26.勇者レインの仲間
「エスティアさん……」
建物のエントランスでひとり立つエスティアにマリアが声を掛ける。エスティアが尋ねる。
「二階へ上がる階段は中央の階段ひとつですか?」
「ええ、そうですが……」
マリアが不安そうに答える。エスティアがマリアに言う。
「子供達と一緒に二階へ避難してください。そしてその階段にできるだけ机や棚を置いて誰も上がれないように、お願いします!」
驚くマリアが言う。
「で、でも、それじゃあ、あなたが……」
エスティアが汗を流しながら言う。
「魔物の数が多いんです。レインさんが駆けて行きましたがひとりではとても無理な数。必ずここへもやって来ます。ここは私が死守します!」
「エスティアさん……」
心配するマリアにエスティアが笑顔で得言う。
「大丈夫。私も『勇者レインの仲間』です。負けませんから!!」
マリアは理解をした顔をして息を吐くとエスティアに言った。
「ありがとう、でも無理をしないでね」
そう言ってマリアは建物の中に戻り子供達を二階へと避難させる。エスティアは両手にナイフを握り精神を集中させる。
(死臭のような気配、アンデッド系かしら……)
エスティアが精神を研ぎ澄ます。
遠くの方で強い覇気が発生し、周りにいる邪気を次から次へと消して行く。
――レインさんが戦っているんだわ。
圧倒的な強さのレイン。
その覇気は衰えることなく戦場を駆け巡る。ただ、やはり敵の数が多い。そしてエスティアがナイフを持つ手に力を込めた。
「ガガッ……」
(来た! あれは……、ゾンビ……、えっ!? ゾンビナイトもいる!!)
意志を持たず生きる者をただ闇雲に食らうゾンビ。
そしてその上位種であるゾンビナイト。未練を残して死んだ騎士がゾンビ化した姿。騎士の鎧を着用し、大きな剣を持つ強敵。エスティアは気配を殺して相手を見つめる。
ガンガン、ガーーン!!!
養護院の鉄格子の門が破壊される。
それと同時にゆっくりと敷地内に侵入するゾンビ達。エスティアは気配を消し敵の数を数えながら死角から斬り込む。
シュンシュン、シュン!!
目にも止まらぬ速さでゾンビ達を斬りつけるエスティア。
(火神フレイムの契約により発動せよ! ファイヤ!!!!)
頭の中で魔法を詠唱し、そしてゾンビが苦手な火魔法を続けて放つ。
「グギャアアアアア!!!!」
倒れたゾンビの群れに燃え上がる炎の柱。エスティアは休むことなくまだ息のあるゾンビに肉薄し斬り裂いていく。
「凄いよ、あのお姉ちゃん!!」
「さすが、レイン兄ちゃんの恋人だね!!」
二階の窓から見ていた子供達がエスティアの戦いを見て感嘆の声を上げる。
(くっ、魔法力が持たない……、もっと魔法もしっかり練習しておけばよかった……)
どちらかというと苦手な魔法。普通の人から見れば十分通用するエスティアの魔法であったが、ナイフが得意な分どうしても魔法が見劣りする。
カン!!
(えっ!?)
突然エスティアのナイフが何かによって弾かれ、空中を回転しながら地面に突き刺さった。
「ゾンビナイト……!!」
そこには炎の中を歩いて来るゾンビナイトの姿があった。
特殊な鎧を着ているせいか炎も効かない。エスティアは額に汗を流しながらもう一本のナイフを構える。
(どこまで行けるか……、でもやるしかない!!)
エスティアは持てる力を振り絞ってゾンビナイトに突入する。
カンカンカン!!!
エスティアの素早いナイフを次々と弾くゾンビナイト。そして敵は一瞬の隙を突いて鋭くエスティアに斬り込んだ。
ズン!!!
