29.ふたりでお買い物?
朝食の為に食堂へ向かうレインとエスティア。
エスティアはレインの後ろを歩きながら小さな声で言った。
「あ、あの、レインさん……」
「なんだい?」
レインが立ち止まって振り返り答える。エスティアが顔を赤くして言う。
「あ、あのぉ、そのぉ……、わ、私達が、そのぉ、お、お付き合いをしていることはまだ、その、みんなには内緒にしておいた方がいいかなと思って……」
顔を赤くして言うエスティアにレインが不思議そうな表情で尋ねる。
「何故だ? もう話したぞ。隠す必要はないと思うが」
「え、えええっ!!!」
(も、もう話したって……、どどど、どうしよう……、そんな急に、は、恥ずかしい……)
「まあ、表立って外に言う必要はないが、ローラン達は仲間。話すべきだと思うが」
「そ、そうですね……」
困った顔をするエスティア。レインは笑顔でそのまま食堂へと歩き出した。
「おはよう」
レインは食堂に着くと既に椅子に座っていたふたりに挨拶をした。エスティアもそれに続いて食堂に入り挨拶をしてから席に着く。
「……」
沈黙。そして流れる妙な空気。
レインだけが相変わらず爽やかな笑顔でいるが、間違いなくいつもの雰囲気とは違う。そんな沈黙を破ってローランがエスティアに言った。
「ねえ、あんた。レインと付き合ったって本当かい?」
皆の視線がローラン、そしてエスティアに向けられる。顔を少し赤くしてエスティアがそれに答える。
「はい、一応……」
「うわー、エスティアちゃん、本当だったんだ! 凄い凄いっ!!」
朝食の準備をしていたティティが嬉しそうに言う。
「はあ……」
ローランが息を吐いてからエスティアに尋ねる。
「あんた、それ無理やりじゃないよね? もしそうだったらパワハラだよ?」
「ローラン、私はそんな強要はしない。男としてそんなことは……」
「あんたに聞いてないよ! 黙ってな」
口を挟んだレインを一喝し、視線をエスティアに向けるローラン。エスティアが答える。
「強要は、されてません。大丈夫です……」
「エスティアぁ……」
もうすでに涙を流しそうなマルクが情けない声で言う。ローランが言った。
「まあ、それならいいけどね。じゃあ、これまで通り仲良く頼むよ」
「ああ。もちろんだ」
レインが笑顔で言った。
「ああ、美味い。ティティの食事はいつ食べても最高だな」
レインはいつも通り美味しそうに食事をする。エスティアは何故か慣れたこの場所での食事に緊張し、何を食べてもほとんど味を感じなかった。一通り食事を終えた皆にレインが言った。
「そうだ。今後の我々の方針について話しておこうと思う」
皆の視線がレインに集まる。
「今後は魔王討伐を目標とする」
その言葉に頷く一行。ローランが尋ねる。
「そうだね。まあ、そうなるわね。レインにとっては以前負けたリベンジにもなるんだよね?」
レインが首を振って答える。
「いや、正直魔王なんてどうでもいい。前回も依頼されたので仕方なしに行った。まあ、負けてしまったんだが」
「どういう意味だい?」
ローランが顔をしかめて言う。
「魔王がこの世界を亡ぼすと言うのならば、それは私とエスティアの生活を邪魔すると言う意味。それは容認できない。だから魔王を倒す」
「へ? へええええ!?」
エスティアがレインを見て思う。
(ちょ、ちょっと、この人、何言ってるの? い、意味が分からないんだけど!? わ、私との生活の邪魔をするから魔王退治って、ま、魔王ってその程度の存在なの? 一体どういう感覚をしているんだろう? 私はあなたを殺そうとして……、あっ、そ、そうだわ、それよりちょっとびっくりしちゃってたけど、こんなこと言われた時女の子って、ど、どう反応すればいいのかな……? とりあえず喜んでおけばいいのかな?)
「あんたさあ、なんか観点ずれてないかい?」
ローランが呆れた顔をしてレインに言う。そしてエスティアを見て続けて言った。
「エスティア、あんたもそんなだらしない顔して笑ってんじゃないよ。魔王だよ、下手すりゃあ一瞬で消されるかもしれないんだよ?」
「は、はい……、そうですよね……」
エスティアは無理して嬉しそうな表情を作っていたのを指摘され下を向いて落ち込んだ。レインが言う。
「大丈夫だ、ローラン。今度は本気を出す」
レインは自信に満ちた表情をして皆に笑顔で言った。
(はあ、何か思っていたのと違う展開になっちゃって……、これで良かったのかな?)
