46.エリックの男気

「レインはまだ見つからないのかい!!」


 拠点ホームにやって来た国軍警察の若い男に向かってローランが大きな声で言った。

 突然勇者レインが失踪してから数日、魔物討伐もできないなどその影響は徐々に大きくなっていた。国軍警察の若い男が答える。



「はい、申し訳ございません。全力で捜索していますが手掛かりが何もなく」


「それがあんたらの仕事だろうが!! しっかりしな!!!」


「は、はい!」


 国軍警察の若い男はローランに叱られ背筋を伸ばして返事をする。見かねたマルクが声を掛ける。



「ローランさん、彼を怒鳴っても仕方ないですよ。一生懸命探してくれてるはずですし」


「ああ、分かってる……」


 国軍警察の男は頭を下げるとドアを開けて帰って行った。

 しばらく無言となる空間。誰もが理解していた。あのレインがいなくなると言う意味を。ティティが言う。



「レインさん、どうしちゃったんだろ?」


 その質問に誰も答えない。いや答えられなかった。

 そしてレインと共にもうひとりここに居ない仲間のことを思う。



 ――エスティア、あんた大丈夫かい?


 ローランがレイン失踪以来ますます部屋に居ることが多くなったエスティアを思った。




(私、ちょっと瘦せたかな……)


 エスティアはベッドの上に座り鏡に映る自分を見て思った。

 白い顔。生気のない肌。夜も眠れず目は疲れ、服も洗濯していない。どれだけ流したか分からない涙で枕は濡れている。



「レインさん……」


 エスティアは今いないその男の名前を口にした。



 どうして自分が辛い時に一緒に居てくれないのか。

 どうして自分が泣いているのに隣に居てくれないのか。

 どうして自分はこんなに胸が裂けるような気持ちになっているのか。


 どうして……



 エスティアの目に再び涙が溜まる。

 その鏡に映った顔が滑稽に見えた。そして思う。



 ――魅了されていたのは、私だったんだ……


 エスティアは枕に顔を埋めると声を殺して泣いた。






「レイン様ぁ、お食事ですよ~」


 両手足を縛られ、座った椅子に縛り付けられたレイン。首にも力を奪う『奴隷の首輪』がはめられ体の自由が利かない。

 ミシェルは手作りの料理を乗せたプレートをテーブルに置くとレインの前に置かれた椅子に座って言った。



「レイン様ぁ、いい加減食べてくださいね。私の愛のこもった手料理を」


 ミシェルは豪華な皿に盛られた美味しそうな料理をスプーンに乗せて動けないレインの口へ運ぶ。



「くっ……」


 レインはそれを首を背けて食べない意思を示す。スプーンを持ったまま固まるミシェル。レインはもう気付いていた。一番最初に食べさせられたミシェルの食事、そこに何かの薬が混ぜられていたことを。

 ミシェルはスプーンを持ったまま無表情になってレインを見つめる。そして手に持っていた料理の皿とスプーンを後ろに放り投げた。


 ガチャン、チャリンリン……


 料理を入れたまま割れる皿、そして床に落ち音を立てるスプーン。それでも表情を変えないレインとミシェル。ミシェルが言う。



「どうしてもお食べにならないのですね、レイン様。いいわ、私は別に困らないですもの。ここでいつも通りにいつもの様に生活をするだけですわ」


 そう言ってミシェルはレインの前で着ていたナイトドレスを戸惑うことなく脱ぎ始める。顔を背け目を閉じるレイン。ミシェルは若い王族の美肌を見せつけるように城内用のドレスに着替える。そして部屋に置かれた大きなベッドの上に座って言った。



「私はいつでもあなたをお待ちしています事よ。ここであなたに抱かれ肌を重ねることを」


 レインは目を閉じ何も聞こえないよう意識を集中した。そして思う。



(エスティア、エスティア。会いたい。声が聞きたい。エスティア……)


 目を閉じたレインの目に涙が溢れた。






「やあ、こんにちは。僕はエリオットだよ」


 主のいない勇者の拠点ホームに久しぶりに懐かしい声が響いた。



「あれ、エリオットさん。こんにちは」


 エントランスで迎えたティティが笑顔で言う。以前、エスティアを賭けてレインと勝負し、その後彼女から剣の指導を受けた上級貴族ジャンフェナーデ家の嫡男である。エスティアにその甘えた性格を叩き直されて以降、貴族界の中でも存在感のある後継ぎとして名を上げていた。エリオットが尋ねる。



