33.再会
「はあ、なんか疲れた一日だったわ……」
夜、自室へ戻って来たエスティアはベッドの上に座り大きく息を吐いた。依頼の無い休日、ちょっと王都街へ買い物へ行く予定だったはずだが、レインの同行やレストラン破壊など予想外のことが起きて心身ともに疲れ果ててしまった。
(あ、これ、今日買ったやつ……)
エスティアはふと紙袋に入った買ったばかりの下着を取り出した。フリルの付いた可愛いものに興味を引かれたが、やはり任務に邪魔になると思い飾りのほとんどないシンプルなものを選んだ。それを見つめながら思う。
(男の人って、こんな色気もない下着見せられたら幻滅とかしちゃうのかな……)
エスティアはレインの前で自分が下着姿になる図を想像する。そして何故か下着を持ったレインが優しく耳元で囁く。
『さあ、私がこれをつけてあげよう』
「ぎょっ!?」
また始まってしまったくだらない妄想にエスティアの顔が真っ赤になる。すぐに首を左右に大きく振ってそれを否定する。
(な、なんでいつもレインにつけさせようとするのよ!! おかしいでしょ!! 下着は自分でつけるもの。男の人につけて貰う事なんて絶対にないわ!! そ、それに、そんなことしたら胸パッドが……)
エスティアは自分の盛った胸に手を当て溜息をつく。
「はあ……、暗殺の道具の為とは言え、何とも情けないわね。あの女学生にも負けていたし……」
エスティアは急に昼間レインに絡んでいた色気たっぷりの女学生を思い出して怒りが湧き出してきた。
(そもそも一体レインは何を考えているのよ!! 私と一緒に居ながら他の女の子にデレデレするなんて!! やっぱり暗殺。はい、暗殺。絶対に証拠掴んで殺してやるんだから!!!)
エスティアはやり場のない怒りに興奮しながら改めてレイン暗殺を思い出した。
(見つけてやる、見つけてやる、絶対にその悪行を見つけてやる!! ……でも、もし見つかんなかったら、本当にもう、どうしたら……)
エスティアは鏡に映る自分を見つめる。
(私、最近なんか何やっても上手く行かないなあ……、中途半端と言うか……)
そんなエスティアはふと鏡に映った自分の鞄に気が付いた。
「あ、そうだ。ラクサ姉さんから何か紙を渡されたんだっけ……」
エスティアは鞄に挟まれた紙を服のポケットに入れて置いたのを思い出した。小さな紙。それを取り出して中のメモを読み始める。
(明日の夜、王都街の酒場で待っている……、ん〜、一体何かしら?)
エスティアはメモを眺めながら不思議と何か嫌な予感がした。
「やあ、おはよう。みんな」
翌朝、食堂に集まっていた皆に起きて来たレインがさわやかな笑顔で言った。
「『おはよう』じゃないですよ!! レインさん!!!」
開口一番ティティが顔を膨らませて怒りながら言う。
「ん? どうした、ティティ」
ティティは手にした一枚の請求書をレインに見せて言う。
「これ、一体なんですか? どうしてレストランの修理費用がうちに来るんですか!? レインさん、一体何をして来たんですか!!」
「ああ、それか。ちょっと事故に巻き込まれて」
レインは全く悪びれずに答える。エスティアが思う。
(いや、巻き込まれたじゃなくて、あんたがわざとやったんでしょ!! 負けたくないから!!)
