19.変態、変態、大変態!!

 ヴァンパリス邸宅へ忍び込んだエスティア。

 そして部屋の窓から覗いた先には、女のパンツに顔を埋めるヴァンパリス卿の姿があった。興奮した表情で卿が言う。



「ああぁ、いい匂いだ。アスナール侯爵のレイラちゃんの匂いだあぁ。ああ、んああ……」


 ヴァンパリスは顔を紅潮させ恍惚の表情を浮かべる。

 何度も匂いを嗅ぎ、そしてその感触を味わい、顔に擦り付ける。その異様な光景を見てエスティアが思う。



(へ、変態じゃん……、と言うより犯罪? どちらにしろ、マジ気持ち悪い……)


 ヴァンパリスはしっかりとパンツを堪能すると立ち上がり、戸棚の奥に隠してあった木箱をゆっくりと取り出す。そしてそれを顔を紅潮させ気味の悪い笑みを浮かべながら開ける。



(げっ!! な、何あれ!?)


 それを見たエスティアが驚く。

 机の引き出しほどの大きさの木箱を開けると、そこにはびっしりと規則正しく女性のパンツが折り畳まれて入れられていた。

 色取り取りのパンツ。ご丁寧なことにすべてのパンツに名札が付けられており持ち主の名前、取得日などの情報が記載されている。ヴァンパリスはそのパンツの近くに顔を持っていき思い切り匂いを嗅ぐと、幸せそうな顔をして言った。



「ああ、また、増えたよ。ほら、お友達。新しいお友達だよ。レイラちゃんだよ。嬉しいよね、ね? 嬉しいよねぇ~」


 そう言って用意してあったレイラの名札を丁寧にパンツにつけ、手慣れた手つきで折り畳んで箱に入れた。ヴァンパリスは顔を赤く染めながらひとり言う。



「さ~て、今日は誰と遊んであげようかな?」


 そう言いながらヴァンパリスは可愛いフリルの付いたピンクのパンツを取り出す。そして顔に擦り付けながら言う。



「ああ、メトリア嬢のいやらしい匂いが……、ああ、ん、ああぁ……」


 完全に自分の世界に入るヴァンパリス。更にもうひとつ、真っ赤なパンツを取り出して顔に当てながら言う。



「んああ、リリアーヌよ。大丈夫、お前もパパがしっかりと嗅いであげるから。こんなに成長して。ああ、だからもう拗ねないでくれよ」



 それを見ていたエスティアが思う。


(リ、リリアーヌって娘じゃん!! 娘のパンツって、マジかよ……、イっちゃってるよ。あいつ、本当にキモ、キモっ!!!)


 覗きながらエスティアは吐き気をもよおして来た。様々な暗殺訓練を受けて来たエスティアでさえ、この精神攻撃には耐えきれず目を背けたくなる。

 人に見られているとも知らずヴァンパリス卿は更に変態行為を続ける。



「ああ、こっちはシャルク村のミケルちゃんだね。うん、会いたかったよ。寂しかったろ? ボクもずっと君を想っていたんだよ……」


 そう言って真っ白なパンツを取り出した時、再びドアをノックする音が響いた。



「卿、お食事の用意ができております」


「わ、分かったすぐ行く」


 ヴァンパリス卿はちょっと不愉快な顔をしながら返事をする。そして丁寧にパンツを木箱に戻すと元あった棚の奥に隠す。そして顔をパンパンと叩いてから部屋を出て行った。




(行ったわね……)


 誰もいなくなった部屋に忍び込むエスティア。すぐに部屋の鍵をかけ誰も入れなくする。



(本当に変態だわ。レインが可愛く見えるぐらいの真性の変態)


 そう心で毒づきながら棚の奥に隠してある木箱を取り出す。そしてちょっと溜息をつきながらそっと蓋を開ける。



(マジで信じられないわね、これ……)


 ヴァンパリス卿の几帳面な性格が良く出ている。一糸乱れることなく整然と並べられたパンツ。盗んだのか買い取ったのかは知らないが、すべてのパンツに名前がついている。

 エスティアはあまり触れたくなかったが、持っていた袋にそれをすべて入れると木箱の中にこう記した紙を入れて元に戻した。



『怪盗パンティーヌ参上』


 書きながらぷっと笑い出すエスティア。



(勢いで付けちゃったけど我ながら何てセンスのないネーミング。まあ、でもいいネタが仕入れられて良かったわ! くくくっ……)


 エスティアはドアの鍵を戻し気配を消してヴァンパリス卿の部屋を出た。





 数日後、再びギルドからレインに呼び出しが掛かった。

 暗い顔をして出掛けるレイン。それを見たエスティアが声を掛けた。


「レインさん、私も行きます!」


 レインは最初同行を断ったが、エスティアの強い押しに負けて結局一緒に行くこととなった。




「あら、その女も一緒なの?」


 レインと一緒にギルドに現れたエスティアを見てあからさまに嫌な顔をするリリアーヌ。娘の隣に立つヴァンパリス卿がレインに厳しい視線を向ける。エスティアが思う。


(うわ、居たよ居たよ、変態卿。が無くなって家ではどんな顔をしているのかしら)


 想像するだけで笑いが止まらなくなるエスティア。そんなことはつゆ知らず、ヴァンパリス卿は威厳を保った顔でレインに言う。




「それでいい加減心は決めたのかね、君は?」


「レイン様ぁ、もうわたくしは待てませんことよ……」



「それがまだ決めてはおりませぬ……」


 レインが下を向いて答える。ヴァンパリス卿が大きな声で言う。



「これまで通りに仕事がしたいなら言うことを聞かぬか! 我が娘に何の不満がある!!」


 リリアーヌも大声で言う。



「レイン様、いい加減観念なさい! わたくしの前に跪いて『私と一緒に居て欲しい』と言いなさい!! さあ、跪いて言いなさい!!」


 人が変わったかのように大声で叫び始めるリリアーヌ。エスティアが内心思う。



(親子共々イっちゃってるな……、こういうのには関わらない方がいいわよね。で、レインは……?)


 エスティアがレインの方を見るとひとりうな垂れて床を見つめている。何を考えているかは知らないが、これがとてもあの勇者レインだとは思えない。



(本当に魔物に対してはあんなに強いのに、こういう駆け引きはホント駄目だねえ、この人……。仕方ないから、助けてあげるわよ)



「レインさん、そろそろお仕事の時間です。戻りましょうか」


「えっ? あ、ああ……」


 全く身に覚えのない話に一瞬戸惑うレイン。しかしそんなことはお構いなしにレインの腕を引っ張り部屋を出ようとするエスティア。リリアーヌが言う。



「ちょ、ちょっと、どちらへ行かれるのですか!?」


「ごめんなさーい、これから忙しいので!!」



「ま、待て!! この街から、この国から追放するぞ!! 女っ!!!」


 エスティアはそんな卿の恫喝に怯えることなく、笑いながらギルドを出る。レインがエスティアに言う。



「エスティア、すまない。私のせいで、これ以上みんなに迷惑は……」


「大丈夫ですよ、レインさん」


 エスティアは自然と自分と腕を組んでいるレインの顔を見上げて言う。



「大丈夫?」


「ええ。さ、帰りましょ」


 エスティアは戸惑うレインの手を引っ張って拠点ホームへと歩く。そして笑みを浮かべて心の中で言った。




 ――さあ、怪盗パンティーヌ。今宵、お仕事よ!!


 エスティアとレインは暗くなりつつある空の下、ふたり腕を組んで帰って行った。

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