「エスティアは居るかい?」


「え、ええ……、ちょっとお待ちを」


 ティティは最近すっかり元気がなく部屋に引きこもりがちなエスティアを思い浮かべる。少し迷ったが何かのきっかけになればと思い、彼女の部屋に向かいドアをノックした。



 コンコン……


 反応はない。

 ティティは少し大きな声で部屋の中に居るエスティアに言った。



「エスティアちゃん、エリオットさんがお見えですよ!!」


 それでも返事がない。ティティが再びドアをノックして言う。



「エスティアちゃん!! エリオットさんが……」


 そこまで言い掛けた時、ティティの背後から男の腕が伸び目の前のドアを強く叩いた。



 ドンドン!!!


「エスティア!! 居るんだろ? 出て来なよ、エリオットが来たよ!!」


「エリオットさん……」


 ティティは振り返り後ろに居るエリオットを見つめた。エリオットが続けて言う。



「レインのことで話があるんだ」


 その言葉が放たれた後、そこはまるで時間が止まったかのように静かになった。



 ガチャ……


 そして少し開けられるドア。

 その隙間から痩せて生気の無いエスティアの顔がのぞく。



「入って……」


 エスティアはそう言うとエリオットを部屋の中に入れた。




「あははははっ、汚い部屋だね」


 エリオットは部屋に入って開口一番、その部屋の汚さを口にした。

 洗濯ものや脱いだままの服、食べかけのお菓子に飲み物を入れたまま放置されたグラス。エスティア自身も髪もとかさず汚れたナイトドレスを着ている。エスティアが言う。



「レインさんのことって、なに? 何か知ってるの?」


 エリオットは以前の生き生きとした活発なエスティアとはまるで違う目の前の女性を見た。そして思う。


(やっぱり妬けちゃうなあ。まるで水を与えられていない花のようだよ、エスティア……)



「レインさん、今いないよね。これから話すことは可能な限り誰にも言わないで欲しい。約束できる?」


 エリックを見つめたまま黙って頷くエスティア。エリックが小声で言う。



「レインさんは、国王の娘であるミシェル姫に監禁されている」


「えっ!?」


 流石のエスティアもそれを聞いて心底驚いた。エリックが続ける。



「ミシェル姫の部屋で監禁されているようで、父親の国王どころかほとんどの貴族すら知らない事なんだ。姫の力って奴だな」


「うそ……」


 エスティアの顔が信じられないような顔になる。エリックがエスティアに近付いて言う。



「救助に向かうんだろ? ローランさんとかと一緒? 極力助けに行く以外の人には話さないで欲しい。あと僕がこのことを言ったのも秘密にして……」



「分かったわ。ありがとう、エリック」


 エスティアがエリックの顔を見つめて言う。その目には炎が灯り、それは以前の生き生きとしたエスティアの目であった。エスティアが言う。



「安心して。誰にも他言はしない。そしてで助ける」


「え、そ、それはさすがに無理じゃ……」


 エスティアは少し笑みを浮かべてエリックに言った。


「大丈夫、そういうの得意だから。ありがと、エリック。さ、あなたはもう屋敷に戻って。この話はここで終わりよ」



「あ、ああ。でもエスティア、決して無理はしないでよ」


 エリックが心配そうな顔でエスティアに言う。エスティアは頷いてそれに答える。


「分かってる。本当にありがとう、エリック」


 そう言ってエスティアは部屋を出て行くエリックを見送った。

 そして直ぐに着ていたナイトドレスを脱ぎ、開けたままの衣装棚にある真っ黒な服に着替える。机の引き出しを開きナイフを二本取り出し、その他必要な道具を服に仕込む。


「ふう」


 エスティアは久し振りに鏡に映った『暗殺者の衣装』を着た自分を見つめる。そして思う。



(許さない、絶対に許さない!! 貴族だろうが、王族だろうが、私の大切なものを奪った奴は絶対に許さないっ!!!)

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