43.勇者、照れる!?

「さあ、遠慮なく食べてくれ。エスティア」


エスティアはテーブルを挟んで座るレインを見て顔を赤くした。

ソフィアの呪いを口づけで解いたエスティア。そのお礼にレインはエスティアを食事に誘っていた。目線を落とし、久しぶりに着た花柄のワンピースを見ながらエスティアが思う。



(は、恥ずかしいよ~。こうやって正面に向かい合って座ると、お、思い出しちゃう……)


エスティアは静かな森の老婆の部屋。独特の雰囲気の中、感情が先走って思いのままに口づけをしたことを思い出す。


(で、でも、勇者が死んでしまったら、やっぱりみんな困るし。暗殺? んー、まあ、それは彼が極悪非道人である証拠を……)


「エスティア」


「はいっ!!」


ひとり妄想中に突然名を呼ばれたエスティアが驚いて返事をする。顔を上げると笑顔のレインがこちらを見つめている。イケメン。この笑顔で迫られたらどんな女でも落ちるだろうなと思いながら見つめ返す。レインが言う。



「ありがとう。ちゃんとお礼を言えてなかったので改めて言うよ。ありがとう、エスティア」


「い、いえ、もうそれぐらいで結構ですから……」


実はすでに何度も感謝の言葉を貰っている。レインは覚えていないのか、それともよほど嬉しかったのかあれ以来顔を見るたび感謝の言葉を口にする。エスティアが言う。



「わ、私よりレナードさんの方が大変でしたよ。森の奥までレインさんを運んだりしてくれたし」


レインが笑って答える。


「分かってる。レナードにはお礼をもう伝えてある」


「何回?」


「何回って、一回だけだよ。お礼など一度きちんとすればそれで十分だろ?」


「あはははっ……」


エスティアは時々この前に座るイケメンの頭の中が、一体どうなっているのかを覗きたくなることがある。




「お待たせしました」


エスティアが苦笑いしているとレインが注文した料理が運ばれて来た。

エスティアの好きな肉料理。レインがウェイターに礼を言ってから、エスティアに向かって笑顔で言った。


「さあ、食べようか」


「いただきます!」


エスティアは目の前のおいしそうな肉料理に齧り付く。

決して高級な店ではないがその美味しさが人を呼び、いつも満席の人で賑わっている。しばらく料理を堪能した後、エスティアがレインに言った。



「レインさん」


「ん? なんだい」


エスティアがレインを見つめて言う。


「あの、これからなんですけど、もう、その、私を賭けて変な勝負を受けたり、しないで欲しいと……」


「変な勝負? 何を言っているんだ。わたしは君にかかるすべての勝負を受け入れる。負ける訳には行かないんだ」


「いえ、だからって、そんなの受けなくても……」


レインがエスティアの目を見つめて言う。



「私はずっと君の傍に居たい。それが私の今の一番の願いだ。愛する者をもう失いたくない。私がずっとずっと思ってきたことなんだ!」


少し興奮して声が大きくなるレイン。騒めく店内だが、そんなレインの声に皆の視線が集まる。エスティアは再び視線を下に落とし小さな声で言う。



「わ、分かりました。分かりましたから、大きな声で言わないでください……」


レインは半分立ち上がった腰を椅子に降ろして言う。


「すまない。私としたことが少し興奮してしまったようだ」


エスティアはやはりこのレインと言う男の頭の中がどうなっているのか覗いてみたいと、正直に思った。




夕食を終えたふたりが少し薄暗くなった王都を歩く。

心地よい風が王都の通りを吹き抜け、家族連れや若者達で通りは賑わっている。隣を歩くエスティアを見て、レインが少し躊躇いながら言った。


「エ、エスティア。そ、その、なんだ、もし嫌じゃなければ手を……、繋いでもいいか」


「えっ?」


(えええええええっ!? な、何でそんなに照れてるのよ!? 抱きしめたりキスしたり、散々触れ合って来てるのに、な、なんで手を繋ぐのにそんなに照れてるのぉ? そ、そんな風に言われると私も意識しちゃうじゃん!!)


そう思いつつもエスティアが小さく答える。



「え、は、はい。どうぞ……、(えっ!?)」


エスティアが返事をするや否やレインがその小さな手を握りしめた。

薄暗い大通り、行き交う人々と共に露店の明かりが賑やかさを演出する。エスティアは大きくて硬いレインの手を感じながら思った。



(手を握るって、こんなにもどきどきするんだ……、そう言えば私、生まれてこの方男の人と手を繋いで歩いた事なんてなかったよなぁ。抱きしめられるのもいいけど、手を繋ぐってのも悪くないわね……、でも、キスや抱擁が手を繋ぐより先ってのはどういうことなの?)



薄暗くても周りに放たれるレインのイケメンオーラ。

行き交う人達が長身のイケメンを見つめ、隣にいるエスティアに羨望の視線を送る。エスティアは意識すればするほど恥ずかしくなり、握った手に汗が出て来る。



(い、いかん。落ち着け、落ち着くんだ。たかが手を握ったぐらいで何を動揺している。私は暗殺者、心を持たない殺人マシーン。たかが手を握ってぐらいで……、えっ、誰っ!?)



精神を集中していたエスティアに、通常では感じることの無いが向けられた。すぐに冷静なふりをして目だけで周りを見回す。



(いない。もういない。怪しい人もいない。だけど、あの視線は間違いなくの視線……、なぜ?)


エスティアは一瞬感じた同業者の鋭い視線が既になくなっていることに気付いた。ドクドクと大きな音を立てて鼓動する心臓。気配が無くなったことに安堵しつつも何とも形容し難い不安が襲う。



「エスティア……」


隣にいるレインが小さな声でエスティアの名前を呼んだ。



(えっ? まさか感じたの? あの暗殺者だけが感じるごくわずかな視線を!?)


エスティアは驚いてレインの顔を見つめる。レインが言う。



「エスティア。強く握って、その、手が痛いんだが……、もし嫌だったら放そうか」


「えっ?」


エスティアは恐怖を感じ知らぬ間に繋いでいたレインの手を思い切り握りしめていた。慌てて手を緩め言う。



「い、いや、これは違って。その、き、緊張しちゃって……、あの、ごめんなさい!」


「そうか、そうだったのか。ふふっ、エスティア」



「は、はい?」


レインは笑顔でエスティアを見つめて言った。



「そんな君も可愛い」


「えっ!!??」


エスティアはレインの言葉、そしてじっと見つめられて顔から湯気が出るほど恥ずかしくなった。






「どうだった?」


その部屋の中で椅子に座った男が、報告にやって来た別の男に尋ねた。男が言う。


「かなりの時間、対象物と行動を共にしているようです」


れそうか?」


「恐らく今のままでは無理でしょう。殺意が感じられません」


「そうか、ならば仕方ない。我々が直に動かざるを得んな」



それまで部屋の隅で黙って聞いていた短髪の女性が顔色を変えて尋ねる。


「そ、それって、まさか、るの、を?」



椅子に座った男が静かに答える。


「それはない。ある情報を流して、我々で勇者を始末する」


「そ、そう……」


短髪の女性は安堵した顔で言った。椅子に座った男が低い声で言う。



「我々の邪魔をする勇者。必ずこの手で始末してやる。くくくっ……」


男の低い笑い声が部屋に響いた。

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