部屋に戻ったエスティアはひとり鏡を見ながら思った。
(と言うかエスティア、あなた。喜んでるでしょ?)
エスティアは鏡に映った自分の顔を見て尋ねる。
(……喜んでる。うん、でもそれは依頼を達成する為。対象をよく知りしっかり見極める為。その為だったら一緒に過ごすことや、キスのひとつやふたつ……)
そう思ったエスティアの顔が一瞬で赤く染まる。
(キス、キス、キス……、ま、まあ、悪くはないわね……、向こうから強引にされるんだし、そ、それに私の『魅了大作戦』の一環だから、いいのよ。それで……)
エスティアはまんざらでもなかったレインとの口づけに、自分なりの理由をつけて納得させる。
「さて、今日は依頼もないし、あ、そうだ。今日は王都街に買い物に行かなきゃ」
エスティアは気分転換のついでに王都街に買い物へ出掛けることにした。買わなければならない物がある。
すぐに身支度をして部屋を出る。そして居間にいるレインに声を掛けられた。
「ん? エスティア、外出か?」
ちょっとドキッとしたエスティアが答える。
「ええ、王都街に買い物に……」
「私も行こう」
「へっ?」
エスティアの返事を聞く前にレインはそう言って自室へ戻ると、すぐに服を着替えて戻って来た。
「さあ、行こうか」
「はあああぁ?」
驚くエスティア。レインが言う。
「ひとりで行かせるのは危険だ。私が一緒に行くから安心してくれ」
「い、いや、そのくらいはひとりでも……、ひゃっ!?」
レインはエスティアの両肩を掴んで顔を近づけて言った。
「君の傍に居たい。君を守りたいんだ」
「は、はい……」
エスティアはイケメンのレインに見つめられて心臓がドキドキしてしまい、小さく返事をするのが精一杯であった。レインが笑顔になって言う。
「良かった。さあ、行こうか」
そう言うとレインは嬉しそうに歩き始める。
(ま、まあ、いっか。何か秘密を得られるかもしれないし)
エスティアはそう思ってレインの後について歩き出した。
(それにしても本当にいい男よね、客観的に見ても……)
すらっとした長身、金色の髪。それが日差しを浴びて輝いている。笑っていても黙っていても女性を魅了する奇麗な顔。街を歩いてると至る所から女性の視線が注がれる。
地味な服を着たエスティアは少し距離を取りながらレインの隣を歩く。
(め、目立つわ、レインと一緒って……、私は目立っちゃいけない暗殺者。で、でも、本当にみんな見てるううううぅ!!!)
王都街に入り人が増えれば増えるほど視線がレインと、その横を歩くエスティアに向けられる。ただ違うのはレインにはうっとりするような甘い眼差しが向けられているのに対し、エスティアには嫉妬にも似た冷たい眼差しが向けられている。エスティアが思う。
(彼は気付いているのかな? 一体自分がどれだけの注目を浴びているのか。まあ、いいわ。それより、買い物……、って、ああっ!!!!)
エスティアは王都街を歩きながらとんでもないことを思い出した。それを考え全身から汗を出すエスティア。意を決し横を歩くレインに近付き小声で言った。
「レ、レインさん、その、実は今日は、下着を買いに来たんです……、だからこれ以上は……」
エスティは顔を真っ赤にして下を向いて言った。レインが言う。
「だ、大丈夫だ、私は気にしないから」
(い、いや、違うでしょ!! あなたじゃなくて、『私』が気にするのっ!!! お、おかしいでしょ、男の人が女の子の下着を一緒に買いに行く……、ん? でも待って。私達お付き合いしているんだよね……、も、もしかして、お付き合いしたら下着も一緒に選んだりするの!? 『これをつけてごらん』とか言って、か、彼が選んだ下着を私が、し、試着して……、あああああ!!! ダメえ!!! わ、私、胸パッドだったわあああああああ!!!!)
「だ、駄目ええええ!!」
エスティアが声に出して言う。それを聞いたレインは一瞬驚いた表情を見せてから言った。
「ごめんよ、無理はさせない。私はお店の外で待ってよう」
笑顔のレインを見てエスティアは小さく頷いて言った。
「は、はい、すみません……」
下を向いて恥ずかしがるエスティアに、一瞬『見知った気』が向けられた。
(誰!?)
ほんの一瞬。
あまりにも早く消えたその見知った気に戸惑うエスティア。
――誰かいるの?
エスティアは不安になりレインに少し近付いて周り、そして過行く人達を見回した。
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