18.エスティア大潜入!
「困った……」
(ギルドの依頼が無くなればこの国の安全が脅かされることになるだろうし、それに援助もできなくなる……)
レインは依頼が受けられなくなることで生じる様々な問題を思い憂慮した。そしてふうと息をついて窓からの景色を眺めながら言う。
「やはり一度私が卿の元へ話に行かなければなるまい……」
そう思っているとティティが部屋のドアをノックして言った。
「レインさん、ギルドからお呼びが掛かっています!」
レインはすぐに上着を取ると部屋を出た。
「よく来たね、レイン。まあ、座って」
ギルドの来賓室を訪れたレインが、そこで待っていたヴァンパリス卿に言われ椅子に座る。卿の横には娘であるリリアーヌの姿もある。緊張するレインにヴァンパリスが言う。
「来て貰った理由は分かるね?」
「……いえ」
レインが真剣に答える。ヴァンパリスが言う。
「何故ギルドの許可なしに魔物討伐を行ったのだ?」
レインは先日、街を襲った魔物達を他の冒険者と共に追い払ったことを思いだした。無論ギルドの許可は貰っていない。レインが言う。
「我々の街を守るため、一冒険者として戦いました」
ヴァンパリスが組んでいた足を組みかえて言う。
「冒険者がその力を使うには原則ギルドの許可が必要。それは知っているだろ?」
「し、しかし、それでは街の人達が!!」
ヴァンパリスは少し笑って言う。
「先日の舞踏会場での君の無礼、無かったことにしてあげよう」
レインは舞踏会の日、リリアーヌを置いて黙って会場を出たことを思い出す。そして言う。
「あの時は彼女に恥をかかせてしまうようなことになり、申し訳なかったと思っております」
「そ、それは……」
何か言いたそうな娘リリアーヌを制し、父親であるヴァンパリスが言う。
「理解しているなら話は早い。勇者レインとしてこれまで通りでいたいと言うならば、……分かっているよね?」
ヴァンパリスはそう言って隣に達娘を少し見る。リリアーヌが言う。
「わたくしは、わたくしはただレイン様のお傍にいられればそれで十分。あのエスティアとか言う女をパーティから追い出し、代わりにわたくしを加入させて頂ければ」
(そ、そんなこと……、できるはずが……)
レインは瞬時にそう思ったがそれを口に出すことはできなかった。下を向いて悩むレインにヴァンパリスが言う。
「まあ、色々と考えることや準備なども必要だろう。しばらく時間を与える。この次は良い返事を期待しているぞ」
「レイン様、わたくしずっとお待ちしております……」
レインは思いつめた顔でギルドを出て
「そんな無茶な話、き、聞けないですよ!!」
「なるほどねえ、あの女の父親の仕業ってことか。まあ、それにしてもそれを盾にとって結婚を迫るとは、まあ姑息な奴だねえ」
無言のレイン。思いつめた表情をするレインにローランが続ける。
「いっそのことこんな国、出ちまったらどうだい? あたいらはまだあんたと組んでそれほど時間も経っていないけど、どこかほかの国へ行くって言うのなら全く構わないわよ」
意外な発言に驚くレイン。
一方エスティアはその衝撃的な話に呆然としていた。
(レインがリリアーヌと結婚……? うそ……、結婚するの……?)
あまりに突然の話に頭が混乱していたエスティア。途中からみんなの会話も頭に入って来ない。
「……まったく人の弱みに付け込んで酷い話だよ」
ローランの言葉がエスティアの頭に響いた。
(弱み? そうだ、レインは弱みを握られている。それで脅されて……)
「少し考えさせてくれ。私も自分自身を整理したい……」
寂しそうな顔をするイケメンのレイン。
普段見せないそんな彼の顔を見て、不覚にもエスティアはどきっとしてしまった。そして思う。
(許さないわ、ヴァンパリス卿。
エスティアは自室に戻るレインの背中を見ながらふつふつと沸く怒りを必至に抑えた。
真っ暗な新月の夜。
立派な城の様な屋敷。そこに闇のように忍び込むひとつの影があった。
黒い衣装に身を包み守衛の見張りを潜り抜け、広い中庭にやって来たエスティア。王都ランシールドにやって来て初めて使う暗殺者仕込みの侵入。暗闇に紛れ、音を消し、気配を殺して潜入する。
(どこかしら、ヴァンパリスの部屋は?)
エスティアは周囲を確認しヴァンパリスがいないと分かると、素早く屋根へと上がる。そして明かりの付いた大きな部屋を見つけそっと窓際へと移動する。
そして気配を殺して窓を覗こうとすると聞き覚えのある声が耳についた。
「……だから、もうちょっと待つんだ。そのうち事の重大さに気付いて、奴の方から謝りにやって来るだろう」
「本当に、本当に来るの、パパあぁ……」
それはヴァンパリス卿と娘のリリアーヌの会話の声であった。エスティアが耳を澄ます。
「ああ、大丈夫だ。奴とて収入が無くなれば生活に困り生きていくこともできない。その時はお前が奴を助けてやるがいい。きっと感謝してお前と一緒になるだろう」
「素晴らしい考えだわ、パパ! 大好き!!」
そう言ってリリアーヌが父親に抱き着く音が聞こえる。同時に響くドアをノックする音。
「ああ、客人が来たようだ。リリアーヌ、部屋に戻ってなさい」
「はい、パパ」
リリアーヌはご機嫌で部屋を出て行く。しばらくして執事に案内された客人が入れ替わりに入って来る。エスティアがその人物を見て違和感を感じる。
(黒いコート? しかもあの男、まともな人間じゃないわね……)
部屋に入って来た黒いコートを着た男。エスティア同様に気配を極力消すようにして移動する。ヴァンパリスは顔見知りなのか落ち着いた感じで声を掛ける。
「待っていたぞ。で、持ってきたのか? 例の物は」
「これに……」
コートの男は懐から真っ白い布袋を取り出して言う。
「No.5の品でございやす」
そう言いながら布袋をヴァンパリスに渡す男。嬉しそうにそれを受け取ったヴァンパリスが言う。
「そうか、そうか。それはよくやった。これを持って行け」
そう言って懐から金貨を数枚取り出すと男に渡す。男が言う。
「ありがとうございます。ではまた」
そう言って音も無く部屋を退出して行く。エスティアは汗をかきながらそのやり取りを見つめる。
(な、何をしているの? ヤバい物の取引とか……?)
ヴァンパリスは男が出て行った後、ドアの鍵をかけベッドの上にその袋を置いてすぐに手を洗い始める。そして気持ち悪い笑みを浮かべながらベッドへ戻りその袋をゆっくりと開けた。そしてその中身を見たエスティアの顔色が変わる。
(えっ!! ええっ!! そ、それって、まさか……)
ヴァンパリスは袋中から取り出した白い布切れを丁寧に手にすると、おもむろに顔に当て匂いを嗅ぎ始めた。エスティアが信じられないような顔をして思う。
(パ、パンツじゃん、あれ。女のパンツ……!?)
信じられないことにヴァンパリス卿が受け取った袋の中には、女性のパンツが大切に入れられていた。エスティアは何度も自分の目を疑った。
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