25.レインの過去

「エスティア。これは一体どういうことなのか説明して貰おうか」


 人身売買との密会だと思いレインの外出をこっそりとつけ、訪れた建物に居たところを見つかったエスティア。

 レインに建物内の部屋に案内されて黙って椅子に座る。向かいにはひとりの品のいい老婦が座っている。エスティアは下を向いて話始める。



「ごめんなさい。私……、その、レインさんが時々出掛けるのを見て、どこへ行くのか知りたくて……、本当にごめんなさい。黙ってこんなことを……」


 嘘ではなかった。

 本当にレインがどこで何をしているのかを知りたかった。さすがにそれを暗殺する判断にしようとまでは言えなかったが、レインについて知りたかったのは事実である。


 話をしながらエスティアの目に自然と涙が溢れ出す。周りに集まってその様子を眺める子供達。エスティアはその子供達を横目で見ながら、今はもうここで人身売買の密会が行われているとは思わなくなっていた。レインが言う。



「もういいよ、エスティア。君が嘘を言っているとは思えないし、皆にちゃんとこのことを話していない私にも責任がある」


 そのレインの言葉、その一言一言がエスティアの胸に突き刺さる。レインが老婦に言う。



「マリアさん、彼女はエスティア。少し前に私のパーティに入って貰った女性です」


 そう言ってレインはエスティアをマリアと呼ばれた老婦に紹介した。マリアは笑顔で言った。


「そうかい。レインの仲間ならお強いんだろうね。レインをよろしく頼むよ」


「あ、はい……」


 エスティアは背をぴんと伸ばして返事をした。レインが言う。



「じゃあ、ここの話をしようか」


 エスティアがレインの方を向いて真剣な顔をする。レインが話始める。



「見ての通りここは養護院。戦争や魔物に襲われて親のいなくなった子供が集まる場所だ。そして、私もの出身だ」


「えっ!?」


 エスティアはその言葉を聞いて心から驚いた。



(勇者レインが、孤児? この品の良い紳士のような男の人が、貴族じゃなくて孤児だったってこと!?)


 レインが続ける。


「両親を失った私はここに引き取られ、マリアさんに育てられたんだ。いわば彼女は私の育ての親。そして少しばかり名を上げてからはここに運営資金や必要な物資なんかを寄付している」



(あっ!!)


 エスティアは以前同じようにレインを尾行して、王都の少女用の服屋に入ったレインを思い出した。


(だから、あんなにたくさん少女用の服を買って……、私、物凄い勘違いをしていたの……?)



 マリアが言う。


「レインが養護院ここの運営資金を持って来てくれるようになって、本当にたくさんの子供達がきちんと人として生活できるようなったんだよ。本当に感謝してるわ」


 マリアが笑顔でレインに言った。


「私なんて、まだまだです。ここで受けた恩を少しでも返したいだけです」


 レインが謙遜して答える。それを聞いたエスティアがレインに言う。




「ど、どうしてそう言ってくれなかったんです? ひとりで黙って支援なんて……、みんなだって何か手伝いができたかもしれないじゃないですか!!」


 レインは少し窓の方を見て小さく言った。



「は、恥ずかしいだろ。そんなこと……」



(えっ!? は、は、恥ずかしい!!?? あのサーペントドラゴンを一撃で倒す勇者が、は、恥ずかしいですって!?)



「ぷっ、ぷぷっ……」


 その言葉を聞いてエスティアが思わず吹き出しそうになる。それを見たレインが言う。


「ほ、ほら見ろ。きっとそうやって笑われるんだ……」



(ええっ!? ち、違うでしょ! 支援をしていること笑ったんじゃなくて、あなたのその行動よ、面白いのは!! 陰でこそこそ少女の服とか買ったり……)



 エスティアが心の中で笑っていると、奥の部屋から子供達がやって来てレインに言う。



「レイン兄ちゃん、遊ぼうよ!! 戦いごっこやろうよ!!」


「あ、い、今は……」


 そう言おうとしたレインにマリアが言う。



「行っておあげ、レイン。エスティアさんにはあと私から話して置くわ」


「え、ええ。すみません。じゃあ」


 そう言ってレインは子供達と一緒に外へと走り出した。マリアは立ち上がるとキッチンの方へ行き水の入ったグラスをエスティアに差し出した。そして言う。



「こんなものしかなくてごめんよ」


 古びたグラス。清潔に洗われてはいるが随分と使い古されたグラス。エスティアが水をひと口飲んで言う。


「いえ、お気になさらずに……」


 貧しい家で育ったエスティアにとってこの程度のことは全く問題じゃなかった。マリアが言う。



「貧しくてねえ、レインが子供だった頃。本当に何もなくて……」


 黙って聞くエスティア。



「たくさんの子供がやって来たけど、そのうち少なくない子供が飢えで死んでいったの……」


「えっ、それって、レインさんも……」


 マリアが息をついてから答える。


「ええ、あの子も痩せ細って、いつ死ぬか分からないような日々だったわ」



(そんな……、食べ物がなくて死んだなんて……、それって酷い環境じゃん……)


