23.拠点壊滅、その波紋
「よし止血ができた。大丈夫か、エスティア?」
レインは寝かせたエスティアの腕を持っていた薬で治療。勇者ともなれば携帯している薬も一流品。出血はすぐに治まった。しかし暗闇の中、負傷部が毒の為に紫色に変化していることまでは気付かない。
「あ、ありがとう、レインさん……」
エスティアはレインの顔を見上げると一瞬で顔が赤くなる。先程の強烈な口づけが頭から離れず、どうしても恥ずかしくなり体中が熱くなる。
エスティアはそれを誤魔化そうと無理やり起き上がろうとするが、まだ毒の影響で意識がはっきりしないせいか足元がふらついてしまった。
「きゃあ!」
倒れそうになるエスティア。
それをレインがさっと屈み、腕を出して受け止めた。そして言う。
「心配しないで」
(えっ、ええっ!?)
レインはそう言うとエスティアをお姫様抱っこして立ち上がる。そしてそのまま歩き始めた。恥ずかしさと嬉しさで発狂しそうになるエスティアが、小さな声で言った。
「あ、あのぉ、私、歩けますから……」
思ってもいないことを口にする。レインがそれを笑顔で拒否する。
「無理をしなくていい。心配するなと言ったろ?」
そう言ってお姫様抱っこしながらぐいぐいと階段を上がって行く。エスティアは体中に汗を感じながら思う。
(わ、私、最近ちょっと、太っちゃって、マ、マルクがスイーツばかり誘うから、食べてばかりで。い、いや、重い、かしら……、重いよね、きっと……)
そんな心配とは裏腹にレインは軽快に階段を駆け上がる。レインが言う。
「ローランとマルク、そして国軍も応援としてもう館に入って来ている。ここの人身売買組織はほぼ壊滅だ。後は捕らわれた人がいるか探さなければならない」
「は、はい……」
エスティアはそう返事しながらもレインの逞しい腕に抱かれ、何だか頭がぼうっとしてきてしまう。そして思う。
(男の人に抱かれるのって……、こんなに幸せと言うか、くすぐったいことなんだ……)
レインが声を出す。
「エスティア!!」
「ひゃい!!」
しばらく歩いた後、レインが突然エスティアの名前を呼ぶ。慌てて返事をするエスティア。レインが小声で言う。
「立てるか? このドアの向こうに人の話し声が聞こえる……」
「は、はい。もう大丈夫です。降ろしてください」
そう言われたレインがゆっくりとエスティアを床に降ろす。同時にドアの向こうから聞こえてくる人の声。エスティアが耳を澄ます。
(女の人の声? それに子供の泣き声……? まさか!?)
そう思うより先にレインがドアを蹴り破る。
ドン!!!
明るい部屋、誰もいない。更にその奥に扉が見える。そして女性や子供が泣く声がはっきりとその先から聞こえた。エスティアが動くより先にレインは剣を抜き、扉を斬りつけた。
ドオオオオン!!!
「な、なんだぁ!!??」
そこには数十名の女子供、そして武器を持った数名の男達が立っていた。涙を流す女子供、そして床には子供が倒れている。レインが言う。
「エスティア、頼む!!」
「はい!!」
同時に動く二人。
レインは剣を持ち男達に斬りかかり、エスティアは倒れた子供へ移動しその子を救助。何の打ち合わせもしていないふたりだが見事な連係で敵に対処した。
素早い攻撃に男達は戸惑い、あっと言う間にレインに斬られてその場に倒れた。
「エスティア!!」
レインは剣を収めエスティアの元へ走る。
囚われていたのは人身売買で捕まった女性や子供達であった。男達は突然の奇襲を受け人質の始末をしに来ていたが、寸でのところでレイン達に阻止された。
レインが皆の安全を確認し、そして倒れていた子供を介抱するエスティアの元へ行き膝をつく。そして体が固まった。
「ま、まさか……」
エスティアが治療を止めている。
下を向き、子供を抱きながら涙を流している。レインがその傍へ行き両膝をついて小さな男の子の首に手を当てる。
「遅かったか……」
レインの体から力が抜ける。
後ろでは助けられた女性達がそれを見て流れていた涙が嗚咽へと変わる。レインは無念からか一度強く床を殴ると、両膝をついたままその男の子をエスティアから受け取り抱きしめた。
そしてボロボロと大粒の涙を流しながら小さく言った。
「すまなかった。来るのが遅くなって、痛かったろうに。本当に、すまない……」
レインが動かない男の子を強く抱きしめる。そして皆が見つめる中、誰に憚ることなく声を上げて泣いた。
「レインさん……」
エスティアは見知らぬ男の子の死を前に涙を流すレインを見て思う。
(ねえ、エスティア。今この目の前で泣いている人が、本当に、本当に人身売買をやっているように思える? この涙に偽りはないわよ。こんな人が子供を売り買いすることなんて絶対できないわよ、どう見たって……)
――優しい人だよ、彼……
「レイン!!」
「エスティア!!!」
そこへローランとマルク、そして国王軍がやって来た。エスティアが言う。
「み、みんな……」
囚われていた人達は国王軍が全員保護。男の子は助からなかったが、国が責任を持って親元へ送り届けてくれるとのことだ。
そして人身売買組織の拠点は殲滅。残念ながら幹部クラスの人間はいなかったが、国中を脅かしている人身売買組織に一撃を加えられたことは大きな成果であった。
全員が国軍に保護された後、レイン達も館から引き上げる。レインがエスティアに言う。
「歩けるか? エスティア」
毒の影響もだいぶ薄れてきたエスティアが返事をする。
「はい、大丈夫です」
「無理はするなよ、辛かったら言ってくれ」
「え、あ、はい……」
そう言ってレインは無意識にエスティアの頭を撫でた。
子供のように頭を撫でられるエスティア。レインは無意識で行っているようだがエスティアは何故だか懐かしい感覚を覚えた。
そんなエスティアだったが歩きながらレインの背中を見て暗闇で口づけされたこと、そしてここまでお姫様抱っこされてきたことを思い出し急に恥ずかしくなってきた。
(ロ、ローランさんの照明魔法、明るすぎだよぉ……)
エスティアは真っ赤になった顔を隠すのに、必死になって難しい計算式などを頭に思い浮かべた。しかしそれと同時にある思いが頭をよぎる。
(ここにいた暗殺者、一体何者……?)
少なくともしっかりと訓練を受けた者達。三流の暗殺者ではない。そうまるで、
『私みたい』に。
「なに、ランシールドの洋館が潰された?」
男はその報告を聞いて厳しい顔をして言った。そして尋ねる。
「誰にやられた?」
「勇者レインです」
「勇者レイン、か……、と言うことは……」
報告をしに来たものが言う。
「ええ、彼女もその討伐に参加しています。うちの者も数名やられました」
「そうだろうな……」
それを聞いていた女が言う。
「まあ、仕方ないんじゃない? だってあの子、そんな風には思っていないんだし。勇者パーティに入ったら当然頑張るわよ、人身売買の拠点殲滅なんて」
「分かっている。ただ……」
「ただ……、なに?」
男は窓の外を見て言う。
「今後も今回のように計画の邪魔をするようであれば、方針転をせざるを得ないかもしれない」
「それって、まさか……」
男は無表情で言う。
「ああ、今後の彼女次第だが、エスティアを消す可能性も考えねばならない」
女は心臓をバクバクさせながらその無情な言葉の意味を何度も考えた。
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