20.出陣!!怪盗パンティーヌ
「レインさん!」
「レイン、あんた大丈夫かい?」
「ああ、大丈夫だ。心配しないでくれ。少し部屋で休むよ……」
そう言って背を丸めて自室へ帰って行った。ローランが言う。
「どこが大丈夫なんだい? 本当に分かりやすい男だねえ」
「レインさん……、エスティア。本当に大丈夫だったの?」
少し笑みを浮かべたエスティアが答える。
「ええ、すぐに大丈夫になるわ」
「ん? 何だい、そりゃ?」
ローランが不思議そうな顔で言う。エスティアは自室に向かいながら言った。
「じゃ、おやすみ~。明日はいい日になるといいわね」
ふたりはエスティアの言葉の意味が分からず適当に返事をしてその背中を見つめた。
「さーて、じゃあ行きますか」
エスティアは部屋で暗殺者用の目立たない服を着込み、それをポケットに入れると気配を消して
目指すはヴァンパリス卿宅。そして今日は『冒険者エスティア』『暗殺者エスティア』でもなく、『怪盗パンティーヌ』として訪れる。
(怪盗パンティーヌって、ぷっ! ダサダサなんだけど、どこか可愛くてちょっと気に入っちゃってるのよね~)
暗闇の街を物音一つ立てずに移動するエスティア。
最近は冒険者として真正面から魔物と戦うことが多かったが、やはり時にはこうやって闇夜に紛れ込む仕事も必要だと走りながらエスティアは思った。
(着いたわ。相変わらずザルねえ、ここの警備)
国王の縁戚であり国内でも実力者であるヴァンパリス卿。しかしその警備は並程度で暗殺の訓練を受けたエスティアにとって忍び込むのは容易いことであった。
(さて、部屋の中には……、よし、誰もいないわ)
エスティアはヴァンパリス卿の部屋の窓から室内を覗く。誰もいないことを確認してから窓から室内に入る。そしてポケットから事前に準備しておいたそれを取り出して床に置く。
(一応確認しておくか……)
準備を終えたエスティアは念の為棚の奥にある例の木箱を探す。そして木箱を見つけふたを開けてみて少し驚いた。
(うげっ、パンツがあるじゃん……、あれからまた少し集めたってこと!?)
エスティアは空にしておいた木箱に再び少しだけパンツが入っている事に驚いた。
(マジでキモっ!! ……って、ここまで来るとちょっと健気よねえ)
そしてエスティアはパンツを奪われて泣き叫び、そして健気にもまた集め始めたヴァンパリス卿の姿を想像する。
(あれだけ外では偉そうにしているのに、家ではパンツ顔につけて喜んでいるとは……、さて……)
エスティアはその少し集め直したパンツをポケットに入れ、素早く窓の外へと移動する。
そして暫く待っているとヴァンパリス卿が部屋にやって来た。相変わらず難しい顔をしている卿。しかし床に落ちているそれを見た瞬間、その表情が一気に崩れた。
「こ、これは、リリアーヌっ!!!」
ヴァンパリス卿は床に落ちていた『切り裂かれた娘のパンツ』を見て泣きそうな声を上げた。卿は哀れな娘のパンツを取り上げ顔に擦り付けながらおんおんと涙を流す。
(本当はあんなもの触れたくもないんだけどねえ~。まあ、でもパンツには罪はないから可哀そうだったけど)
エスティアは背を向け部屋でうずくまって肩を震わす卿の姿を見つめる。そして窓から気配を消して部屋に侵入。素早く室内の明かりを飛び道具で破壊し、驚いて立ち上がった卿の背中に移動する。
「動かないで。死ぬわよ」
突然消えた室内の明かり。
それと同時に現れた背中の侵入者。首にはナイフが押し当てられている。ヴァンパリス卿が恐る恐る声を出す。
「や、やめてくれ。殺さないでくれ……」
エスティアは微動たりせずに声色を変えて言う。
「妙な真似をしなければ殺したりしない。いいわね?」