ティティがため息をついて言う。
「はあ、本当にもうこんな事しないでくださいよ。うちの経営もそんなに余裕無いんですから……」
依頼料は基本相手次第。何故かお金にあまり興味がないレインはずっとその方針を貫いている。パーティの運営も任されているティティはいつも苦労が絶えない。ティティが諦めた顔で言う。
「なんか高い野菜の買い物になっちゃったわね……、ほんと」
ティティはレインに買い物を頼んだことを少し後悔した。
エスティアはふたりの会話を聞きながら自分を賭けて見知らぬ男とダーツで勝負し、負けない為に壁ごと破壊したなどとはとても言えなかった。
「ええっと、このお店かしら?」
エスティアは夜を待って再び王都街へ訪れた。義姉ラクサに会う為である。
カラン、カラーン
エスティアがドアを開くと生暖かい空気が彼女の体を包んだ。熱気に交じり漂うお酒の香り。がやがやと騒がしい店内にはたくさんの人が座って食事やお酒を楽しんでいる。
エスティアは店内を見回してすぐにその男勝りな女性を見つけた。
「久しぶり!!」
エスティアは笑顔でひとりで麦酒を飲むラクサの隣に座った。少し頬を赤くしたラクサがエスティアに気付き声を掛ける。
「おお、来たか。待ってたぞ!」
エスティアは自然とラクサの胸に目が行く。豊満な胸。今日も入れているようだ。エスティアが言う。
「どうしたの急に? 驚いちゃったわ」
エスティアの言葉に頷くラクサ。そしてやって来た店員に飲み物を注文すると言った。
「心配でな、お前が」
「ん? そうなの? 私は大丈夫よ」
運ばれて来た果実ジュースを飲みながらエスティアが答える。ラクサが言う。
「そうかい? でもかなり大変な仕事。もし上手く行っていないようならば、私も手伝うぞ」
「えっ?」
エスティアはその言葉に驚いてラクサの顔を見つめた。
試練では決して他者の助けを受けてはならない。そんなことはラクサなら必ず知っているはず。エスティアは小さな声で尋ねた。
「何か、問題でもあったの?」
「……」
無言のラクサ。
男勝りな性格なのか非常に正直なところがあり嘘が付けない。ラクサが少し困った顔で言う。
「ちょっと、だけな。仕事は上手く行っているんだろ? もしお前が望むなら俺はいつでも手助けする。何としてでも仕事を成功させて欲しい」
ラクサはエスティアの目を見つめて言った。
「うん……、頑張るよ」
エスティアは小さな声で言った。
「あれ? 嬢ちゃんじゃねえか!?」
その時エスティアの後ろから太い声が掛かった。後ろを振り向くエスティア。そこには単眼の大柄の男が立っている。どこかで見た顔と考えていたら男が言った。
「こんなところで飲んでたのか。こりゃいい。一緒にいいか?」
そう言ってエスティアとラクサのテーブルに座る。ラクサが眉をしかめて言う。
「誰だい、この男?」
「知らないおっさん」
「おいおい、そりゃ酷いな。忘れちまったのかよ、それとも冗談かい?」
エスティアはクスクス笑いながら答える。
「覚えてるわよ、レナードさん。単眼の知り合いなんてひとりしかいないから」
レナードは安心した顔で言う。
「おう、そりゃ良かった。初めて俺の単眼が役に立ったわ。がははははっ!!!」
そう言ってレナードは持っていた麦酒を一気に飲み干す。そしてラクサを見て言った。
「こっちの嬢ちゃんは誰だい? お前と同じでまたべっっぴんさんだな!!」
レナードはラクサの盛られた胸を見て大きな声で言った。ラクサが言う。
「何だい、エスティアだけじゃなくて私にも手を出そうって言うのかい? 痛い目見るよ」
「ぎゃはははっ、こりゃまた気の強い女だな!! 俺は好きだぜ、そう言うの!!!」
「誰もあんたに気に入られたくないよ、まったく……」
ラクサはそう言うと新たに運ばれて来たレナードの麦酒とグラスをコンとぶつけて笑いながら飲み始めた。
その日の深夜。遅くに帰って来たラクサに美しい女性が尋ねた。
「で、どうだったの?」
「……」
しばらく無言のラクサ。しかし少し遠くの方を見て言った。
「完全に恋する女の目、だった……」
「……そう」
女性はそれだけ聞くと暗闇へ消えて行った。
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