41.森の呪術師

「これが頼まれた品だ」


 小道具屋の年老いた男が気味悪い笑みを浮かべながら奥の棚から木箱を取り出し言った。

 街外れにある小さな小道具商。店の前には看板もなく人の紹介でないとここに店がある事すら分からない。


 老人の前に立つ女性が無言でそのカウンターの上に置かれた木箱を見つめる。

 フードから出る青く長い髪、そして美しい青い瞳。女性はその木箱の蓋を開け、中に丁重に入れられている呪術文字が刻まれた石を手にする。老人が言う。



「相当な品だ。お前さん、死ぬ覚悟はあるのかい?」


「……」


 女はその質問には答えず木箱の蓋を閉じるとすっと懐にしまう。そして金貨数枚をカウンターに置くと店を出ようとした。老人が尋ねる。



「女、いい面構えだ。良かったら名を聞かせてくれないか?」


 女は出口で立ち止まり、そして前を向いたまま小さく答えた。



「ソフィア」


 そう言うとフードを深く被り直して店を出た。






「レイン、レインーーーーーっ!!!」


 ソフィアの衝撃波を受けて倒れたレインの元に皆が駆け寄る。



(この女っ、許さない!!!)


 エスティアは倒れたレインの横を通り素早くソフィアの前へと接近する。



 ドン!!


 目の視点がずれたソフィアの腹部にエスティアの強烈な拳が叩き込まれる。


「ぐはっ、ごほっ!!」


 一瞬の出来事、そして激痛に身をかがめるソフィア。エスティアは目の前に現れた彼女の首に手刀を加える。



 ドン!!


「うっ……」


 エスティアの攻撃を受け気を失いそのまま前に倒れるソフィア。エスティアはすぐに倒れたレインの元へと走る。



「レインさん、レインさん!!!」


 すでにローランやティティがやって来て回復魔法を掛けているが目を閉じたまま全く起きようとしない。エスティアがすぐに脈を確認。幸い命に別状はないようだ。

 そしてレインの体に手を乗せて叫ぶ。



「レインさん、レインさん、起きて、起きてよ!!!」


 エスティアの目に涙が溜まる。回復魔法を掛けていたローランが言う。


「外傷はない。あの女に何をされたのか分からないが、精神的な攻撃と考えるべきか」


「レインさん……」


 傍に立つマルクも泣きそうな顔をする。ローランが言う。


「マルク、その女を縛り上げな。ティティ、すぐに国軍警備隊に連絡を!」


「あ、はいっ!!」


 ふたりはローランの的確な指示に従い素早く動く。



「レインさん、レインさん……」


 ただエスティアだけが目を閉じて倒れるレインの傍で何度も名前を呼んだ。





「エスティア、少しは寝たらどうだい?」


 一晩中レインの傍に座るエスティアにローランが声を掛けた。

 レインは昨日にソフィアの攻撃によって倒れ、そのまま眠ったように起きない。気絶したソフィアはマルクに縄で縛られた後、ティティによって呼ばれた国軍警備隊によってその場で拘束された。捕えられた罪状は呪詛罪。むやみに人を呪った罰則である。


 そう、レインはソフィアによって呪いを掛けられていた。



「レインさん……」


 エスティアはぼうっとする頭でベッドに横になったままのレインを見つめる。


(私が、私のせいで彼はこんなことに……)


 そう思うだけで目に涙が溜まる。

 殺さなければならない相手ではあったが自分のせいでこんなことになってしまったと思うと、エスティアは自分を責められずにはいられなかった。

 ローラン達はすぐに国軍に頼んで呪いを掛けたソフィアに問いただして貰ったが「直ぐにレインに会わせろ」というだけで、それ以外は沈黙を続けているとの事だった。


 また王都にいる呪術師にも見て貰ったが、特殊な呪いのようで皆が解呪法が分からないと口を揃えた。



「私、ギルドに相談してきます」


 エスティアはそう言うとひとりギルドへ向かった。ギルドの持つ広い情報網ならば何かレインを救える方法があるかもしれない。エスティアは暗殺者と言う立場を忘れて、その男を助ける方法を必死に探った。



「う~ん、他の呪術師ねえ……」


 一通り国内の呪術師には声を掛けた。勇者レインの為とあってその多くがすぐに駆け付けてくれて見てくれたがやはり分からないと言う。幾ら多くの情報を持つギルドとは言え、専門外の解呪についてはやはり分からない。

 困った顔をするギルドの職員。暗い顔をしてそれを見ていたエスティアに背後から声が掛けられた。



「嬢ちゃん、ちょっと来な」


 エスティアが振り向くと、そこには単眼の冒険者レナードが立っていた。


「レナードさん」


 エスティアがレナードの傍へ行く。左手にはまだ包帯が巻かれ、体や顔は先にレインと殴り合った為か幾分腫れている。レナードが言う。



「なあ、レインが呪われたって本当か?」


 上級冒険者でもあるレナード。その情報網は広い。エスティアが黙って頷く。


「呪いは解けるのか?」


「それが、全然ダメで……、私どうしていいのか……」


 エスティアの目が赤くなる。レナードが頭を掻きながら言う。



「泣くな嬢ちゃん。俺がなんとかしてやる」


「えっ? 本当ですか?」


「ああ、心当たりがある」


 レナードが笑顔で言う。エスティアが尋ねる。



「でも、どうして……? レインさんは、そのレナードさんにとって……」


 エスティアが少し顔を赤くして言う。レナードが笑って答える。


「あはははっ、そりゃそうさ。レインにはこのまま眠っていてくれた方が嬉しい。でもな……」


 レナードはエスティアの顔を見て言った。


「嬢ちゃんに悲しむ顔をされる方が俺にとってはもっと辛い。それだけだよ」


「レナードさん……」


 エスティアは自然と笑顔になってそれに応えた。





「そうかい、分かった。じゃあエスティアとレナードに任せるよ」


 拠点ホームに戻ったエスティア達。レナードは皆にレイン救う方法を話した。



「以前、裏の依頼で尋ねた呪術師が少し離れた森の中に住んでいる。表の世界には決して名が出ない裏の存在だ。闇魔法や古代呪術などに詳しい。俺はそいつに貸しがあってな。もしかしたら奴なら解呪法を知っているかもしれん」


 エスティアが目を大きく開けて言う。


「す、すぐに行きましょう。お願いします、レナードさん!!」


「あたいも行くよ!!」


 レナードが首を振ってローランに言う。



「行くのは俺と嬢ちゃんだけでいい。」


「どうしてだい?」


「その呪術師は森全体に魔法や技などを無効化する結界を張っていてな、武器が使えない奴がその森に入っても魔物の達の餌食になるだけだ。この中でちゃんと武器が使えるのは俺と嬢ちゃんだけ。それだけだ」


「そ、そうですね……」


 マルクのシールドも非常に強力だが発動できなければ何の意味もない。ローランが言う。



「そうかい、それじゃあ仕方ないねえ。足手まといになるならここで留守番しておくよ」


「エ、エスティア、ごめんね。一緒に行けなくて」


 申し訳なさそうな顔をしてマルクが言う。



「いいよ、私の責任なんだから。私が頑張る!!」


「誰もそんな風には思っちゃいないよ、エスティア」


 ローランがやれやれと言った顔でそう言った。





「はあっ、はあああっ!!!」


 エスティアはを持って森の中にいる魔物に斬りかかった。血を吹き上げて倒れる魔物達。もう一体どれほどの魔物を斬ったか分からないぐらい剣を振っている。



「はあ、はあ……」


 魔物の返り血、そして激しく体力が消耗するエスティア。レナードはレインを背負い、そして左手の怪我もあってまともに戦えない。レナードが言う。



「悪いな、嬢ちゃん。左手がまだ痛くてよお。顔も腫れちゃってよく前が見えねえし」


(いやいやいや、左手は仕方ないとして、顔が腫れているのはあんたらが馬鹿みたいに殴り合ったからでしょ!! はあ、はあ……、こ、こっちは慣れない剣で戦ってもうふらふらで倒れそうなのに、まったく!!!)


 エスティアは内心毒づきながらも笑顔で言った。



「大丈夫です。さ、先に進みましょう!」


「おう、もうちょいだ。頑張ろうぜ!」


 そう言って先を歩くレナードに見えないように思いきり舌を出すエスティア。しかし背負われて全く動かないレインを見ると不思議と体に力が湧いて来る。


(必ず、必ず目覚めさせてあげるから!!)


 エスティアはそう心に強く思い、そして再び現れた魔物に向かって走って行った。




「ようやく着いたぜ。いや、重かった」


 流石の巨漢レナードでも朝からずっとレインを背負いっぱなしで疲れ果ててしまったようだ。エスティアはその森の奥にある木製の館を見上げる。

 年季の入った建物で全体的に黒ずんでいる。ツルが屋敷の多くを覆っており一見すると森に溶け込んでいる様にも見える。外部の者を拒むような独特の雰囲気。エスティアはふうと大きく息を吐く。レナードが言う。



「さ、入ろうか」


「はい」


 レナードがその屋敷の扉に手をかける。

 ギシギシと音を立てて開く扉。中は暗い。しかしその奥でこちらを鋭い眼光で見つめる何かがいた。



(老婆……?)


 それは年老いたひとりの老婆。背も低く随分と見ずぼらしい。

 しかしそんな外見とは別に、彼女から放たれる魔力はエスティアを心から震えさせた。


(凄い魔力、見ているだけで飲み込まれそう……)


 しかしエスティアはレナードに背負われているレインを見て老婆に言う。



「お願いがあって来ました!!」


 老婆は黙ってエスティアを見つめた。

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