ヴァンパリス卿は全く気配感じさせない相手、そして心の奥にまで響き渡る死を感じさせる口調に全身恐怖を感じた。エスティアが言う。
「私は『怪盗パンティーヌ』、そう言えば分かるわよね?」
「か、怪盗、パンティーヌ……、そ、そうか、お前がっ!!! ひぃ!?」
「動かないで」
首に当てたナイフが少し肌を切る。恐怖と共に痛みを感じたヴァンパリスが情けない声を上げた。
「わ、分かった。言う通りにする。な、何が要求だ……?」
エスティアは抑揚なしに言った。
「要求は簡単。勇者レインにこれ以上つきまとわないで。彼の邪魔をしないこと」
「レ、レインだと? 貴様、一体……?」
エスティアが冷淡に言う。
「私の要求が聞けなければあなたのコレクション、すべて燃やすわよ。あんなもん、部屋にあると思うだけで気持ち悪い」
「お、お前、あの子達を……、返してくれ、お、お願いだ、私の大切なあの子達を返してくれ……、酷いことはしないでくれ……」
背後にいるエスティアは明らかに動揺し震えているヴァンパリスを見てため息をついて思う。
(なんと情けない……、こんなのが国の中枢を担っているとは……)
「あれって、そもそも盗んで集めたんでしょ? だったら処分しても問題ないわね」
ガタガタと震え始めるヴァンパリス。そして涙声になって言う。
「や、やめてくれ!! あの子達は、私の、私のすべてなんだ!! わ、分かった。言うことは聞く、言われたことは守る。だから、頼む、頼むから、お願いだ……」
エスティアが言う。
「分かったわ。信じてあげる。しばらく様子を見て約束を守るようだったら返してあげるわ」
「ほ、本当か!?」
しかしエスティアは首に当てたナイフを頬に当てて冷たい声で言う。
「でも、もし約束を違えたらコレクションは灰になり、あなたも灰になるわよ。私は暗殺者。嘘だと思うなら試してみる?」
ヴァンパリスは涙を流しながら弱々しい声で言う。
「わ、分かっている。し、信じてくれ……、本当だ。私を、お願いだ……」
「分かったわ。信じてあげる」
そう言うとエスティアは後ろから首元を手刀で思いきり殴る。
ドン!
「ぐっ……」
そのまま気を失って力なく床に倒れるヴァンパリス。エスティアは意識がないことを確認してから素早く窓から外へ出る。
(さーて、怪盗パンティーヌのお仕事、これで終了! それにしても手袋越しとは言え、あんな奴に触れちゃって、ああ、気持ち悪い……)
エスティアは真っ暗な街を移動しながらその手袋を外しゴミ箱に捨てた。
「レインさーん!! またギルドから通知があってすぐに来いですって!!」
翌朝、ギルドからの通知を受け取ったティティが慌ててレインに言った。外出の支度をし、ある決心をしたレインが冷静にそれを受け止めながら言った。
「分かった。ギルドに行ってくる」
その顔は昨日までの弱々しいレインの顔ではなく、それは決意を決めた男の顔になっていた。レインが皆に言う。
「色々心配をかけてすまない。私は私の心に従って返事をしてこようと思う。また報告する」
そう言ってひとり
「レイン様あぁ、お待ちしておりましたわ!」
ギルドの来賓室にやって来たレインにリリアーヌが声を掛けた。
「さあ、レイン様。今日こそは私の前に跪いて『一緒になる』と仰ってくれるのかしら? わたくしはずっと、ずっと貴方の言葉をお待ちしておりますのよ!!」
無言のレイン。興奮するリリアーヌの後ろの机には同じく無言のヴァンパリス卿が座る。レインが何かを言おうとして口を開けた時、卿が先に言葉を発した。
「レイン、君に大切な話がある」
「……はい」
静かに答えるレイン。卿が続ける。
「これまで通りギルドの仕事を受けて貰いたい……」
「えっ?」
驚くレイン。近くにいたリリアーヌが上機嫌で言う。
