第二章「勇者、溺愛しすぎ!!」
28.妄想の朝
「あなたは、誰?」
エスティアは目の前に現れた美しい女性に向かって言った。女性が答える。
「私? 私は大切な人よ。そんなことより、どうしたの? 困った顔をして」
エスティアは面識がないにもかかわらず、不思議と彼女には何でも心から話せる気がした。エスティアが言う。
「レインさんと、その、お付き合いをする事になったんだけど……」
「良かったじゃない、嬉しいんでしょ?」
「え、ええ、まあ、嬉しいわ。でも、いいのかなあって思って」
「どうして?」
女性が不思議そうな顔をして尋ねる。
「どうしてって、彼は勇者なのよ。勇者レイン。私は親に売られたような何の取り柄もない女。私と彼じゃ釣り合わないわよ、絶対……」
「誰が決めたのよ、そんなこと」
「誰って、私が思って……」
「どうでもいいじゃない、そんなこと」
「そ、そんなこと言われても……、彼だって……」
女性が言う。
「誰かを好きになるのに身分とか必要なの?」
「そ、それは……」
「でしょ?」
「でも、私は彼を殺そうとしているんだよ。いいの、それで?」
「ねえ、それ聞きたかったんだけど、本当に殺すつもりなの?」
エスティアは少し戸惑ってから答える。
「それは、分からない。でも一緒に居て彼が非道な悪行を行っていることが分かればやらなきゃならないわ」
「やってなかったら?」
エスティアは固まって、少し考えてから答えた。
「見つかるまで探す」
「何それ……」
女性は呆れた顔で言う。エスティアが答える。
「だって、私は暗殺者なのよ? 私の使命は……」
「自分の心のままに生きて見たら?」
「えっ?」
女性はエスティアの話を遮るように言う。
「そんなくだらないしがらみや思い込み、みんな取り払って生きてみればいいじゃん」
「そんな簡単にはいかないよ。そんなことしたら私……」
そう言い掛けたエスティアに女性が近づいて頭を撫で始める。
「えっ?」
「好きでしょ、これ?」
「うん……」
エスティアは不思議と頭を撫でられるの心地良く、そして懐かしく思った。
「あ、あの……」
エスティアが声を掛けようとすると女性が先に言った。
「さあ、もう朝よ。目覚めの時間。頑張ってね……」
「あ、ちょっと、待って、待ってよ……」
エスティアは自分の意識が薄くなっていくのを感じた。
(あれ、夢だったの……)
エスティアはベッドの上で目が覚めた。
柔らかな日差しが部屋を明るく照らしている。静かな朝。窓の外からは小鳥の声が聞こえてくる。
(誰だったのかしら、彼女……)
エスティアは夢に出て来た美しい女性を思い出し考える。
(会ったことも見たこともない人。美しい人。でも私は彼女を知っている)
エスティアはその女性について何故か見知っていることを不思議に思った。それに何の根拠もない。でも確信している。
(いつかどこかで会えるのかな……)
エスティアはそう思いながら窓の薄いカーテンを開ける。
まぶしい光が部屋に入る。清々しい朝。そんな清々しさとは逆に、エスティアは昨夜のことを思い出す。
(私、またキス、しちゃったんだよな……)
エスティアは昨晩の少し強めの口づけを思い出し顔を赤くする。未だ唇に残るレインの感覚。自分を強引に引き寄せる強い腕。
(お付き合いしちゃったってことは、私って、彼のもの……!?)
エスティアは急に色んな想像を始め慌て始める。
(キ、キスをしちゃったでしょ? っていう事はこの後、ふたりでどこかに出掛けたり、カフェでお茶……、そ、それって、デ、デートだよね!?)
エスティアはレインの腕を組み街を歩く姿を想像する。
(わ、私、お、乙女じゃん……、恋する乙女じゃん、それ……、そして、そうだわ、キスもデートもしたら、その後は……)
エスティアは自分の体を自分で抱きしめるように手を回す。そして顔を赤らめてその妄想を否定する。
(ダメ、ダメ、そんなこと! 私は、私は、まだそんな気持ち、心の準備が……)
そこまで妄想したエスティアはある物が目に入り顔が青くなった。
――げっ、しまった!! 『胸パッド』のことバレたらどうしよう!?
化粧棚に置かれている乳白色の胸パッド。寝る時には外して置くのだが、無論レインは彼女がそんな物を付けているとは知る由もない。
(む、胸パッド、もし知られたら、私、嫌われちゃうかな……、嫌われちゃうよね……、だって騙してるんだから)
エスティアは胸パッドを見つめて思う。
(彼は私のニセモノの胸にも当然興味あるよね。男の人だもん、そりゃあって当然だよね……)
エスティアはため息をつきながら考える。
(キスや抱きつかれるのは良しとしよう。でもそれ以上は無理。特に胸に触れられるのだけは絶対避けなきゃ!! でも……)
エスティアは窓の外を見つめて思う。
(もし求められたら、どうしよう……、最初は断ってもいいけど、そう何回もそれを繰り返したら嫌われちゃうかな……。じゃ、じゃあ代わりにお尻を触らせたらどうかしら? 男の人はお尻も好きって言うし!!)
エスティアはお尻を上げてレインに触らせる姿を想像し顔が真っ赤になる。
(きゃー、それじゃあまるで痴女じゃん!! 変態だよおおおぉ!!! ああ、どうすればいいの、私?)
ひとしきり妄想し、それに疲れたエスティアがベッドから起き上がる。
「馬鹿なこと考えてないでとっとと支度しよ。その時はその時よ」
エスティアは手際よく朝の支度を終えると朝食の為に食堂へ向かった。
ガチャ
自室のドアを開けるエスティア。
そしてそこに居た人物を見て心臓が口から出るほど驚いた。
「レレレ、レ、レインさん!?」
エスティアの部屋の前には爽やかな笑顔のレインが立っていた。レインが言う。
「おはよう、エスティア」
「お、おはようございます。レインさん……、どうしてここに?」
エスティアは声が震えるほど動揺しながら尋ねた。
ドン!!
「ひゃっ!?」
レインは壁にいたエスティアの顔の横に手をついてじっと顔を見つめる。
(か、壁ドンじゃん!! きゃああ! こ、これが壁ドン! かかかか、壁ドンだよおおおおぉ!!!)
レインが言う。
「君に会いたくて、君の顔が見たくて、……ごめん。ずっと待っていた」
そう言ってレインは右手で優しくエスティアの頬に当てる。エスティアが思う。
(来ちゃったよ、来ちゃったよ!! いきなり『その時』が来たよおおおおお!!!)
エスティアは成す術なく体をこわばせる。そして目を閉じた。
チュッ
(えっ!?)
レインはエスティアの頬に軽く口づけするとはにかんだ顔で言った。
「おはようのキスだよ。今日も君に会えて嬉しい」
「は、はい……」
エスティアはまた全身の力が抜けていくのを感じた。レインが言う。
「さ、ご飯に行こうか」
「は、はい……」
レインはそう言ってエスティアの頭を撫でた。
(あ、これ……)
頭を撫でられたエスティアの体に心地良い電流のようなものが流れる。それはエスティアを落ち着させ、心からの安らぎを与えてくれる。
食堂へ歩き出すレインの背中を見てエスティアが思う。
(どうしてあなたはそんなに私の事を知っているの……?)
エスティアはレインに遅れない様にちょっと駆け足で後を追った。
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