32.商品:エスティア
レストランで男に絡まれたエスティア。その男はレインにエスティアを賭けて勝負を挑んできた。レインが即答する。
「勝負? いいだろう。私は彼女を賭けた全ての挑戦を受ける」
「はっ? はあああああ!!??」
驚くエスティア。そして思う。
(ちょ、ちょっとこの人、一体何を言ってるの!? そんな勝負受ける必要ないじゃん!? わ、私、物じゃないし!! 負けたら……、ま、まあ、レインが負けることはないとは思うけど、だけど……、やっぱり納得いかないわよ、そんなの……)
エスティアはレインの強さを思い安心はするもののやはり納得いかない。返事を聞いた男が嬉しそうに言う。
「え? いいの? やったぜ、じゃあさあ」
「ここは狭い。表に出て……」
レインは剣に手をかけ外を指差して言った。男が慌て答える。
「いやいやいや、そんな野蛮なことはしないよ! 勝負はこれ」
男はそう言って壁に掛かっているダーツボードを指差して言った。
「ダーツ?」
レインが尋ねる。男が答える。
「ああ、そうだ。僕は剣術なんてまるで駄目だからね。でもこれならそんな野蛮なことしなくて済む。どうだい、受けるか、それとも彼女を置いて逃げるか?」
エスティアが前に出て大きな声で言う。
「い、意味分かんないんだけど。なんでそんなもんで私を賭けるの? こんなの受けなくていいです!! レ……」
エスティアがそこまで言うとレインが言った。
「受けよう」
「はっ?」
「その勝負、受けた」
驚いたエスティアが言う。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 本気なんですか?」
「ああ、私はいつでも君に本気だ」
「い、いや、そう言う意味じゃなくて……」
「あはははっ、いいねえ、いいねえ。よしやろう。直ぐにやろう!」
笑う男。エスティアがレインに近付き小声で尋ねる。
「レ、レインさん、ダーツなんてやった事あるんですか?」
「昔、一度だけある」
「は?」
エスティアの目が点になる。
(この人、一体何を考えているの? たった一回やった事があるって、それほぼ経験無しに近いじゃん!!)
「さあ、始めようか」
「いいだろう。相手になってやる」
レインはそう返事をして男と共にダーツの前に立った。
「はあああああっ!!!」
トン
レインが気合を入れた投げたダーツは辛うじてダーツボードの一番隅に当たった。
「お見事! ようやく点が入ったね、くくくっ……」
レインが投げ終わるのを見た男が小さな声で笑う。
この時点ですでに男のダーツはダーツボードの中央に幾つも刺さっている。男は余裕の表情で自分のダーツを手にして構える。
(ダーツだけは、ダーツだけは得意なんだよねえ~、絶対素人なんかには負けない。あのエスティアとか言う女の子、くくくっ、もう僕のものだ!!)
トン
男がダーツを投げる。中央より少しずれた場所に刺さるダーツ。それでもレインよりずっと高い得点を叩き出した。それを見た男が笑いながら言う。
「あははははっ、次で最後。次で君がど真ん中に当てられないきゃ、僕の勝ちだああ!! あはははっ、できるか~? 無理無理っ!!!」
戦況を見ていたエスティアの顔が青くなる。
(はあ……、全くダメじゃん、ダーツ……、どうして少しでも勝てると思ったのかしら? ほとんど素人のくせに……、で、レインが負けたら私、あの頭悪そうな男と食事しなきゃならないわけ? まあ、少しでも変な気を起こしたら遠慮なく
勝利を確信したのか男はへらへらと笑っている。
レインは無表情でダーツを持ちダーツボードの前で構えた。レインの雰囲気がこれまでとは違い一変する。
(ん? ……これって、ま、まさか!?)
エスティアはレインから発せられる強力な覇気を感じ一瞬身構える。そしてレインが強烈な気合と共にダーツを投げた。
「はあああああああっ!!!!!」
ドオオオオオオオオオオン!!!!
「ぎゃああああ!!!」
レインの投げたダーツは勢い良くダーツボードへと放たれた。轟音を立てて進むダーツはボードに当たるとそれを木っ端微塵に破壊し、掛けてあった後ろの壁にまで大きな穴を開けて止まった。
床にはボロボロに砕けたボード、破壊された壁のがれきが散乱する。
目の前での破壊劇を見せられた男は、悲鳴を上げながらへなへなとその場に座り込む。静かになった店内からは、突然の出来事に驚いた皆の視線ががエスティア達に集まった。
レインはゆっくりと壁へ歩いて行き壊れたダーツボードを拾うと、青い顔をして座り込んでいる男に言った。
「壊れてしまったな。仕方ない、引き分けだ」
(え、えええええええっ!!! な、何やってるの!? この人!!?? し、信じられない!! 負けそうだからって、か、壁ごとぶっ壊して、『無かったこと』にしちゃったよ!!! な、なんて男っ!! これ、私の恋人おお!? ちょっと感覚がおかし過ぎるよおおおぉ!!!)
レインは同じく真っ青になっている店の店主の元に行き、自分の名前と住所の書いた紙を渡しながら言った。
「すまない、店主。修理に掛かる請求はここに送ってくれ。全額弁償する」
店主は渡された紙に書かれた名前を見て驚き、レインの顔を見る。レインは口に人差し指を当て『黙ってて』といった仕草をする。そしてエスティアの元にやって来ると笑顔で言った。
「さ、帰ろうか」
エスティアは差し出された手に黙って自分の手を乗せる。
皆が驚いて見つめる中、ふたりはレストランを後にした。
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