「きゃ!!!」
隙を突かれたエスティアの右太腿にゾンビナイトの剣が命中。
「ぐっ……」
右太腿を真っ赤な鮮血が流れる。エスティアは痛みを感じると同時に、建物のエントランスに向かうゾンビの群れを見て走り出す。
「はああああっ!!!」
痛みを我慢してナイフでゾンビ達を切り裂く。そしてエントランスの前に仁王立ちして叫んだ。
「ここは、私が通さないっ!!!!」
「エスティアさん……」
二階から見ていたマリアが涙を流しながらエスティアの名前をつぶやく。
ゾンビ達が倒れる中、ゾンビナイトが大きな剣を持ってゆっくりとエスティアの方へと歩み寄る。
「火神フレイムの契約により発動せよ! ファイヤ!!!」
エスティアが真正面から火魔法を放つ。
ゴオオオオオオ!!!!
しかし特殊な鎧のせいで魔法がほとんど通じない。エスティアは力を振り絞りナイフを持って斬り込む。
カンカンカン、カーーーーン!!!
「くっ……」
まるで歯が立たない。
暗殺者にとって白昼での正面対決は得意とするところではない。暗闇に紛れて一撃で仕留める。それが暗殺者の最も得意とする攻撃。毒殺もできず、心臓を貫いても動くゾンビは暗殺者にとって最も相性の悪い相手。通常ならば『逃げの一手』である。しかし思う。
(私も勇者パーティのひとり。子供達を置いて逃げることなんてできないわ!!!)
「グゴオオオオオ!!!!」
ゾンビナイトの長剣がエスティアの頭上に振り下ろされる。
カン!!!
(しまった!!!)
エスティアはナイフでその攻撃を受け止めたが、その重い一撃に持っていたナイフを弾き飛ばされてしまった。ゾンビナイトがゆらりゆらりと揺れ始める。そして剣を振り上げた。
(どうする、どうする!! 逃げ続けても子供達が危険にさらされる。でも今の私じゃ……)
そう考えているエスティアに振り上げられる長剣。その瞬間、ゾンビナイトの体が袈裟斬りのように真っ二つに斬り裂かれた。
「グギャアアアアアア!!!!」
ゾンビナイトは悲痛な叫び声を上げて倒れ、そしてボロボロと崩れ出した。
「エスティア!!!」
その後ろには剣を振り下したレインの姿があった。
「レインさん……」
エスティアは気が抜けてその場に座り込んだ。すぐにエスティアの元に駆け付けるレイン。そしてその体を抱き寄せ全身の傷、特に太腿の傷を見て声を上げる。
「酷い傷だ。すまない、遅くなってしまって……」
エスティアが答える。
「私も勇者レインのメンバーですよ。このくらいはやらないと……」
「エスティア……、ありがとう。本当にありがとう……」
レインは傷ついたエスティアを抱きしめ、そして小さくその名をつぶやきながら涙を流した。
「気を付けてね。レイン兄ちゃん、エスティアお姉ちゃん!!」
ゾンビ達を一掃したレインとエスティアのふたり。夕方過ぎ、養護院を出発するため皆に挨拶をする。
「また来ます。みんなをよろしくお願いします」
「はいよ、あなたも気を付けて」
レインの挨拶にマリアが答える。続けてエスティアへも言葉を掛ける。
「エスティアさん、本当にありがとうね。その傷、早く治ると良いわね」
「はい、こちらこそ……」
エスティアは恥ずかしそうに答えた。
エスティアはゾンビとの戦いで破れてしまった服の代わりに、養護院の一番大きな女の子の服を貸して貰ってきている。ただ、
(いや、これちょっと小さいでしょ、やっぱり……、ちょっと動いたらパンツ見えちゃうし……)
小柄なエスティアとは言えさすがに養護院の子供服は小さい。スカートもミニスカートのようになってパンツは見えそうだし、白い足も惜しげもなく露出している。
マリアの服は大き過ぎて着られなかったとはいえ、この服では歩くだけでも恥ずかしいとエスティアは顔を赤くした。
「ばいばーい!!!」
子供達の見送りを受け王都へと帰るふたり。
空はオレンジ色からだんだんと暗くなり始め、東の空には明るい星が輝き始めている。暑かった日中の空気と入れ替わり、涼しい風が辺りを包み込む。
しばらく無言のふたり。
前を歩くエスティアがレインに言った。
「ねえ、レインさん」
「なんだい、エスティア」
エスティアは一呼吸ついてから言った。
「ソフィアさんって、誰ですか?」
「えっ?」
レインは突如言われたその名前に少しだけ驚き、振り返って自分を見つめるエスティアを見た。
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