44.罠と動揺
「レインさん、いらっしゃいますか!!」
「君のところはいつも朝食の時に来るね。ゆっくり朝を食べさせてくれないか」
レインの冗談とも本気ともとれる言葉に慌てるギルド職員。ローランがそんなレインを無視するように尋ねる。
「で、なんだい? 新しい依頼かい?」
ギルド職員が思い出したように懐から書面を取り出して行った。
「は、はい。緊急の依頼です。今日の午後、ある廃村で人身売買組織の取引が行われるとの情報が入りました。是非、レインさんにご協力頂きたいです!!」
「人身売買……」
それを聞いたエスティアが小さく言う。そしてレインを見つめる。
「分かった。その依頼受けよう。すぐに準備する」
レインはその書面を受け取りギルドの若い職員に言った。ギルドの職員はお礼を言い頭を下げて出て行く。
戻って来たレインをじっと見つめるエスティア。何か動揺でもしているようならば良かったのかもしれない。しかし彼は明らかに怒りの表情を浮かべていた。
「みんな、聞いての通りだ。罪のない人々を誘拐し物のように売買する。多くの子供達が酷い目に遭っている。私は絶対に許さない。急ですまないが、午後出発する」
「あいよ!」
皆が返事をする。
養護院育ちのレイン。人一倍子供達を大切に思う彼だからこその怒り。エスティアにはその気持ちが十分に理解できた。そして今回ではっきりと分かると思った。
――レインが無実だという事が。
エスティアも午後に行われる人身売買組織との戦いに向けて気合を入れた。
その日の午後、国王軍と共に王都から離れた廃村にやって来たレインは、それを一望できる丘の上に立って言った。
「あそこが人身売買が行われる廃村か。見たところ誰もいないな」
古びた廃村。魔物に襲われ捨てられた村。
ボロボロになった建物や破壊された村の瓦礫があちらこちらに散乱している。人影はなく、風に吹かれた砂が寂しそうに舞い上がっては落ちて行く。極秘の取引なのでその静寂は当然と言えば当然である。
レインは村の中央にある大きな建物を指差して国軍司令官に言った。
「我々がまずあの建物に入って救助、討伐を行う。四方に逃げて行く奴らを国軍で討ち取って欲しい」
「はっ、かしこまりました!!」
国軍司令官は背筋をピンとして答えた。国軍の役職だろうがこの国の戦場において『勇者レイン』の言葉は絶対である。エスティアは黙ってそのやり取りを見つめていた。
「行くぞ」
レインの小さな声で勇者パーティが廃村の中へと入って行く。
破壊された建物。その瓦礫が多く散乱し歩き辛い。また意外と建物自体も多く、死角が生まれる。エスティアはレインの後を歩きながら思った。
(ここなら戦いやすいわね。暗殺者にとって昼は苦手だけど、これだけ隠れる所があればやり易い)
そして思った。
(ちょっと待って。それって逆の立場でも同じこと。ここにいるのが『人身売買組織』ではなく、暗殺者集団だったら……)
エスティアの額に汗が流れる。
そしてその瞬間に感じる嫌な空気。少し前を歩くレインに声を掛けようとしたが、すでに目標の建物の扉に手をかけそれを開こうとしていた。エスティアが素早く動き、声を出す。
「レインさん、ちょっと待っ……!!」
戦闘姿勢を取り、静かにドアを開いたレインの体が固まる。レインに近付いたエスティアがその背後から建物内の様子を見た。
(誰もいない……!?)
一瞬動きが止まるレイン。
そして辺りに放たれる邪気に魔力。それに気付いたレインが叫ぶ。
「みんなっ!! 防御っ!!!!」
その声に合わせて皆が防御姿勢、そしてマルクが叫ぶ。
「全防御! オーバーシールド!!」
ドオオオオオオン!!!!
