21.その依頼、本気?
(朝が来ちゃった……)
エスティアは昨晩のことを思い出して涙が出てきた。
(よりによってレインにパンツで顔拭かせちゃうなんて……、はあ、あの
あまりにも恥ずかしい結末に自分が情けなくなる。更に気を遣ってくれたのかレインは何も言わずに微笑んでいただけと言うのも更に辛い。
ベッドに入りこのまま夜が明けなければいいなと思ったのだが、いつも通りに熟睡しあっと言う間に朝になってしまった。よろよろとベッドから起き上がるエスティア。
(こうしていても仕方ない。起きるか……)
エスティアは朝の支度を整えると、部屋を出て居間へと歩いて行った。
(げっ!!)
そして出て直ぐに最も会いたくないと思っていた人物に会ってしまった。エスティアが引きつった顔で挨拶をする。
「お、おはようございます。レインさん……」
いつも爽やかなレイン。しかし今朝はエスティア同様顔を引きつらせて言う。
「お、おはよう。エ、エスティア……」
(う、うわああああぁ!! めっちゃ意識してるうぅ!!! 昨日のパンツ事件、めっちゃ気にしてるじゃん!!!!)
正直なレイン。エスティアのパンツで顔を拭いてしまったことを気に掛けているのが手に取るように分かる。一方レインはレインでエスティアを見て戸惑いながら思う。
(ど、どうすればいいのか、こういう時は!? 悪気はなかっとは言え、か、彼女のパンツで顔を拭いてしまって……、やっぱりそれは変質者では……)
「あ、あの、そのぁ、ごめんなさい!」
エスティアはどうしていいのか分からずにとりあえず謝った。誰が何と言おうと非は自分にある。レインが顔を赤くして汗を流しながら答える。
「い、いや、私は全然、全く、本当にそんなこと何とも思って、い、いないか、がっ、ぐほっ、ごほっ!!」
(いや、思ってるじゃん!! めっちゃ思ってるじゃん、むせてるし、顔、真っ赤で汗だらだら!! ど、どこが気にしてないのよおおおおぉ!!)
「朝ごはん出来ましたよ~、何してるんですか。ふたりとも?」
ティティの言葉に救われたふたりが、引きつった笑みを浮かべながら食堂へと向かった。
(はあ、何だか最近、本当に自信無くなってきたわ……)
初めて暗殺者一族であるバルフォード家にやって来た時、そして厳しいその訓練を受けている時は何故か『暗殺など容易じゃん』と言う根拠のない自信があった。多少強かったせいもあろう、誰が標的でもやれる自信があった。
(しかしこれが私の現実……)
標的に近付き隙を狙って暗殺する環境までは整えた。
しかし不覚にも標的の笑顔に心揺るがせ、
「あはははっ、それでね、それでね……」
目の前には笑いながら食事をするマルク。そしてその仲間達。不覚、と言う表現が適切かどうかは分からないが、間違いなく自分はここを『居心地のいい場所』と思っている。エスティアはレインをちらりと見る。
(本当に、イケメンねぇ……)
朝の光が差し込む食堂。そのまばゆい光がレインを後ろから照らし、まるで後光が差したように輝いている。少し寝癖が付いた髪、まだ寝起きで整えられていない服、そんなものですらレインに掛かれば色っぽい魅力として映る。エスティアが思う。
(こんな男が人身売買を……、いや、こんな男だからこそ想像もつかないそんな悪行を行っているんだろうな……)
エスティアが色々考えていると食事をしていたレインが真面目な顔をして皆に言った。
「朝食が終わったら皆に大切な話がある。少し時間をくれないか」
皆は黙って頷いた。そして理解した、『大切な任務がある』と。
「新たな依頼が来た。重要な依頼だ」
食事を終えた皆の前でレインが真剣な顔をして言う。黙って聞く一同にレインが続けた。
「人身売買組織の拠点のひとつが見つかった。そこを叩く」
(えっ!? うそ、何それ……?)
顔は冷静に努めていたがエスティアは突然言われた話に頭が混乱した。ローランが言う。
「人身売買ねえ、許せないね。そう言うのは」
珍しく感情を露わにするローラン。レインが言う。
「ああ、大きな組織、噂では一部貴族も関与しているとの話もあるが、今回はその拠点のひとつが判明し我々に殲滅依頼が回って来た。ランシールド国軍と協力して徹底的に潰そうと思う」
(え、何それ? 自分の組織を潰す!? 本気? それとも何かの罠? ちょっと意味が分からない……)
エスティアはレインの口から告げられた思いもしなかった話に混乱する。レインが続ける。
「今の私達は相当強い。剣の私と、魔法のローラン。それを守るマルク。そしてその両方を使いこなし、我々に無かった素早い動きで錯乱もできるエスティア。今の我々に勝てる者はそうはいないだろう。ただ油断は禁物。細心の注意を払って仕事に臨みたい。ではこれより支度を。解散」
「あいよ」
「はいっ」
ローランとマルクが返事をして自室へと戻って行く。エスティアだけがその場に座り続けた。それに気付いたレインが声を掛ける。
「どうした、エスティア?」
「え? あ、はい。準備してきます!」
エスティアが慌てて部屋へと戻る。レインはそれを微笑ましく見つめた。
「レイン様、あの建物です」
王都ランシールドの外れ、少し離れた場所から古い洋館を望みながら国軍将校がレインに言った。それを見ながらレインが答える。
「国軍は周りに悟られぬよう包囲を頼む。我々が先に突入し一通り叩く。逃げる敵を捉えて欲しい」
「分かりました!」
将校は改めて勇者レインの作戦に驚きを感じる。
数や装備の優位を盾に戦う国軍とは違い、勇者パーティは少数で突入し撃破。『勝てる』ことを前提として作戦が立てられる。そしてその作戦の成功に一遍の疑いを持っていない勇者レイン。将校は改めて彼の凄さを肌で感じた。
パーティに戻って来たレインが言う。
「最初の突撃は気配を消せる私とエスティアで行く。ふたりは少し時間を置いてから来てくれ」
「分かったわ」
「了解です」
皆が返事をする。エスティアが思う。
(隠密行動なら得意中の得意ね。レインも気配を消せるし、下手すればふたりで壊滅させることも可能かも)
エスティアは勇者パーティに加わってから初めて自分が活かせる作戦に心躍った。そして同時に思う。
(私、すっかり勇者パーティの一員よね。純粋に活躍できることを喜んでいる。この作戦でレインが一体何を考えているのかは知らないけれど、人身売買組織を叩けるのは本望。そんな奴ら許せない!)
「エスティア? どうした、不安か?」
ひとり返事をしないエスティアを心配してレインが声を掛ける。エスティアが慌てて返事をする。
「あ、い、いえ。頑張りましょう。はい、大丈夫です!!」
レインが笑顔で言う。
「期待している。よろしく頼む」
そう言って差し出された手をエスティアは握り返した。そして認めたくないけど、その事を認めた。
(私、喜んでるよね……)
エスティアはレインの細くしなやかで、そして力強い手を握り思った。レインが言う。
「では行くぞ、エスティア。決して無理はするな」
「はい!」
レインは気配を消し先頭に立って拠点へと向かう。エスティアも気配を殺しその後に続いた。
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