37.エスティアの願い!?

「エスティア、ローラン、ティティ、居るか? 夕食だぞ」


 露天風呂を終えた三人が部屋で寛いでいると、ドアをノックする音と共にレインが声を掛けた。



「夕食! わー、お腹減った!!」


 入浴を終えお腹が空き始めていたティティが喜びの声を上げる。


「さあ、行こうか。メシだ、メシだ」


 ローランもエスティアに声を掛けて立ち上がる。そしてドアを開けたローランにレインが尋ねた。



「風呂は入ったのかい?」


「ええ、頂いたわ。良いお湯だった」


 レインも笑顔になって言う。


「そうだろ。必死に探した甲斐があったと言うものだ。さあ、夕食へ行こう」


 そう言って皆を連れ出そうとするレイン。

 エスティアは先程の露天風呂でローランに言われた『揉まれれば大きくなる』というフレーズが頭から離れられず、レインの大きな手を見て何故か興奮して来てしまう。



「エスティア? どうしたんだい、行くよ」


「あ、はい!」


 エスティアはローランに言われて慌てて皆の後に続いて部屋を出た。




「あれ、これは何ですか?」


 夕食会場へ向かう途中、マルクがある物を見つけて言った。竹を斜めに切った先から、石の手水鉢ちょうずばちに水が落ちている。ティティがそこ書かれた説明文を読む。



「飲泉……、あ、飲める温泉だよこれ。……ええっと、『これを飲みながら願い事を思うと叶う』だって!!」


「へえ……」


 ローランが珍しく声を出す。レインが皆に言う。



「せっかくだからみんな何か願い事をしてみるか?」


「賛成っ!!」


 レインの提案にティティが手を挙げて賛成する。ティティが言う。



「じゃあ、私からね」


 そう言って竹から流れ落ちる水を両手で受け止めて水を溜め、目を閉じてゆっくりと口に入れた。少し間を置いてから言う。



「はい、終わったよ。次の人!」


 ティティの声の後にマルクやローランが続けて飲水を行う。それを見ていたエスティアがどきどきしながら順番を待つ。



(ど、どうしよう。『胸を揉まれること』ばかり頭を巡って何も考えられない!! ああ、まずい。もうすぐ順番が……)


 目の前でレインが両手に水をすくい水を飲む。そして少し目を閉じて何か願い事を思う。そして目を開けてエスティアに言った。



「さあ、次はエスティアだよ」


 そう言ってレインに誘導され手水鉢の前に立つエスティア。

 しかし心を落ち着かせようと何度も自分に言い聞かせるのだが、何かを考えれば考えるほど『レインに胸を揉まれる妄想』が頭を離れない。


(あ、あれだけ厳しい訓練を受けて、どんなことにでも平常心でいられるようにしてはずなのに、何でよぉ……、変な妄想ばかり頭を、ううっ、頭を巡って……)


 エスティアが両手で水を溜める。



(考えろ、考えろ! 胸を揉まれる以外に何か別のこと!! 欲しいもの、叶えたいもの。胸を揉まれる以外で……、胸を……)



「何やってんだよ、早くしな!」


 ドン!


「きゃっ!? ゴクッ、…………えっ?」



 水を手にしたまま固まるエスティアの背中をローランがドンと叩く。その勢いで口元まで持って来ていた水を一気に飲んでしまったエスティア。青い顔をして思う。



(飲んじゃったよ、飲んじゃった!! しながら、飲んじゃったよおおおおお!!!)


