34.私のフィアンセ
「ねえ~、エリオット様あぁ、こっち向いて~」
とある上級貴族の邸宅。
その中にある高級家具や調度品が置かれた部屋。ソファーの真ん中に座る貴族の若い男。肩まで伸びる髪、青く切れ長の目。エリオットと呼ばれたその男はソファーの両隣に座る品のよさそうな令嬢の腰に手を回して言った。
「ああ、なんだい? 可愛いねえ、君達は」
そう言って女性の首筋の匂いを嗅ぐ。それに頬を赤らめて喜ぶ女性達。
コンコン
誰かがドアをノックする音が聞こえる。エリオットが返事をするとひとりの初老の執事が手紙を持ってやって来た。エリオットに言う。
「例の女性の居場所が判明しました」
エリオットは受け取った手紙を黙って読む。そして暫く考えた後その手紙を執事に返した。
「ご苦労。さて、これから忙しくなるぞ」
エリオットはそう言うとひとり立ち上がり笑いながら歩いて部屋を出た。
(う~ん、どうするべきか……)
レインは
依頼内容は上級貴族のジャンフェナーデ家の嫡男への剣術指導。直接の面識はないが、お世話になった別の貴族からの依頼であり無暗に断ることはできない。しかしレインを一番悩ませたのは最後の一文であった。
『なお、剣術の指導についてはレイン殿ではなくエスティア氏にお願いする』
それを読んだレインは考え込んでしまった。
(剣術の指導に何故私じゃなくてエスティア指名なんだ? ナイフならいざ知らず彼女はそれほど剣の腕が立つ訳でもないし。そもそもなぜ彼女を知っている?)
考えても考えても答えが出ないレイン。
ずっとひとり黙り込むレインにギルド職員が言った。
「レインさん、どうされましたか? 難しい依頼なのでしょうか?」
レインは閉じていた目を開けて職員に言った。
「難しいですね。本当に。でも、受けましょう。受けた御恩をお返しするいい機会です。ジャンフェナーデ家の方々にもお伝えください」
「そ、そうですか! それは良かった。魔物退治ではないのですが、よろしくお願いします」
「ええ、分かりました」
レインは一抹の不安を抱えながらも一先ず依頼を受けて見ようと思った。
「やあ、みなさん、私がエリオットだよ」
夕刻やって来たジャンフェナーデ家の若い貴族の男エリオットは、レインの
「あ、あなた、ダーツの男っ!?」
エスティアはエリオットが先日レストランでレインとダーツ勝負をした男だと分かり驚いた。さすがのレインも動揺を隠せずに言う。
「お、お前がジャンフェナーデ家のエリオットだったのか……」
エリオットが言う。
「そう、僕がジャンフェナーデ家のエリオット。私もまさかあなたがあの高名な勇者レインだとは知らなかったよ。それならあの破壊劇も理解できる。まあ、そんな事よりもどうぞよろしく」
エリオットはそう言うと笑顔でレインに手を差し出した。難しい顔でその手を握るレイン。それを見ながらエスティアは何とも言えぬ不安に襲われた。
(け、剣術指南って、私そんなに剣は上手くないし……、それにあの男、どうしてここにやって来たのかしら? まさかレインへの恨みなのかしら……?)
ひとり考えているエスティアにエリオットが近付いて挨拶をする。
「やあ、エスティア。この間はまともに挨拶もできずに悪かったね。実は私はあの上級貴族のジャンフェナーデ家のエリオットって言うんだ。よろしく」
そう言ってエリオットが手を差し出す。それを見たエスティアが言う。
「何を考えてここに来たのか知らないけど、中途半端な気持ちでやって来たのならすぐに帰りなさい。あなたの為よ」
エリオットが笑って答える。
「これはこれは手厳しい。いいよ、いいよ。僕は頑張るから、明日からよろしくね。エスティア」
エリオットはそう言って手を振って帰って行った。ローランが言う。
「なんだい、あれ? 遊びに来たのかい?」
「さあ、私にも良く分からない。ただ、あまり歓迎できない客人だな」
レインも少し疲れた顔をして言った。
「エスティアぁ、大丈夫なの?」
一緒に居たマルクがエスティアを不安そうに見つめて言った。エスティアが笑って答える。
「大丈夫よ。人に指導なんてしたことないけど、まあ、何とかなるわ」
エスティアは自信に満ちた顔で笑った。
「やあ、おはよう。エスティア。僕を待っていたのかい?」
翌朝、豪華な馬車に乗ってやって来たエリオットがエスティアを見て言った。エスティアが答える。
「待つ? 馬鹿なこと言わないで。これは仕事。ただそれだけ」
一緒に居たレインが小声で言う。
「なあ、エスティア。大丈夫なのか? よければ私も手伝うが……」
「大丈夫ですよ。私ひとりで」
エスティアはレインにそう言うとエリオットに向かって大声で言った。
「さあ、行くわよ。付いて来なさい」
そう言って少し速足で郊外の山へと歩き出す。
「あ、待ってよ。エスティア!」
エリオットも遅れまいと必死にその後をついて歩き出した。
「ね、ねえ、僕もう、ちょっと疲れちゃったんだけど……」
