48.質問
「その手を放せと言ったんだあああああ!!!!」
レインから発せられる強烈な覇気。
その迫力にエスティアの首を掴んでいた国軍最強の騎士団長ベルハントの体が固まる。
「レイン……さん……」
首を掴まれたままのエスティアが小さな声で言う。ベルハントがレインに向かって言う。
「動くな、レイン!! この女が……」
そこまで言ってから、ベルハントは既に目の前まで迫っていた勇者の姿にようやく気付いた。
「なっ!?」
ドン!!!!
「ぐはっ!!」
レインの強烈な右拳がベルハントの腹部に撃ち込まれる。たった一撃で着ていた国軍最高の鎧を破壊し、ベルハントの肋骨を叩き折る。あまりの激痛に掴んでいたエスティアを放す。
「はああああ!!!!」
ドンドンドン、ドオオオオオオオオン!!!!
そして撃ち込まれるレインの拳の連撃。
ベルハントは成す術なくそれを全身に受け、最後は顔面を殴られて激しく回転しながら後方の木まで飛ばされた。
「エスティアっ!!」
そしてレインはエスティアが地面に落ちるより先にその小さな体を両手で受け止めた。レインに抱かれたエスティアがそれに気付いて声を出す。
「レインさん……、体、大丈夫ですか……?」
「ああ、大丈夫だ。私はどんな時だって君を受け止められる」
(うそ、体ぼろぼろのくせに。そんな辛そうな顔して、本当に嘘つき。……本当に、無茶ばかりして)
レインは涙を流しながらエスティアを抱きしめた。そして思う。
(勇者失格、だな……、また彼女に助けて貰って。俺が守るなんて言っておきながらこの様は何だ……、すまない、エスティア。そして本当にありがとう)
レインが言う。
「歩けるか?」
「ええ、私の方がレインさんより元気ですよ」
「そうだな。取りあえず追手が来ない場所まで行こう」
「はい」
エスティアはやはり体がふらつくレインに肩を貸しふたりで森の奥へと歩いて行く。
(ひとり占めだぁ……、真っ暗な森の中、私、イケメン勇者レインをひとり占めしているぅ!!)
エスティアはすぐ顔の横で荒い息をするレインを感じる。たったふたり、他に誰もいない静かな森の中。
「はあ、はあ……」
温かいレインの吐息がエスティアの耳元で繰り返される。エスティアが思う。
(な、なんか、妙な雰囲気よね……、確かに誰もいない森の中、若い男女が肩を寄り添って歩いている。も、もしよ、もしこのまま押し倒されたら、私……、きゃー!! どうしよう!!)
エスティアはまた始まった妄想にひとり顔を赤らめる。
その時、足に力が入らなくなっていたレインが、道にあった木の根に足を引っかけて姿勢を崩す。そしてそのままエスティアに体重をかけるようにして倒れた。
(しまった、足に木の根が引っ掛かって!!!)
「きゃ!!」
ドン!
エスティアを押し倒すようにして倒れるレイン。突然レインに襲われたと勘違いしたエスティアの妄想に火が付く。
(え、ええ、な、何!? 押し倒して、えええっ!? マジ? マジで!? レ、レインさん、ここで私、襲っちゃうの!? わ、私、手篭めにされちゃうの? 私、キズモノになっちゃう? オ、オヨメに行けなくなっちゃう!? どどどど、どうしよう!!!)
倒れたエスティアの上に覆い被さるようになるレイン。
すぐにレインは謝ろうとした。しかし目の前にあるエスティアの顔を見て全く別の言葉が口に出た。
「エスティア、本当に君は……、エスティアなんだね」
一瞬意味の分からない顔をするエスティアが答える。
「はい、エスティアです……」
(え? な、なに? この場においてまさか『別の女』と勘違いしているの? うそ!? そんなのあり得ない!! やっぱ暗殺、やっぱ殺……!!)