 エスティアも貧しかった。

 しかし貧しいながらも、お腹を空かすことはあっても、貴族であるエスティア達が飢えて死ぬことはなかった。マリアが言う。



「レインは子供ながらに頭のいい子でね。『子供達がお腹を空かせて死んでいくことは絶対にあってはならない』とか自分も子供なのに大人みたいなことを言って……」


 マリアの目が赤くなる。


「その上凄く強くて、子供ながら魔物退治とかしちゃうんだよ。知らないところで訓練したんだろうね、いつの間にか強くなって今では勇者とまで呼ばれるようになったんだ……」



「そう、でしたか……」


 エスティアはあまりにもその優雅なイメージとはかけ離れたレインの過去を聞き、ある種の衝撃を受けていた。生きるか死ぬかと言う自分より厳しい環境。両親も失い、頼る者が誰もいない毎日。その中で必死に自分を鍛え、今の強さを手に入れた。



(お腹が空いた辛さは私にも良く分かる。寂しさよりもずっと辛いよね、空腹って……)


 我慢しているエスティアの涙腺が限界を越え始める。



(だから子供達を援助し、辛い思いをさせたくないと頑張っている……)


 エスティアはふと外で子供達と楽しそうに遊ぶレインの姿が目に入る。



(ねえ、エスティア。聞いていいかな? そんな人がね、そんな優しい彼が……)




 ――人身売買なんてやれると思う?



 エスティアは机に両肘をつき顔を押さえる。それを見たマリアが声を掛ける。



「どうしました、エスティアさん?」


 エスティア両手で目を拭き笑顔で答える。



「何でもないです。本当に何でも……」


 エスティアは止まらない涙を服の袖で何度も拭いた。




 大掛かりな嘘かもしれない。

 これらはもしかして人身売買組織が作り上げた大掛かりな虚構かもしれない。レインが、マリアがその役を演じ、建物に偽りの養護院を作って子供達を住まわせているのかもしれない。


 エスティアは再び窓の外でレインと戦闘ごっこをして遊ぶ子供達を見た。心の底から笑い、レインに懐いている。



(あの子達の笑顔は偽りじゃないわ……)


 例え何も知らされていなくとも、もしここで人身売買が行われている様ならば次々と居なくなる友達に皆不信感や恐怖心を抱くであろう。あんなに無邪気に笑うことはできない。

 食べ物があり、眠る場所があり、心を預けられる誰かが居て初めて見ることができるあの笑顔。


 身分にかかわらず心から笑うことが難しい時代。エスティアは子供達と遊ぶレインを見ながらどんどん自分が優しい気持ちになって行くのに気付いた。マリアが言う。



「エスティアさん、ソフィアのことはご存じでしょうか?」


「ソフィア……、さん?」


 エスティアは初めて聞く女性の名前に首を傾げた。マリアが言う。



「そう、今は一緒に居ないのね」


「あの、ソフィアさんって言うのは……?」


 マリアが答える。



「レインと一緒にここで育った孤児よ。あの子も頭のいい子でね、特に魔法に長けていてレインがここを出て行く時に一緒に彼のパーティに入ったんだよ」


「そうでしたか……」


 全く知らないレインの過去。エスティアは何故かどきどきしながらその話を聞いた。マリアが続ける。



「レインは子供の頃からずいぶんたくさんの女の子に言い寄られていたんだけどね、何故か誰とも深い仲にはならなくて……、だから私がここを出て行く時『ソフィアを幸せにしておくれよ』と言って送り出したんだけど、一体どうなったのかねえ……」



(は? な、何それ……、初めて知ったわ。あいつ、そんなが居たの!!?? みんなに黙って……、ふんっ、真面目そうな顔してるくせに、ちゃんとやることはやっているんだわ!! 汚らわしい!!)



 先程と打って変わり何故かふつふつと沸き起こるやり場のない怒りを覚えるエスティア。不愉快になって来て外で遊ぶレインを睨みつけようとした時、突如体を突き刺すような邪気を感じた。



「エスティア!!」


 外で子供達と遊んでいたレインが真剣な顔をして建物に入って来た。そして言う。



「魔物が現れた!! 私が行ってくる。エスティアはここの子供達を頼む!!」


「わ、分かったわ!!」


 レインはそう言うと颯爽と建物を飛び出しひとり魔物へと向かって行った。エスティアは外にいた子供達を建物内に呼び寄せ、ひとり建物のエントランスに出てナイフを取り出した。

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