38.勇者の願い

「全員武器を持って外へ!! 魔物の討伐、そして宿泊客の安全を確保せよ!!」


「了解っ!!」


 レインの指示の下、ローラン達が素早く行動する。

 特にエスティアは暗殺者の習性で常にナイフを携帯しているので、誰よりも先に外に出て魔物に向かう。



(結構な数が居るわね。とりあえずこちらに近付いて来る奴から仕留めなきゃ!!)


 エスティアは百匹近くいるクマの魔物の群れを見て思う。そして建物に近付いて来る魔物に素早く近付きナイフで斬りつけた。



 シュン、シュン!!


(くっ、硬い!!)


 クマの魔物は全身黒い毛で覆われており、その毛がごわごわと固く中々ナイフを受け付けない。エスティアは直ぐにクマの前で跳躍しを狙う。



「グゴオオオオオオオ!!」


 目を斬られ、痛みに叫び声を上げるクマの魔物。その叫び声を聞いて周りにいたクマの魔物達がエスティアに襲い掛かる。



「炎神イグニスの契約により発動せよ! ファイヤーボール!!」


 ドンドン、ドーン!!


 エスティアの後ろから熱火球がクマの魔物に放たれる。エスティアが後ろを振り向いて言う。



「ローランさん!!」


 エスティアは直ぐにローランの近くに行き声を掛ける。ローランが言う。



「すまないねえ、ここじゃ広域魔法は使えないから単体で一体ずつ片付けて行くわ」


「ええ、ありがとうございます!」



 ローランは再び魔法の詠唱を始めるが、それをさせまいとクマの魔物達が勢いよくローランに接近する。エスティアがすぐに援護に入るが、接近戦があまり得意じゃないふたりが多数のクマの魔物の突撃を回避する術はない。



「くっ!!」


 一旦後方に下がるふたり。しかしすぐにその前に透明な壁が現れた。



「全防御! オーバーシールド!!」


 エスティアとローランの後ろからマルクの声が響く。そして言う。


「防御は任せて! さあ、攻撃を!!」


「うん、ありがと!!」


 エスティアとローランはその言葉を合図に攻撃へと舵を切る。



「はあああああ!!!」


 そしてそんなふたりよりも先に大声が辺りに響き、突進していたクマの魔物達から血しぶきが吹き上がった。



「レイン!!」


 ローランがその勇者の名前を叫ぶ。剣を手にした勇者レインが皆の前に立つ。そして言う。



「誰も傷つけさせない。さあ、来い。私が相手だ!!」


 そこからはレインの独壇場であった。

 大群で襲撃したクマの魔物はあっという間に半数以下になり、勝てないと分かったのかひと際大きなボス熊が背を向けて逃走し始めた。それに気付いたレインがエスティアに言う。



「エスティア、行けるか?」


「はいっ!!」


 レインは動きの速い自分とエスティアでボス熊を追いかける。そしてローランとマルク、さらに怪我のため片手で奮戦するレナードに向かって叫んだ。



「ここの守備は頼んだ! 俺達はボスを討ち取る!!」


「あいよ! 頼んだよ!!」


 ローランがそれに勢い良く答える。レインとエスティアはその声を聞いてから素早く魔物の群れの間を縫ってボス熊を追いかけた。





「はああああっ!!!」


 ガン!!!


 追い詰められたボス熊が必死の抵抗を行う。

 刃物のような鋭い爪で容赦なしにレインを襲う。それを剣で弾くレイン。エスティアはボス熊の気を引こうと周りを駆け小型ナイフで横から攻撃をする。



「はっ、はっ!!」


 エスティアの攻撃はほとんどダメージを与えることはできなかったが、その動きに気を取られたボス熊に一瞬の隙ができた。そこに飛び上がったレインの剣が振り下ろされる。



「はああああっ!!」


 エスティアが振り向くとそこには真っ二つに斬られたボス熊が転がっていた。レインは直ぐにレスティアの傍に駆け寄り声を掛ける。



「大丈夫だったか、怪我はなかったか?」


 レインは本当に心配そうな顔をしてエスティアを見つめる。エスティアは少し照れながらそれに答える。


「だ、大丈夫です。ありがとうございます」


 レインは安心した顔で言った。



「良かった。よし、じゃ、帰ろうか」


「はい」


 エスティアとレインはふたりで来た道の方へと歩き始めた。





「これでティティの願いはひとつ叶えられたかな」


 歩きながらレインがエスティアに言った。エスティアはティティの願いが『みんなの無事』だったことを思い出し頷いて応える。

 ふたりは一緒に真っ暗な森を歩く。空には瞬く星達が綺麗に輝いている。エスティアがレインに答えた。



「そうですね。かなり凶悪な魔物でした。温泉の方は大丈夫かな」


「ローラン達がいるんだ。問題ない」


「そうですね」


 エスティアが笑って答える。

 森に吹く少し冷たい夜風。周りには虫の声が響く。レインがエスティアに言った。



「君は何を願ったんだい?」


 エスティアはすっかり忘れていた『胸を揉まれる願い』を思い出し、急に顔を赤らめた。


(え、ええっと、ど、どうしよう!? まさか『あなたに胸を揉まれる願いです』とは口が裂けても言えないし。あ、ああ、な、何か適当に答えないと、まずい。でも、何も思い浮かばないし。ああ、ああ……)


 エスティアは顔を更に赤くして言った。



「秘密……、です」


 レインは少し笑ってそれに応えた。歩きながらエスティアがレインに尋ねる。



「じゃあ、レインさんは一体何を願ったんですか?」


 レインはエスティアの方を少し向いて笑顔で言った。



「私の願いはもうほとんど叶っているよ」


 そう言って隣を歩くエスティアの腰に手を回す。エスティアはもう何度こうやってレインの傍に身を寄せて歩くのだろうと思いながら、決してそれが嫌ではないと自分自身気付いていた。

 レインの大きな手が腰にある事を意識しながらエスティアが言う。



「わ、私の願いももう少しで叶っちゃいそう、かな……」


 と下を向いて小さな声で言う。レインが意外そうな顔をしてエスティアに言う。



「それは私で何か協力できることかな? いや、そうであって欲しいと私は思っている」


 そう言って腰に回した手に力を入れ自分の方へと引き寄せる。エスティアはレインの手が腰から脇腹ぐらいまで上がってきたことを意識して返事をする。



「は、はい……」


 エスティアは少し汗をかきながら思う。


(ど、どうしよう!! 彼の手が私の胸のすぐ近くに!! ま、まさか、このままの、私!? きゃー、どうしよう!! ……って、ダメじゃん!! 胸パッドおお!!! 胸パッドつけたままだろ!! 喜んでどうする、自分っ!!!)


 ひとり様々な妄想をして真っ赤になって言るエスティアに、レインが声を掛けた。



「エスティア」


「は、はい」


 レインは真剣な顔でエスティアに言う。



「このままずっと君の傍に居させて欲しい。それが私の願いだ」


「あ、は、はい……」


 エスティアは沸き上がる喜びを抑えつつ下を向いて小さく返事をした。そして真面目な顔のレインを見て、いかがわしい妄想ばかりしていた自分を少しだけ恥ずかしく思った。



(少しだけ、少しだけならいいかな。魅了の為だもん……)


 エスティアは歩きながらレインの肩に頭をもたれかけた。それに反応するようにレインもさらに強くエスティアを自分の方に引き寄せる。



(少しだけ、少しだけだから……)


 歩きながらエスティアは何度も自分にそう言い聞かせた。

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