「ぐっ!!」
同時に起こる魔法爆発。
廃村にあった建物を吹き飛ばすほどの威力。幸いマルクの防御が間に合いそれほどダメージを受けることはなかったが、幾つもの殺気を感じたレインが皆に言う。
「囲まれている!! みんなバラバラにならないように応戦するぞ!!!」
「はい!!」
レインの言葉に返事をして戦闘態勢に入る一同。すぐに廃村の建物に潜んでいた敵が姿を現し突入してくる。
敵味方入り乱れての乱戦。この状態だとローランの広域魔法は使えない。気付けば廃村の外部からも敵が攻めてきている。
(外に待機させていた国軍はやられたか……、くっ、謀られたか……)
レインはその予想外の展開に驚き、そして采配ミスを悔やんだ。
しかし今は目の前の敵を片付けなければならない。レインは接近戦が可能なエスティアと共に敵に向かう。
(この動き、この身のこなし、嘘……、彼らって……)
エスティアはレインと共に戦いながらその違和感に気付いた。そして直ぐにそれを確信する。
――彼らは暗殺者
素早い動き、剣の使い方、正面から戦わず横や後ろに回ろうとする戦術。どれを取っても自分の戦いと瓜二つであった。
「レインさん、彼らは……、えっ!?」
エスティアがそうレイン叫ぶと、レインは真っ黒なフードの付いたコートの男と一騎打ちをしていた。素早い動き。両手に持つ短剣でレインの攻撃を次々と受け止めて反撃する。レインも予想外の強敵出現に必死になって剣を振るう。
(あの勇者と互角だなんて……、あいつは一体何者?)
マルクやローランもそれぞれの相手に必死に戦っている。個々の戦闘力はずば抜けてはいないが数が多い。そして攻撃の要であるレインが抑えられている。エスティアは戦況を分析し、自分のすべきことに集中する。
カン!!!
そんなエスティアの短剣に、同じく短剣を交える者が現れた。他の敵同様にフード付きのコートを纏い両手に短剣を持っている。まさに暗殺者の構え。エスティアも両手に持った短剣に力を入れる。
カンカン、カーン!!
ほぼ互角。
エスティアが全集中して戦っているのに全く隙を見せない。
(強い!! 動きはやや私の方が上だけど、力では敵わなない。そして、相手も多分女……)
エスティアは戦いながらその僅かな動きのくせを見て敵も女だと悟った。しかし短剣を交わせば交わすほどある事に気付く。
(おかしい。強い覇気は感じるけど、殺意が感じられない……!?)
エスティアは確かに強いその暗殺者に、自分を殺そうとする意志がほとんど感じられないことに気付いた。エスティアが思う。
(私との戦いは意味がないってこと? 時間稼ぎ? 何の為? くっ、分からない!!)
エスティアは目の前の暗殺者に向かって大声で叫んだ。
「あんた誰なの!!!」
「!?」
その瞬間、先の構えにわずかな隙ができる。それをエスティアは逃さなかった。
「はっ!!」
カーン!!!
エスティアの素早い攻撃に短刀で応じる暗殺者。しかし体勢が整わず、攻撃を受け止めた短剣がくるくると回転しながら宙を舞い、そして地面に突き刺さった。
ピーーーーー!!!
その時レインと戦っていた暗殺者が突然指笛を吹いた。
甲高いその音を聞いて動きの止まる暗殺者達。そして一斉に皆がその場から退却し始める。撤退の合図のようだ。
「ま、待てっ!!!」
レインと互角の戦いをしていた暗殺者も建物や木々に隠れながらその場から去っていく。あっという間の撤退劇。レイン達は不意を突かれたこともあり万全の戦いができず多くの敵を取り逃してしまった。
「みんな、怪我はないか!!」
レインは剣を収めると仲間に声を掛ける。
「大丈夫だよ」
「大丈夫です!!」
ローランやマルクが返事をする。しかしエスティアだけが地面にうずくまったまま返事をしようとしない。レインが近付いて声を掛ける。
「エスティア?」
エスティアは敵の暗殺者が落として行った短剣を見つめて固まっていた。エスティアの手にある少し長めの短剣。使い込まれた一級品で、柄の部分にRの文字が刻まれている。
エスティアは知っていた。この短剣の持ち主を知っていた。
――ラクサ姉さん、なぜ……
エスティアの目に涙が溢れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます