第三章「勇者、大好き!!」

40.狂った幼なじみ

「やだあ~、ねえ、待ってよ!!」


 ――えっ、ここはどこ?


 エスティアは心地良い風の吹く草原にいた。飛ばされそうな帽子を押さえながら少し前を走る男性に声を掛ける。



「あはははっ、早くおいでよ!!」


 からかうように逃げる男性。それを笑いながら追いかける自分。



 ――誰? あれは、誰なの?


 その男、背が高く金色の髪がさわやかなイケメン。エスティアは確かにその男を知っていた。



 ――レイン? レインと追いかけっこ……? どうして?


 状況がつかめないエスティア。

 でも楽しい。とても楽しい。いや、楽しいというよりは、と言った方がいい。



「きゃ!!」


 前を走っていた金髪のイケメンが突然止まって振り返り、追いかけていた自分を抱きしめた。



 ――え、なに、これ、私、抱きしめられている? でも、凄く、嬉しい……


 抱きしめられその男性を見上げる。男性は優しい顔をして言った。



「愛してる、





(あれ……、夢、だったの……?)


 ベッドの上で目を覚ましたエスティアは、今まで見ていた夢を思い出し深い幸福感に包まれていた。目からは涙が流れている。そしてまだ冴えない頭で思い出す。



 ――ラスティアって……


 エスティアはその聞き覚えのある名前を頭の中で繰り返す。そして思う。



(何だろう、この幸福感。それにレインさんっぽい人もいたな……)


 エスティアはまだ体を包む心地良い幸福感を感じながら再び布団へもぐりこんだ。






 コンコン……


 皆が拠点ホームで朝食をとっていると、誰かが訪ねて来たらしくドアをノックする音が響いた。



「はーい、どなたかしら?」


 ティティがそれに気付きすぐにエントランスへ走る。そしてドアを開いて立っていた人物を見て驚いて言った。



「えっ? ソ、ソフィアさん!?」


 エントランスから聞こえて来たその名前を聞いてスープを飲んでいたレインの手が止まる。ソフィアがティティに言う。



「久しぶりね、ティティ。レインはいるかしら?」


 驚いた顔のティティがゆっくり答える。


「い、いるわ。ちょっと待ってて」



 ティティが小走りで食堂にいるレインの元へと走る。そしてその名を伝えた。


「分かった。すぐ行く」


 レインはティティの言葉を聞くとすっと立ち上がり、エントランスの方へと歩いて行く。只ならぬ雰囲気を感じたエスティアやローラン達も少し離れてレインの後を追う。



「レイン!!」


 ソフィアはその幼馴染みともいえる男の顔を見て笑顔になって言った。対照的に名前を呼ばれてレインは少し厳しい顔をしてソフィアの前に立つ。レインが言う。



「久しぶりだ、ソフィア。これまでどこに居たんだ?」


 後ろでレインとその女性を見ていたエスティアは、『ソフィア』という名前を聞いてすぐに思い出した。



 ――養護院で育ったレインの幼なじみ、そしてマリアさんに一緒になるよう言われた女性……


 エスティアは初めて見るソフィアを見つめる。

 青い長髪が美しいすらっとした美人。レインと同じ孤児でありながら醸し出されるオーラは貴族の令嬢と遜色がない。髪と同じく青く大きな目からは、彼女の芯の強さを感じる。ソフィアが言う。



「私は、ずっと貴方を想って生きて来たわ。ねえ、レイン……」


「ソフィア、それについてはだな……」


 レインが何かを言おうとするとソフィアはそれを遮るように言った。



「私はあなたが好き。愛してる。ねえ、私のこの気持ちにちゃんと応えてよ」


 レインが溜息をついてから答える。


「だからそれについては君にはっきりと言ったはずだ。『心に決めた人がいる』と」


 ソフィアが下からレインを見つめながら言う。



「そんなの話をされても説得力ないわ。それよりも私を見て。マリアさんからも言われたんでしょ? 私と一緒になれって」


 その言葉を聞いてまるで心を何かで刺されたような感じがしたエスティア。ドクドクと音を立てて鳴る心臓を感じながらエントランスに立ったふたりを見つめる。レインが言う。



「今は、違う。私には大切な人がもういるんだ」


「えっ? 見つかったの、その心に決めた人ってのが?」


 レインが少し考えてから答える。



「それは分からない。でも私自身もう決めたんだ。その女性の傍にずっと居ようと」


 ソフィアは納得できない顔をして言う。


「何それ? 意味が分からないわ! ……あれ?」


 ソフィアがエスティアの存在に気付く。

 目が合うふたり。

 ソフィアの真っ青な目が冷たくエスティアに突き刺さる。


(睨まれてる。わ、私、何も悪いことやっていないのに、睨まれてる……)


 ソフィアはエスティアを指差しながらレインに言った。



「あの女ね。あの女があなたを私から奪おうとしているのね」


 レインが顔色を変えて言う。


「ソフィア! 君は一体何を言っているんだ。確かに君とは養護院で一緒に育ち、マリアさんからも君のことを頼まれた。ただ、それと君と一緒になると言うことは同じではない。そんなこと君も分かっているだろう」


「分からないわ」


「なんだって?」


「分からない。分からないよ!! どうして私じゃなくてあんな普通の女がいいの? 私とは子供の時からずっと一緒に苦労して来たでしょ? 辛いことも一緒に乗り越えてきた仲でしょ? 助け合った仲でしょ? 私とは……」


「違うんだ!!」


 レインが大きな声を出す。少し驚いたソフィアがその顔を見つめる。



「違うんだ。彼女は、違うんだ。私の、私の……、ずっとずっと昔から、いる、特別な人なんだ……」


 ソフィアの顔から表情が消えて行く。そしてレインに言う。


「あなたに捨てられてから私がどれだけ辛い思いをしたか分かってるの? 魔王に敗れて、たったひとりで生きて来て、ううん、そんなことはもういい。あなたに私の大切さを知って欲しかったのに、そんなつまらない女を囲っていたなんて本当に滑稽だわ」


「ソフィア! 彼女のことを悪く言わないでくれ!!」


 表情のなかったソフィアにの感情が浮かび上がる。



「もういいわ。あなたには失望した。分からせてあげる、私が、私がどれだけ大事な女だってことを!!」


「ソ、ソフィア!! もうよすんだ!!」


 レインの声を無視してソフィアは懐からひとつの呪文が刻まれた石を取り出す。そして同じく取り出した小さなナイフで自分の右の手の平を切りつける。切られた手の平から滴り落ちる鮮血。レインが大声で言う。



「な、何をしているんだ!? ソフィア!! やめろ!!!」


 ソフィアはにやりと笑って血まみれの右手で石を掴み、そしてレインに向かって言う。



「あなたが愛しているのは私よ。そしてあなたを愛する私だけが、!!」


 その直後、ソフィアが握っていた石が白く光り出す。それを見たエスティアが反射的に動いた。



「レインさん!! 危ないっ!!!!」


 駆けるエスティア。光る石を見て動けなくなるレイン。

 そしてソフィアは血まみれの手をレインに向けて至近距離から衝撃波を放った。



 ドン!!


「きゃ!!」


 空間を割るような衝撃音。

 眩い閃光。

 そしてその場に音を立てて倒れるレイン。


 エスティアは後ろに撃たれるようにして倒れたレインを見て大声で叫んだ。



「レインさん!! レインさーーーーーん!!!!」


 レインは仰向けに倒れたまま返事をしなかった。

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