「そうよ、ギルドの仕事! あの女を追い出し、わたくしと一緒に頑張りましょう。レイン様っ」
「わ、私は……」
再びレインの言葉を遮ってヴァンパリス卿が言う。
「それについて、娘との婚約を条件にはしない……」
「えっ?」
今度はリリアーヌがその言葉に驚く。そして父、ヴァンパリス卿に向かって尋ねる。
「ね、ねえ、お父様。それってどういう意味なんでしょうか……?」
話しが全く理解できないリリアーヌが言う。卿が下を向いて小さな声答える。
「そのままの意味だ。リリアーヌ。すまないが、彼に無理強いをすることはしない……」
リリアーヌの顔がどんどん泣きそうな表情へと変化していく。そして大きな声で言う。
「パパぁ、パパぁ!! 何、言ってるの、一体何を言っているのよおお!!!」
涙をボロボロと流しながら父親が座る机を叩いてリリアーヌが叫ぶ。ヴァンパリス卿は難しい顔をしながらレインに言った。
「そう言うことだ。今後君には迷惑を掛けない。街の、国の平和を頼む……」
「は、はい! かしこまりました!!」
レインはそう返事をすると頭を下げて部屋を退出した。リリアーヌが叫ぶ。
「待って、待って、レイン様ああああ!!!!」
無言のヴァンパリス。来賓室にはいつまでもリリアーヌの泣き声が響いた。
「みんな、戻ったぞ!!」
ひとり
「どうだったんだい? レイン」
レインが笑顔で言う。
「大丈夫だ! 何故かは分からないが、突然これまで通りに仕事をしてくれと言われた。もちろん、無条件でだ!!」
「ほ、本当ですか!?」
それを聞いて驚くマルク。レインがそれに笑顔で応える。そして皆に言う。
「本当に、本当に今回は私のせいで皆に心配を掛けた。最後は卿の良心が私達を救ってくれたと思うのだが、皆のことを思うと本当に……」
(『卿の良心』ねえ、まあ、どんな心だったのかは想像つくけどね……)
エスティアはヴァンパリス卿がどんな顔をしてこの苦渋の決断をしたのか想像し、少し笑った。
「エスティア!!」
「きゃ!!」
レインは突然エスティアに抱き着いて、その体を強く抱きしめた。
「すまない、本当に心配をかけて……、ごめん……」
突然抱き着かれて顔を赤くするエスティア。あの大きなレインが小さく震えているのが分かる。エスティアはレインの背中を優しく撫で、そして言った。
「良かったですね、本当に良かったです……」
「ああ……」
そう言って抱き着いていることを恥ずかしいと感じたのかレインがエスティアから離れる。
(涙……)
エスティアはレインの頬に涙が流れていることに気付いた。エスティアはすぐにポケットからハンカチを取り出し渡しながら言う。
「さあ、また今日から頑張りましょう」
「ああ、ありがとう。エスティア……」
レインはエスティアから渡されたハンカチで涙を拭く。しかしすぐにその異変に気付いて言った。
「あれ、これ……、なんだ?」
そう言ってレインが渡されたハンカチを広げる。
「えっ?」
(げっ!! それって、まさか……!!!)
それは小さな逆三角形の布。レインが手にしているのは、ヴァンパリス卿の大切なコレクションのひとつであった。ローランが驚いて言う。
「ちょ、ちょっと、あんた。何、渡してるんだよ!!」
「エスティアの、パンツ……?」
マルクも目を点にしてつぶやく。エスティアは全身を真っ赤にしてレインからそれを取り返すと大声で言った。
「違うの、違うの、これは、違うのーーーーーーっ!!!!」
顔を真っ赤にして叫ぶエスティア。しかしレインはそれ以上に顔を赤く染めてその場に呆然と立ち尽くした。
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