30.『これでいい』
『さあ、これをつけてごらん』
かあああと顔が赤くなる。
エスティアは下着屋の店内で周りをきょろきょろ見回し、誰にも見られていないことを確認しひとり安心した。そして少し大人っぽい下着を手にしながら、『レインが甘い声でささやきながらそれを付けてくれる妄想』を直ぐに掻き消した。
(な、何を考えているの、私っ!! し、下着なんてものは自分で選んで自分でつけるもの!! ど、どうして男の人にそんなことさせようなんて想像してるのよ!!!)
しかしエスティアは同時に別のことも考える。
(で、でも、大人の人の恋愛って、ちょっとは違うのかな? わ、私が考えるよりももっとえっちなこととか、凄いことなんかをしているかも……)
エスティアは少し年齢の離れたレインを想像する。そして更に顔を赤くして思う。
(だ、駄目よ! これ以上変なことを考えては。は、早く下着を選ばなきゃ)
そう言ってエスティアは普通の下着を手に取って試着室へ向かった。
「よし、これで大体いいわね」
エスティアは幾つかの下着の試着を終え、それをかごに入れてカウンターへと向かう。
(はあ、なんかちょっと疲れたけどこれでいいわ。それにしても、やっぱり胸パッドがあると下着選びも大変だよ。今更後に引けないけど、依頼達成の為にこれも仕方ないことと割り切ろう……)
エスティアは歩きながらガラス越しに外で待つレインを見た。『下着選び一緒は無理』と言われ大人しく外でひとり待つレイン。ただいつの間にかひとりではなくなっていた。
(な、なに、あれ? 誰と話してるの?)
レインの周りにはいつの間にか王都の女学生らしき女の子数人が集まって来ており、レインと何か楽しそうに話している。女の子達は目をキラキラ輝かせてレインに話しかけている。エスティアが思う。
(な、何してるのよ、一体っ!! 私とデートに来てて他の女の子と楽しそうに話をするわけ? やっぱり暗殺だわ!! 暗殺、暗殺、暗殺、絶対に殺してやるんだから!!!)
エスティアは怒り心頭で急いでカウンターに行く。そして支払いをしながら思う。
(暗殺暗殺暗殺暗殺……、私とのデートをなんだと思って……、ん、あれ? 私なんか嫉妬してない? うそ……、嫉妬なの、これ……?)
エスティアはお金を払いながらまだ女の子と話をするレインを見つめた。
「エスティア!」
買い物を終え店から出てきたエスティアにレインが声を掛けた。そしてその周りにいた女学生達からの視線が注がれる。少し落ち着いたエスティアは彼女達の視線を浴びながら近づいた。女学生のひとりが言う。
「えっ、この人が待っていたっていう女の人!? なんか普通……」
「お、おい!」
驚くレインをよそに別の女学生が続ける。
「普通って言うより地味ねえ。顔は地味だし背は低いし。雰囲気なんか暗いし。本当にこんな人が『お付き合いされている方』なんですの~?」
その女学生、超短い制服のスカートに、天然の巨乳。金色のカールを巻いた綺麗な長髪。雰囲気からしてどこかの貴族の令嬢であることは間違いなかった。エスティアが思う。
(か、顔が地味で普通。暗いオーラ。うん、腹立たしいけど全て否定はできないわ……、そりゃ、貧乏貴族で売り飛ばされて、その後ずっと暗殺者訓練受けていればこうなるよね……)
エスティアはそのあまり自分と年齢的に大差ない『別世界の女の子達』を見て思った。
「君達……」
そんな彼女達にレインが真面目な顔をして言った。
「彼女は私の大切な人。どんな理由があろうともそれ以上言うのならば私が許さない」
そう言ってレインがエスティアの隣に行きそっと腰に手を回す。エスティアが顔を赤くして思う。
(え、ええ、い、いきなり『彼氏面』!? ま、まあ、お付き合いしているんだからそれは仕方ないとして……、いや、でも、こういうのって超恥ずかしいよおお!!)
レインに言われた女学生は顔を真っ赤にして言い返す。
「な、なんでよ!! 私の方が可愛くて、性格も良くて、スタイルもずっと良いのに!! どうしてよ!!」
レインが爽やかな笑顔で応える。
「ならば私なんかよりもっと素晴らしい男性を見つけて欲しい。私はこれでいい」
そう言ってレインはエスティアの腰に回した手に力を入れ自分の方へ引き寄せる。エスティアは一瞬どきっとしながらも思う。
(はっ? これでいい? それってなんか『けなして』ない? まさか褒めてるの? ちょっと意味が分からないんだけど……)
「もういいわ。行きましょ」
「え、でも……」
興奮した女学生が言う。他の女の子達は少し名残惜しそうにレインを見つめてからその後について行った。
女学生達が立ち去るのを見つめるふたり。先程の言葉にいまいち納得がいかないエスティアだったが、レインが次に話した言葉を聞いてそんなことはどうでも良くなってしまった。
「すまない、気を悪くさせてしまって。でも、これだけは覚えておいて欲しい。私は君に会う為にこの世に生まれてきたんだ」
爽やかなイケメン。風になびく金色の髪。レインが笑顔をエスティアに向けて優しく言う。エスティアがちょっとどきどきしながら思う。
(す、凄い歯の浮くような言葉をサラリと……、ま、まあ、いいわ。許してあげる。私の魅了大作戦にしっかりはまっているようだし。……とは言え、魅了ってあんまり具体的には何もしていないんだけどなあ、胸パッドぐらい? ……あれ? 胸パッド?)
エスティアは自分の凹凸の少ない胸に手を当てる。そして思い出す女学生の言葉。
――スタイルだって私の方がずっといいのに!!
(ああああああ!!! む、胸パッド、試着室に忘れたあああああ!!!!!)
エスティアはその大切な魅了道具を取りに駆け足で店内へと戻った。
店内に戻り無事『胸パッド』を回収したエスティアは、そのまま何も知らないレインと街を歩く。エスティアはレインにコートに付いたフードを被って欲しいと頼んでおいた。不思議がるレインにエスティアが言う。
「目立つから。みんな『勇者レイン』を見ようと視線を向けてるの。私、目立つの嫌いなので……」
レインは分かったと言ってそれに応じてくれた。フードを被ったせいかあまり注目を浴びなくなったレイン。
安心したエスティアに、先に感じた見知った気が近付いて来るのを感じた。
――これは、この気は……、『ラクサ姉さん』?
それはバルフォード家で一緒に育った義姉ラクサのもの。人通りの多い通りの中でゆっくりとエスティアの方へと近付いて来る。エスティアが思う。
(どうしたの、一体? 暗殺者は依頼中はあまり同胞でも会うことはないと言うのに……)
以前の義姉シャルルとは違い、確実に自分の意志を持って近付いて来る。そして真正面にその姿を捉えた。
――ラクサ姉さん
ラクサは敢えてエスティアに視線を合わせないようしながら近付いて来る。
無言のふたり。
そして会話を交わすことなくすれ違う。
(ふう……)
ちょっとした緊張を感じたエスティア。何事もなくすれ違ったはずだったが、気が付くと持っていた鞄に何やら紙切れが挟まれている。エスティアはレインに気付かれないようにそれを服のポケットに入れた。レインが言う。
「エスティア、そろそろお昼にしないか」
「え、あ、はい!」
少し驚いたエスティアが笑顔で返事をした。
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