって小さく答えた。


 そして勇者レインを完全に信じようと思ったエスティアは、もうひとつの大切なことを話した。




「レインさん、実はこの間の人身売買組織の件なんですけど……」


「ん、ああ、あの廃村での件か?」


「ええ、実はあれ、私に心当たりがあって……」


 黙ってエスティアの話を聞くレイン。エスティアが言う。



「あの襲って来た人達の中に私の姉がいて……」


「お姉さん?」


「ええ、私が戦っていた人なんですけど、短剣を落として行ってそれが姉の物だと分かりました。そしてあそこにいた人達の動き、あれは恐らく暗殺者の訓練を受けた者達です」


「……そうか」


 レインが目を閉じて少し考える。そして言った。



「それはもしかして君の家族と戦わなければならないことを意味するのだがいいのか」


 エスティアは少しの間を置いて答えた。


「もしそうならば私がやらなければならない」



 レインはエスティアの両肩に手を置いて顔を見つめて言った。


「分かった。何があろうと君は私が守る。もし彼らと戦わなければならなくなったとしても、私が必ず守る」



「はい……」


 レインの真面目な顔を見つめるエスティア。レインが言う。



「だからこれからもずっと私の傍に居て欲しい。もう君を離したくない」


 そう言ってレインがエスティアを強く抱きしめる。エスティアは涙を流しながらレインに言う。



「私で……、いいの……?」


「君がいい」



「私、たくさん食べるのよ。男の人みたいに……」


「食事の量なら私の方が多い」



「私、寝言も多いのよ……」


「私は夢遊病のくせがあり夜中も歩き回る」



「私のとても臭いのよ……」


「私はげっぷもおならも口も臭い」



「私……、胸パッド入れているのよ!!!」


 エスティアはそう言って自分の胸の中に手を入れ中にあった乳白色のパッドを取り出して見せる。さすがに初めて見るそのパッドに驚くレインだったが、すぐに笑顔で言う。



「そんなことをしなくてもありのままの君が好きだ。私は君の全てを肯定する」


 エスティアは下を向き、大粒の涙を流しながら言う。


「私はあなたに好きになって貰いたくて、魅了させたくて、一杯頑張って……」



 レインは涙を流すエスティアの頭を抱きかかえるようにして言った。



「私は最初から君に魅了されていたんだよ」


 レインはエスティアの額に優しくキスをした。

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