郊外をひたすら歩くエスティアの後ろからエリオットが弱々しい声で言った。エスティアの足が止まる。そして目の前にある木が茂った山を見て言った。
「うん、この辺ならいいかな」
エリオットが疲れた顔をして尋ねる。
「こんなところで訓練やらなくてもさっきの場所でいいじゃん……」
「こんな場所、だからいいのよ。はい」
エスティアはそう言って持っていた剣をエリオットに渡す。
「やっぱここで練習じゃん……」
エスティアが笑いながら言った。
「あの山の木を全てその剣で切り倒して。はい、始め」
剣を手にしたまま目の前の山を見つめるエリオット。そして怒りながら言った。
「は、はあ? ふざけるなよ! そんなことできる訳ないだろ!?」
「ふざけてないわ。夕方には戻って来るから。じゃあね」
「お、おいちょっと待て……、あれ?」
エリオットはそう言い掛けて、突然目の前にいたエスティアが消えてしまったことに気付いた。唖然とするエリオット。周りを見まわしてひとりつぶやく。
「お、おい……、僕をひとりにしないでくれよ……」
エリオットは泣きそうな顔でその場にへなへなと座り込んだ。
「あれ、エスティア。もう訓練はいいのかい?」
夕方過ぎ、
「ええ、彼には自主練をお願いしておきました」
「そ、そうか……」
レインは心配そうな顔をして言う。そしてレインが何かを言おうとした時、誰かが声を上げながら
「ここですわ。ここ!! 住所はここになってますわ!!」
その声の主はドアを勢い良く開けるとずかずかと中に入って来た。上品な身なりをした女性三名。貴族様な高貴なドレスや手袋、そしてお洒落な帽子を被ったどこかの令嬢達であった。
「何だい、君達は?」
令嬢達は対応に当たったレインの顔に見惚れて一瞬動きが止まる。それでもすぐに怒ったような顔をして言った。
「こ、ここにエスティアって言う女がいるはずなんだけど、今いる!?」
「エスティア? 君達は一体……?」
「私がエスティアよ」
レインが令嬢達に言う前にエスティア本人が自分で名乗った。令嬢達の視線がエスティアに集まる。その中でも特に気の強そうな女がエスティアの前に出て行った。
「あなたね? 私達のエリオット様を横取りしようとしているのは?」
「は?」
エスティアはまるで豆鉄砲を食らったハトのような顔をして驚いた。女が続けて言う。
「エリオット様は私達の大切なお方。ずっと私達を愛してくださっているの。あなたなんてどこにも入る隙は無いわ。大体、あなたどこの家なの?」
エスティアは突然浴びせられる罵声にも似た声に呆れた顔をして言う。
「あの、私、誰も『あんなの』を横取りなんてしようと思ってないんだけど。……って言うか、まったく興味ないし」
女達の顔が怒りの表情になって言う。
「あ、あんなの、ですって!? あなた! エリオット様が一体どこの家柄かご存じで?」
「知らない。興味ないし」
「く~、いい、ちゃんと覚えなさい! ジャンフェナーデ家、国王の縁戚に当たる名家です! そこの嫡男、エリオット様は地位も名誉も財も、そして私達のような可憐な女性も全て持っているお方なんですよ!!!」
女は一気にまくしたてると肩でゼイゼイと息をする。見かねたレインが令嬢達に言う。
「君達、何か勘違いをしていないか?」
それを聞いた女がレインを睨んで言う。
「あなた、ちょっといい男だからって、一体何なのよ!!」
「ね、ねえ……」
後ろにいた令嬢がレインに怒鳴った女の袖を引っ張り小声で言う。
「ねえ、この方って、まさか『勇者レイン様』じゃないですか?」
「えっ!? うそ……」
怒鳴った女は改めてレインの顔を見つめる。そして顔を青くして言った。
「ほ、本当だ。レイン様……、勇者レイン……、うそ……」
女は顔を真っ青にしてレインに言う。
「ご、ごめんなさい。私、気付かなくて、た、大変失礼しました……」
レインが令嬢達に言う。
「何かを勘違いしているかと思うんだが、エスティアは私のフィアンセ。エリオットとは何の関係もない」
レインはそう言ってエスティアの腰に手を回し、ぐっと自分の方へと引き寄せる。力強いレインの腕に引かれ一瞬どきっとするエスティア。しかし同時に思う。
(え? フィアンセ!? おいおいおい、いつからフィアンセになったんだい!? まだお付き合いしたばかりじゃないのか、私達って!!?? か、勝手に話が進んでいるんだけど……)
レインの言葉を聞いた令嬢達が驚いた顔をして言う。
「ゆ、勇者レインのフィアンセ!? そ、そうなの、分かったわ……」
(分からんでもいい!!!)
エスティアが心の中で突っ込む。そして令嬢達が言った。
「で、エリオット様は今どこにいるの?」
「え?」
エスティアの顔が青くなる。
「山に置き忘れたままだ……」
エスティアは既に真っ暗になっている外を見て更に顔を青くした。
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