39.不器用な男たち
「あー、温泉旅行、楽しかったな」
「そうですね、やっぱりみんなと行くと楽しいですね」
「色々ハプニングもあったけどね!」
一緒に居たティティも笑って言う。そして黙って座っているエスティアの大きな胸を見て言った。
「エスティアちゃんも楽しかったよね?」
突然話を振られたエスティアが戸惑いながら返事をする。
「え、ええ、楽しかったわ。うん、楽しかった……」
未だエスティアの頭の中は『胸パッド』がバレた事や、『レインに胸を揉まれる妄想』ばかりが駆け巡っていた。ローランが笑って言う。
「何おどおどしてるんだい。もう誰も何も覚えちゃいないよ」
(いや、覚えてるじゃん!! めっちゃ覚えてて、意識して言ってるじゃん!! ふ、普通忘れないでしょ、あんなこと!!)
「私は覚えているぞ、しっかりと」
遅れてやって来たレインが笑顔でエスティアに言った。エスティアが顔を赤くして思う。
(ちょ、ちょっと!! この人一体何を言っているの!! な、何を覚えているの!? も、もう訳分かんない! やっぱ暗殺よ、暗殺、暗殺っ!!!)
「何を覚えているんだい?」
ローランがレインに興味深そうな顔をして尋ねる。レインが笑顔で答える。
「秘密……、だ」
(暗殺ーーーーーっ!!! もう暗殺、絶対暗殺よ!!!!)
皆が他愛無い会話をしていると
バン!!
「嬢ちゃんはいるか!!」
ドアを開けて現れたのは単眼のレナードであった。先の温泉で会い、一緒にクマの魔物を討伐した冒険者。湯治していたと言うが未だ左手には包帯が巻かれている。
皆の視線が集まる中、名前を呼ばれたエスティアが答える。
「レナードさん? 私ならここにいるわ」
レナードはエスティアの顔を見るとずかずかと室内に入り真剣な顔をして言った。
「前にも言ったことはあると思うが、もう一度聞く。俺のパーティに入ってくれ」
「えっ!?」
驚くエスティア。しかしそれ以上に驚いてエスティアとレナードを見る一同。レインがレナードの前に来て言う。
「レナード、それは一体どういう意味かな。彼女は我々の正式なメンバーだ」
レナードがレインを見て答える。
「ああ、そんなの分かっている。だからこうやって俺のところに来てくれって頼みに来た」
「言っている意味が分からないのだが」
エスティアが言う。
「ちょ、ちょっと待ってよ、レナードさん! 私は前にも断ったし、今もそんな気持ちはありませんよ!!」
レナードはエスティアを見て何度か頷いてからレインに向かって言った。
「レイン、俺と嬢ちゃんを賭けて勝負しねえか」
「は? はあ???」
エスティアは再び起こりそうな『自分を賭けた勝負』に驚く。レナードが言う。
「俺は自分に素直でよお。やっぱり我慢できねえんだ。嬢ちゃん、俺はお前が欲しい」
ストレートな言葉にエスティアが一瞬どきっとする。驚きと戸惑いで何も言えなくなったエスティアの前にレインが立って言った。
「エスティアに関わる勝負はすべて受ける。エスティアが欲しいのはお前だけじゃない。私も同じだ!!」
(ちょ、ちょっと、またこの人、何言ってるの!? 受ける気? また受ける気なの? この間も同じようなこと言ってダーツ負けそうになって壁壊して、ああ、また同じ過ちを繰り返そうとしている!! そ、それに私はそんな賭け事で貰える商品じゃないのよ!! 何で私の意志とは無関係に勝手にそんな話を進めて……)
「あ、あの……」
エスティアが何かを言おうとした時、レナードが太い右腕を突き上げて言った。
「勝負はこれだ」
皆の視線がレナードの突き上げた拳に集まる。レインが言う。
「真剣の勝負でないのは助かる。お互い下手に怪我をしてしまったら困るからな」
真面目な顔で無言のレナード。エスティアが思う。
(ね、ねえ、私の意見全然聞いてくれないの?? こんなくだらない勝負やめて、みんな仲良く……)
「わ、私はこんな勝負……」
エスティアが何かを言おうとすると再びレナードが口を開いた。
「表に出ろ」
「いいだろう」
レインもそれに頷きレナードと一緒に外へ出ようとする。堪り兼ねたエスティアが大声で言った。
「ちょ、ちょっとやめてよ。ふたりとも!!」
大きな声に皆が振り向く。エスティアが続ける。
「私はここで仕事するの!! そんな争いに意味はないよ!!!」
レナードが答える。
「惚れた女を賭けた争いに意味がないなんて、そんな悲しいこと言わないでくれ。嬢ちゃん」
(ほ、惚れた……?)
口を開けて固まるエスティアにレインが言う。
「男ってのは不器用な生き物なんだろうな。だからこれでとことん話し合う」
レインはそう言ってエスティアに右拳を見せる。エスティアが言い返す。
「い、意味分かんないんだけど!! いい加減に……、きゃ!!」
それ以上何かを言おうとしたエスティアの口を後ろからローランが塞いだ。
「黙って見てな。あんまり野暮なこと言うんじゃないよ」
ローランはエスティアを落ち着かせるようにして優しく抱きしめた。
ドン!!
「ぐふっ!!」
ガン!!
「ぐっ!!」
ふたりの殴り合いは
巨漢のレナードに細身のレオン。
一見すると勝負にならないように見えるが、レナードの拳もレオンの拳もほぼ互角に相手の体力を奪っていく。殴られる度に辺りに響く低く重い音。
やがてレナードの渾身の一撃が決まり、レインが片膝をつく。
「うおおおおおっ!!!」
それを見たレナードが右手を振り上げて叫びながら殴りつける。
「はあああっ!!!」
そしてレインはそれを待っていたかのように立ち上がると、下からレナードの顎に向けて拳を振り抜いた。
ドン!!!
「ぐはっ!!!」
巨漢のレナードが後ろに倒れる。
レインも両膝をついてその前に座り込む。
「はあ、はあ……」
荒い息をするふたり。そしてレインが倒れたレナードに向かって言った。
「わ、私の勝ちで……、いいな?」
仰向けに倒れたまま空を見ていたレナードが小さな声で答える。
「悔しいが、そういう事にしてやる。やっぱり強ええな、お前」
レインもその横に倒れて答える。
「勇者だからな」
「ああ、そうだったな……」
ふたりは少し笑いながら言った。
「一体、何してるのよ、もう……」
それを離れた場所で見ていたエスティアが目に涙を溜めて言う。ローランがエスティアの肩に手を乗せて言った。
「馬鹿だよねえ、でもあれが男って生きもんなんだよ」
「ほんとに、本当に意味分からない。ほんとに、もう……」
安心、驚き、戸惑い。
様々な感情が混ざったエスティアは、目の前でようやく終わったその争いを見て自然と目から涙が流れた。
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