17.卿の陰謀

「私、レインと『情熱の恋歌』踊っちゃった……」


 翌朝ベッドで目覚めたエスティアは昨晩の公園のことを思い出した。

 ふたりが踊った『情熱の恋歌』、それは舞踏会の最後で一緒に踊れば生涯愛で結ばれると言うもの。

 月明りの下、曲こそ聞こえなかったが、間違いなくあのステップは『情熱の恋歌』。それを思い出すとエスティアは顔が赤くなる。



「ちょっとお酒に酔っていたけど、断る雰囲気じゃなかったし、それに……」


 エスティアはレインが腰に回した力強い腕、そして間近に迫った顔を思い出し更に顔を赤くする。そして思う。



(わ、私と踊りたいって事は、少しは私に魅了されてきたのかな……。ドレス高かったし、胸パッドもちゃんと入れたし……)


 エスティアは『恋して愛して魅了大作戦』が順調に行っていることに手応えを感じ始めていた。



(よし、このまま頑張ろう。さて、そろそろ起きるかな)


 エスティアはベッドから起きて朝の支度を始めた。






「これはこれは、ヴァンパリス卿。ようこそいらっしゃいました」


 ギルド長は突然訪問して来たヴァンパリス卿に驚きつつも、笑顔を作りその訪問を歓迎した。ギルド長室に通されたヴァンパリスは大きなソファーに腰かけるとギルト長に言った。


「大切な話がある。人を下げてくれんか」


「あ、はい」



 ギルド長はそう言うと秘書の女性に退室するよう命じた。


 バタン。

 秘書が外に出てドアを閉じる音が静かな部屋に響く。ヴァンパリスはグラスの水をひと口飲み、それをテーブルの上に置くと前に座ったギルド長に言った。



「君に頼みがある」


「私に、ですか?」



「今後、勇者レインパーティの依頼を一切受けないようにして貰いたい」


「えっ!? そ、それはどうして……?」


 ギルド長は焦った。勇者レインと言えばギルドに所属する冒険者の中でも最上級パーティのひとり。危険な任務や困難な依頼などはギルドから依頼して助けて貰っているほどだ。そこに依頼できなくなると大袈裟な話、国の治安や防衛に関わることになる。ヴァンパリスが答える。



「彼らには少し特別な容疑が掛かっている。国家機密だから言えぬが、そのような者達に我が国のギルドの仕事をさせる訳にはいかぬ。容疑が晴れればこれまで通りでよい。代わりの冒険者などいくらでもおるだろう」


 ギルド長は黙り込んでしまった。

 その意味は理解した。ただ現状を考えるとレイン達抜きで一体どれだけの特殊依頼がこなせるだろうか。黙り込んで青い顔をしているギルド長にヴァンパリスが言う。



「どうした? 何か問題でもあるのか?」


 ギルド長はヴァンパリスの顔を見る。そして思い出す。自分がこのギルド長と言う椅子に座っているのはこの目の前の男が助力してくれたお陰であったことを。ギルド長が答える。



「い、いえ、何でもありません。その件、承知致しました……、ただ、冒険者レインの容疑が晴れたらすぐ教えて下さい」


「分かった。私も是非、を望んでいるよ」


 ヴァンパリスは満足そうな笑みを浮かべてギルド長に言った。






「レインさん、お手紙が届いてますよ!」


 レイン達の拠点ホームに届けられた手紙を持ったティティがレインの元へと走る。それを受け取ったレインが差出人を見て不思議に思う。



「ギルドから? 何だろう」


 ギルドから手紙が届くことなどあまりない。少し顔をしかめながらレインがその手紙の封を切る。



「……そんな。馬鹿なことが」


 手紙を読んだレインが信じられないような顔で言う。ローランが尋ねる。


「どうしたんだい?」


「レインさん?」


 マルクも不安そうな顔で言う。レインが皆に言った。



「ギルドが、今後我々には一切依頼を出さないと通告してきた」


「えっ!?」


 驚く一同。エスティアが加入してからだけでも何度か困難な依頼をこなしている。自分達がギルドの仕事をしなくなったら王都は大丈夫なのかとエスティアは思った。レインが言う。



「ギルドの仕事が無くなれば皆への給金も払えなくなる。それに……」


 黙り込むレイン。そして思う。



(私が勇者などと呼ばれるほど頑張っているのは、ラスティア、君に会うため。少しでも私の名を世間に知ってもらい、女神と約束した君との再会を果たすためだ。ただ……)


 レインはソファーに座るエスティアを見つめる。


(もし彼女が『ラスティアの生まれ変わり』ならば、もう私には無理して戦う理由などない。君とふたりでどこか静かな場所で一緒に……)



 レインがそこまで考えるとエスティアが立ち上がって言った。


「ギルドに抗議に行きましょう! こんな一方的な通知、受けられないわ!!」


 レインは驚いた。

 そして『勇者レイン』の名は、もはや自分ひとりでは抑えきれないほど大きくなっていることに気付いた。そして何よりがそのように、皆の平和を望むならば自分に異論はない。レインが言う。



「分かった。これからギルドへ行こう」


 皆が頷く。エスティアが思う。



(じょ、冗談じゃないわ! 先日無理して買ったドレスのせいですっごく金欠なのに、給金まで止められたら暗殺する前に死んじゃうわ!! マルクとスイーツも食べに行かなきゃならないし!! ふざけないで!!)


 エスティアはひとり怒り心頭で腕を組み毒づいた。






「申し訳ございません。ギルド長は不在で……」


 ギルドに抗議に来たレイン達に受付嬢が申し訳なさそうに言った。レインが尋ねる。


「では伺いたいのだが、なぜ我々が急に依頼を受けることができなくなったのか教えて欲しい」


「それは、……ごめんなさい。私達も上からの指示なので」


 困った顔の受付嬢が答える。事実、数日前に突然そのような通知があり、ギルド職員自体も困惑していた。受付嬢が言う。



「私達も本当は困っているんです。レインさん達にしかお願いできないような依頼って少なからずあって、今はレナードさん達にその分頑張って貰っているんですがそんなに急に負荷は増やせないし」


 レインは単眼のレナードを思い出す。気さくな男で腕っぷしも強い。彼らに無理な負担をかけてしまっていると思うと申し訳なく思う。ローランが言う。



「理由もなく依頼が出せないんじゃ、あたいらだって納得できないよ!」


 黙り込む受付嬢。レインが言う。


「もし何か理由があるならば教えて欲しい。変えるべきことがあれば我々も変える」


 受付嬢が困った顔をして答える。



「ごめんなさい、本当に何も知らなくて……」


 それを聞き黙り込むレイン達。そして受付嬢は小さな声で言った。



「実は先日、ヴァンパリス卿が来てからこのような通知が来たんです。必ずそれが関係あるとは言い切れませんが……」


 レイン達はすぐに直感した。ヴァンパリス卿と言えばリリアーヌの父親であり国王の縁戚。そして何よりギルドを統括する最高責任者でもある。



「分かった。ありがとう……」


 レインは受付嬢にそう小さく答えた。

 仮にもしヴァンパリス卿がこの件に絡んでいたとしてもその証拠がないし、そもそもギルドが仕事を出すこと自体ギルド側に権限がある。それを一冒険者であるレインがどうのこうの言うことはできない。

 立ち去ろうとするレイン達。そこへギルドに新たな報告が入った。



「た、大変だ!! 街に魔物がたくさん、は、早く援軍を!!」


 レインの足が止まる。

 報告を聞き慌てふためくギルド職員。立ち止まりその報告を耳を澄ませて聞くレイン。黙り込むレインの腕をエスティアが掴んで言う。



「行くわよ、レインさん!」


「あ、ああ。分かった!! すぐに行こう!!!」



 レインはエスティアの強さを感じた。そしてそれに触れ、小さなことで悩んでいた自分を恥ずかしく思った。


(魔物に愛する人を殺されたのような者をもう出す訳には行かない。勇者レインじゃない、街に暮らすひとりの冒険者として私は戦う!!!)


 レイン達は剣を取り、街に現れた魔物達に向かって行った。

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