31.突然の勝負
「エスティア、ちょっとそこで買い物をしてもいいか?」
「え、ああ、いいですよ」
レインは歩きながら野菜の店を指差して言った。
「出て来る時にティティに少し買い物を頼まれちゃって」
「ああ……」
エスティアは朝
「ええっと、ニンジンにキャベツに……」
レインは一生懸命に頼まれた野菜を探してかごに入れて行く。エスティアもレインに聞いて一緒に野菜を入れる。レインはふとエスティアを見て言った。
「ああ、そうだ、エスティア。ジャガイモは芽の無いのを選んでくれ。ジャガイモの芽は毒があるんだ」
エスティアはちょっとむっとした表情になって言う。
「知ってますよ、そのくらい。私だって料理はできますから!」
「あ、ああ、そうか。すまない……」
エスティアはジャガイモ料理だけは子供の頃からやっていたので、お節介を焼くレインの言葉にイラっと来てしまった。
ジャガイモと塩だけでどれだけ美味い料理が作れるのかを日々考えていた貧乏貴族時代。それを否定されるようなことは容認できなかった。
レインはちょっとご立腹気味のエスティアを見て、以前彼女がやって来たばかりの頃に作ってくれた『毒じゃがいもスープ』の件にはこれ以上触れないでおこうと思った。
「さて、ここらで食べようか」
野菜の買い出しを終えたふたりは王都街にある小洒落たレストランに入った。オープンテラスのある雰囲気のいい店。
レインは開放的なテラスの席にエスティアを案内した。エスティアはレインに椅子を引いて貰いゆっくりと座る。レインも正面に座る。
(な、なんか緊張するわね……)
真正面に座ったレイン。エスティアに言われたのでまだフードを被ったままでいるが、真正面から見るとやはりそのフードの下から見えるイケメン面に緊張する。
「ご注文はお決まりでしょうか」
ウェイターがやって来る。レインはエスティアの好きな物をしっかりと把握しており、自分に任せて欲しいと言って手際よく注文した。それを見たエスティアが思う。
(き、緊張するなあ……、そう言えばふたりっきりで食事ってあんまり記憶がないわ。こ、こう言う時って女の子はどう振舞えばいいのかしら。笑顔でにこにこと座っていればいいのかな。それとも何か退屈させないような会話を考えて……)
そんな風に思っているとレインが先に話しかけてきた。
「ちょっと変な質問だと思ったら答えなくてもいいんだけど、その、何て言うか、時々懐かしいと言うか、別の記憶が現れたりとかしないかな?」
「別の記憶?」
エスティアは一体何の話をしているのかさっぱり分からなかった。他人の記憶なんて見たことも感じたこともない。エスティアが言う。
「そのような事はないです。ごめんなさい」
「あ、ああ。いいんだ。すまない、変な質問をして……」
「あっ」
エスティアはふと少し前に経験した出来事を思い出し話した。
「そう言えば以前、夢で知らない女の人に会って……、何と言うか知らない人なんですけど、どこかで会ったことがあるような感じで……」
「そうか……」
レインはあまり興味のなさそうな顔をしてエスティアの話を聞く。
「それで女の人が……」
話を聞きながらレインが思う。
(今のところ彼女にラスティアの記憶はやはりまだ無いようだ。私としては彼女がラスティアであって欲しいと思うし、同時にラスティアじゃなくてもそれはそれでいいと思っている。それはもうどちらでも良いこと。今こうして彼女と一緒に過ごせていることが幸せなのだから)
「……レインさん、聞いていますか?」
考え事をしていたレインにエスティアが覗くようにして言った。レインが慌てて答える。
「あ、ああ。聞いてるよ。大丈夫聞いている。夢の話だろ? 聞いている」
「そうですか……?」
エスティアはいまいち納得できない顔をして言った。ウェイターが注文した料理を持ってくる。大盛りの肉料理。エスティアの好物である。
「少しトイレに行ってくる。食べていてくれ」
レインはそう言うと席を立ち歩いて行った。ひとり残ったエスティアが肉をひとくち口に入れ、ふうと息を吐いて思う。
(もぐもぐ……、何だか緊張しちゃうわね、やっぱり。顔は隠しているけどイケメンだし、向かい合ってふたりで食事って言うのも初めてだし。でも、お、お付き合いしているんだからこれくらいは当たり前なんだけど。で、このまま夜はお持ち帰りされちゃうのかな? ……って、住んでいる場所一緒か)
エスティアはひとり色々と妄想しながらにやにやと笑う。そこへ突然知らない男から声を掛けられた。
「ねえ、君。ひとりかい?」
「え?」
エスティアが振り向くとそこには身なりの良い若い男が立っていた。肩まで伸びる長めの髪、青く切れ長の目、高級な服からどこかの貴族の者だとすぐに分かる。エスティアが答える。
「いえ、一緒の人がいます」
「一緒の人? そんなのいいから僕と一緒に食べない?」
エスティアは首を振りながら答える。
「結構です。一緒の人がいますので」
男が言う。
「君、可愛いよね。僕とおいでよ、もっと美味しい物食べさせてあげるよ」
「ありがと。でも、私はいいから他を当たってください」
「遠慮しなくてもいいよ。本当は僕と……」
男がそこまで言った時、その後ろから声が駆けられた。
「どうしたんだ、エスティア?」
エスティアがトイレから戻って来たレインを見て言う。
「いえ、こちらの方が私と一緒に食事をしようって……」
レインがエスティアに言われた男を見る。貴族の、どこか軽そうな男。その男が言う。
「え、なに? ホントに男と来てたんだ。てっきり女の子同士かと思っちゃったよ」
レインが言う。
「彼女は私と食事中だ。悪いが……」
「勝負しようよ」
「なに?」
レインの言葉を遮るように男が言った。少し驚くレインに続けて言う。
「この子気に入っちゃったんだ。だからこの子を賭けて僕と勝負しない?」
「ちょ、ちょっとあなた、なに言ってるのよ!!」
それを聞き怒り出すエスティア。しかしレインは意外な返事をした。
「勝負? いいだろう。私は彼女を賭けた全ての挑戦を受ける」
「はっ? はあああああ!!??」
驚くエスティアが信じられない顔をしてレインを見つめた。
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