エスティアがそんなことを考えていると、レインはそのまま唇を重ねた。
「う!! ううっ、ううん……」
エスティアの顔に両手を添え、とても心の籠った口づけをするレイン。
何も言わなくても分かる。レインは私を欲していると。口づけを終えたレインが言う。
「会えて嬉しいよ、エスティア。たった数日だったが君に会えないことがこんなに辛いことだとは……」
「レインさん、私……」
ぐう~~っ
「ん?」
エスティアが何かを言おうとした時、上に乗っていたレインのお腹が大きな音を立てて鳴った。レインが恥ずかしそうに言う。
「ごめん、全然何も食べていなくて……」
「ふふ、うふふふっ!!!」
エスティアはレインの下で恥ずかしそうに言うレインを見て笑った。レインが起き上がる。エスティアも起き上がりレインに言う。
「これ食べてください」
エスティアは懐から暗殺者が常に携帯している行動食を取り出す。ドライフルーツに干し肉、乾燥豆など。笑顔でレインに渡す。レインがそれを見て言う。
「おお、ありがたい。頂こう」
レインはエスティアからそれらを受け取りゆっくりと食べ始める。エスティアはレインが食べる様子を少し眺めながら立ち上がり、近くの川へ向かった。そして川の水を少し飲んで飲水が可能と確認してから、懐にあった細い筒に水を入れて戻る。
「どうぞ、水です」
「お、ありがとう」
レインは渡された水をゆっくりと口に含ませる。エスティアはレインが黙って食べる姿を嬉しそうに見つめる。そして思う。
(あの勇者レインが、ドライフルーツを、干し肉を、豆を食べてる!! 可愛いっ!!)
エスティはレインが食べる姿を頬をほころばせて見つめた。
エスティアの持っていた行動食を全て食べ終えたレインがエスティアに言う。
「ありがとう、エスティア。少し落ち着いた。さあ、行こうか」
レインはそう言って立ち上がるとエスティアに笑顔で言った。エスティアが答える。
「はい、もう少し王城から離れましょう。ここはまだ追手が来る可能性があります」
「そうだね」
ふたりはそう言うと森の奥へ向かって歩き出した。
エスティアはレインの横で黙って歩いた。
王城からの追手はもはや来る気配はない。よくよく考えてみれば騎士団長を退けたのだからそれ以上の強力な追手が来る心配はなかった。それでも黙って歩くふたり。
静かな森。月明かりだけがふたりの行く先を照らす。
(そう言えば以前、こんな月明かりの下でレインさんとダンスを踊ったよなあ……)
月明かりの下、噴水の前で踊った『情熱の恋歌』。一緒に踊った者同士が永遠に結ばれるというダンス。エスティアはそれをふと思い出し顔を赤くする。
(私達、やっぱり結ばれちゃうのかな……、でも私って暗殺者、彼はその対象。……って、もうそんなことどうでもいいって思ってるでしょ、エスティア?)
エスティはひとり想像し、ひとり笑う。そんな彼女にレインが言う。
「ここらで休憩しようか」
「わあ、綺麗」
それはランシールドの街が一望できる森の外れの丘。
涼しい風が吹く気持ちの良い場所。エスティアは夜空に瞬く星達と、眼下に広がる街の明かりをうっとりと見つめた。
「座ろうか、エスティア」
「ええ」
近くにあった少し大きめの岩に腰かけるふたり。雰囲気は最高。疲れているがそんなことはどうでもいい。
エスティアはレインの横に座りながら何かされることを自然と望んだ。
しかしレインは手を握る訳でもなく、腰に手を回す訳でもなく、少しの沈黙の後エスティアに言った。
「なあ、エスティア」
「はい」
エスティアの心臓がどきどきと鼓動する。レインが言った。
「違っていたら許して欲しい。でも聞きたい。君は暗殺者なのかい? 君はもしかして何か隠していることがあるのではないかな」
エスティアは別の意味で心臓が激しく鼓動し、そしてその質問に答えることができずにただただ眼下に広がる街の明かりを見つめ続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます