47.勇者の怒り
(警備はザルね……)
夕刻過ぎ、エスティアは森の中からひとりランシールド城を見つめる。
(前の『変態パンツ貴族』の屋敷もそうだったけど、この国は警備にもうちょっと真面目に取り組んだ方がいいわよ、本当……)
そう言いながら城の全体像を頭に叩きこむ。そして日が落ちるのを待って、城門の警備の隙をつき易々と城内に忍び込んだ。
(さて、姫の部屋……、大体ああいうのは高いところにあるよね……)
エスティアは秘密行動ゆえ可能な限り感情を抑えるよう努めたが、目の前にある城の中でレインが捕まっていると思うとどうしても怒りの感情が沸き上がって来る。
(本当に許せない!! 王国の姫とは言え今回ばかりはきついお仕置きが必要だわ。とは言え、まずはレインの救助が先ね……)
エスティアは夜の闇に紛れて城の壁を登って行く。ある程度目星の部屋を見つけて位置を把握し、建物内に忍び込む。
(いい暮らしね……)
エスティアは城内の豪華な装飾を見て驚きつつもすぐに階段を駆け上がり姫の部屋らしき場所へ向かう。
(エスティア、エスティア……、君に会いたい。君に会えなかったこの数日、私は何度死を思ったことか……)
レインは真っ暗な姫の部屋でずっと椅子に座らされたままであった。水だけは姫の従者の女エリスが極秘で飲ませてくれたが、ここに来てからほとんど食事を口にしていない。
座ったままレインが窓の外に目を向ける。暗闇の中、城下町の綺麗な明かりさえもレインの目には無情の明かりに映った。
「エスティア、君に会うまで私は死なない。エスティア、エスティア……」
「……はい、レインさん。私はここにいますよ」
「えっ!?」
レインは音もなく自分の背後に降り立ったエスティアに驚き後ろを振り向く。
「エ、エスティア……」
そこには真っ暗な闇の中でにっこりと笑う愛する人がいた。心も体も限界に近かったレインに彼女の笑顔が力を与えてくれる。
「直ぐに解きますね」
そう言って自分を縛っていた縄をナイフで断ち切るエスティア。
「エスティア……」
レインは縄を切ったエスティアを強く抱きしめた。
「レインさん……」
温かい。
そして思う。
ただ抱き合っているだけで、どうしてこんなに安らぐのだろか……
ふたりは目に涙を溜めて全く同じことを思った。
「うっ、ううっ……」
レインはエスティアに抱きしめられながら声を殺して涙を流す。エスティアが思う。
(……お義父様、ごめんなさい。私、暗殺者失格のようです)
「ううっ、くっ、うぅ……」
(私みたいな人間を心から信じてくれて、私の腕の中でこんなに子供の様に震えて泣く人を……)
エスティアはレインの背中を優しく撫でる。
――ちゃんとした理由なしに殺せません。
「レインさん」
「エスティア……」
(彼は私が絶対に助ける!!)
エスティアが言う。
「立てますか、レインさん?」
「ああ、何とか。ありがとう、エスティア」
監禁による衰弱で体に力が入らないレイン。エスティアはそれを支えるように寄り添い部屋を出る。廊下には数名の警備の兵が見える。
(少々強引だけど……)
エスティアは取り出した長めの針に即効性の眠り薬を塗った。
「な、なに!? これはどういうことなの!!!」
夕食を終え、ひとり部屋に戻って来たミシェル姫はレインのいなくなった部屋を見て驚きの声を上げた。レインがずっと座っていた椅子に切られた縄が散らかっている。ミシェルはその縄を拾い上げてぎゅっと握って叫んだ。
「ベルハント、ベルハントはいる!?」
直ぐにノックされるドア。ミシェルの入出許可を聞いて部屋の中に入り片膝をつくベルハント。美しい鎧を着た長身の騎士。ミシェルが言う。
「レインを、勇者レインが逃げたわ。すぐに捕まえて来て」
「ゆ、勇者レインですか?」
「そうよ、レインをすぐここへ!!」
ベルハントは床を一度見てから顔を上げて言う。
「勇者レインが捕まっているとの話は聞いておりません。何ゆえ彼がここに?」
ミシェルがベルハントを睨みつける。そして言う。
「いいから早く!! 私の言うことが聞けないの!?」
戸惑うベルハント。ミシェルに尋ねる。
「罪なき者を拘束する訳には……」
「ベルハント!!!」
ミシェルはベルハントの言葉を遮るように名前を呼んだ。そして自分のスカートを捲し上げ、少し下着を見せながら言う。
「もう、あなたと遊んであげないわよ?」
「ひ、姫……、分かりました。しばらくお待ちを」
ベルハントはそう言うと頭を下げて部屋を出て行った。ひとり残ったミシェルがつぶやく。
「絶対に逃がさないわよ。レイン……」
ミシェルは窓の外から真っ暗な森を見て言った。
「はあ、はあ……」
エスティアとレインはランシールド城を抜け、隣接する深い森へと逃げ込んだ。
しばらくまともに歩いていなかったレインだが、エスティアに肩を支えられて歩くうちに幾分歩けるようにもなっていた。周りに誰もいないことを確認したレインがエスティアに言う。
「エスティア……」
「はい?」
名前を呼ばれたエスティアが立ち止まる。レインは自分の首にはめられた金色の首輪を指差して言った。
「この首輪、はめられた者の力を奪うらしい。何とか取れないか」
「分かったわ」
エスティアはレインを座らせると、首にはめられた品の無い首輪に手をかける。
「うーーーーーん!!!」
エスティアが思い切り首輪を左右に引っ張るもびくともしない。
エスティアはレインを横にして首輪の下に大きめの石を置き、手に別の石を持って首輪を叩く。
ガン、ガンガン!!!
エスティアが力を込めて叩くもまるで外れる気配がない。
ガンガンガンガン!!!
夜の森に響く石と金属のぶつかる音。エスティアが悔しい声を出す。
「どうして外れないの! どうしてよ……」
「エスティア、ありがとう……、無理するな」
レインが必死に頑張るエスティアの肩に手をかけた時、その招かざる客が森の闇から現れた。
「ここに居たか。ネズミ共め」
真っ白な白馬に乗った国軍の騎士。鎧につけられた紋章からしてかなりの身分であることが分かる。レインがその男の顔を見て言った。
「ベ、ベルハント騎士団長……」
ベルハント騎士団長。
それは王国最強の騎士団をまとめる最高責任者。王国最強の騎士である。レインも直接手合わせをした事はないが、その卓越した槍はランシールド国民なら誰もが知るところである。
国軍最高の騎士が、ふたりに槍を向けて言った。
「勇者レイン。命令だ。貴様を拘束する」
レインが言う。
「何故だ、不当に監禁されたのは私の方だぞ!! 訴える権利こそあれど、拘束される義務はない!!!」
ベルハントが言う。
「城内で随分暴れてくれたな。城の警備がたくさん倒れていたぞ」
「あれは眠らせただけよ!! 仕方ないでしょ!!!」
エスティアが大きな声で言う。しかしベルハントはその槍を大きく構えて言った。
「悪いが問答の時間はない。姫がお待ちだ」
エスティアも懐から二本のナイフを取り出して、弱ったレインの前に立つ。ベルハントが言う。
「女、邪魔をするな。私はレインを捕えに来た。お前に用はない」
エスティアが答える。
「今すぐに消えなさい。じゃないと後悔するわよ」
ベルハントが笑って言う。
「くくくっ、気の強い女だ。私が誰か知っているだろう。そんな短いナイフで戦えると思っているのか?」
「やってみる?」
エスティアの背中を見ながらレインが小さな声で言う。
「や、やめろ。エスティア。あいつは強い。お前ではあいつに……」
「はっ!!」
レインがそう言い終わるよりも先にエスティアの姿が消える。
「なにっ!?」
それに驚いたベルハント。
そして同時に響く白馬の鳴き声。悲鳴を上げた白馬が暴れ始める。白馬の足からはドクドクと鮮血が流れている。
「くっ、貴様!!」
暴れた白馬からベルハントが振り落とされる。エスティアは興奮して逃げて行った白馬を見てからベルハントの前に立った。そして言う。
「女だからって甘く見ないでね。あなた、殺すわよ」
エスティアから放たれる強い殺気に一瞬驚くベルハント。しかし手にした槍を持ち、エスティアに向けて構えると静かに言った。
「甘くなど見ておらぬわ、
エスティアはその言葉を聞いて心臓がドクドクと鳴った。レインの前で決して言うことのなかったその言葉。エスティアは平静を装いながら返す。
「意味の分からないこと言ってないでやるわよ」
「ふん、身の程知らずが」
エスティアは汗だくになっていた。
ベルハントから発せられる強力な覇気。
それはエスティアの殺気を軽くかき消すほどに強いものであり、真正面から戦っても勝ち目のないことは分かっていた。
(まともにやっても勝てない。どうするか……)
エスティアの額に汗が流れる。
後ろには横になって動けないレイン。決して逃げる訳にはいかない。覚悟は決まった。
「はっ!!」
エスティアの姿が一瞬消える。
「ふんっ!!」
ベルハントの槍が真横に振られる。
ドン!!
「きゃっ!!」
ベルハントの横に移動していたエスティアの体にその大きな槍が直撃する。
「エスティア!!!」
レインの大きな声が響く。
しかし強力な一撃を受けてゴホゴホ言いながらその場に座り込むエスティア。ベルハントは動けなくなったエスティアの首を掴んで持ち上げる。レインが叫ぶ。
「エスティア、エスティア!!!」
(くそっ、何て強いの……、真正面からじゃ全く勝てないわ……、私の動きも見切られているし。どうすれば、どうすればいいの……)
首を掴まれ息が苦しいエスティアが必死に考える。ベルハントが言う。
「邪魔をするな、女」
エスティアの首を持つ手に力を込めるベルハント。
「うぐっ、ぐぐっ……」
エスティアの顔が苦痛に染まる。
その時だった。
「うおおおおおおおお!!!!!」
バキッ、バキーーーーン!!!
「なに!?」
叫び声と共に何かが割れる音が響いた。
ベルハントと首を掴まれたエスティアがその方向を見る。そして小さな声で言う。
「レ、レイン……」
そこには金色の『奴隷の首輪』を自ら引きちぎったレインが立ってこちらを睨みつけていた。そしてレインが言う。
「放せ……」
「き、貴様!?」
驚くベルハントにレインが叫んだ。
「その汚い手を放せと言ったんだああああああ!!!!!!!」
一瞬、勇者レインの気迫に騎士団長ベルハントの体が恐怖で動かなくなった。
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