 泣きそうな顔になったエスティアにローランが言う。


「終わったのかい? これで全員だね」


 呆然とするエスティアをよそにローランが皆に言う。ティティが笑顔で言う。



「私はね、みんなの無事を願ったよ。みんなは何を願ったの?」


 黙る一行。レインが言う。


「私は秘密だ」


 ティティがつまらなそうに言う。



「えー、そんなのずるい! みんなは?」


 沈黙する一同。ローランが言う。


「そんなことどうでもいいじゃない。さ、夕食行くよ」


 そう言って歩き始める。ティティは諦めきれずに隣にいたエスティアに声を掛ける。



「ねえ、エスティアちゃんは、何願ったの?」


「あはは、あ、はは……」


 放心状態のエスティア。ティティは何かまずいことでも聞いたのかと思って笑顔でその場から離れた。






「おう、嬢ちゃんじゃねえか!!」


 夕食会場に行くと意外な人物がそこに座っていた。


「レナード!」


 真っ先にレインが声を掛ける。呼ばれたエスティアも声を出す。


「ああ、レナードさん。どうしてここに?」


 単眼のレナード。大きな体が特徴で仲間と数名で食事をしている。ただ食事と言うよりは『飲んでいる』と言った方がいいかもしれない。レナードが言う。



「ちょっと依頼でヘマしちゃってよお。湯治だ。湯治」


 そう言って包帯の巻かれた左腕を皆に見せた。レナードと一緒に居た仲間が尋ねる。


「レナードさん、まさかこちらは?」


「ああ、勇者レインだよ」


「おお、凄い。本物だ!」


 レナードの仲間が勇者レインを見て驚く。レインはレナードに慰安旅行で温泉に訪れていることを話した。レナードが言う。



「そうか、それはいい。ここの温泉は新しいが中々だぞ。メシも美味い」


「メシと言うよりは飲んでばかりじゃないか」


 レインが苦笑いして言う。レナードが笑って言う。


「まあ、そうかもしれんな。がははははっ!!」



「ねえ、お腹減ったよお」


 ティティが力のない声でレインに言う。レインが答える。


「ああ、すまないね。さ、座って。食べようか」


 レインはレナードの隣のテーブルに座り夕食を始めた。



(もう、食うしかない。食って食ってくだらないことは忘れよう……)


 エスティアは風呂場でバレた胸パッド、そして飲泉で『胸を揉まれる願い』をしてしまった事を忘れようと目の前にあるたくさんの料理にかぶりついた。



「あら、なかなか美味いじゃん。ここの料理」


 ローランも目の前にある食事を口にしながら言う。ティティも笑顔で続く。


「ホント、美味しいね!!」


 レインも食前酒を飲みながら満足そうに言う。


「良かった。皆の疲れが少しでも癒えてくれれば連れて来た甲斐があったと言うものだ」




 ガブガブ、むしゃむしゃ……


 そんな会話を無視するようにエスティアはひとりがつがつと料理を食べる。マルクが尋ねる。



「ね、ねえ。エスティア。どうかしたの?」


 エスティアが顔を上げて答える。


「ばひ(なに)?」


 口いっぱいに食べ物を入れたエスティアを見て皆が一瞬引く。しかし隣のテーブルから大きな笑い声と共にその男が立って言った。



「がはははっ、やっぱ嬢ちゃんの食べっぷりは最高だな!! 惚れ惚れするぜ!!」


 レナードがエスティアを見て嬉しそうに言う。そして椅子に座ると目の前にある大量の料理を掴み口に入れて言った。



「俺も嬢ちゃんに負けてられねえな。さて、食うぜ、食うぜ!!」


 レナードはそう言うと大きな口に次々と料理を運び、エスティアよりもたくさん食べ始めた。それを見ていたレインが真剣な顔をして言った。



「私も負けない!」


 そう言って同じようにがつがつと料理を食べ始める。


 積み重なる空の皿。

 レインやレナードが次々と料理を注文し、競い合うようにどんどん皿を空けて行く。ローランが溜息をつきながら言った。



「何をやってるんかねえ、こいつらは」


 積み重なった皿の山を見て皆が呆れた顔をする。




 その時、建物の入り口の方から女性従業員が血相を変えて走って来て言った。


「た、大変です!! 魔物が、クマの魔物の群れが襲って来て、は、早く皆さん、避難を!!」


 食事をしていた皆の手が止まる。ローランがレインに言う。


「レイン!!」


 レインが答える。



「ああ、分かってる。みんな、行くぞ。クマ退治!!」


 マルクやエスティアもそれに頷いて応えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る