16.月明りのダンス
「ヴァンパリス卿、ご無沙汰しております」
レインの挨拶を受けたヴァンパリスが言う。
「今日は
黒いタキシード、そして同じく黒の仮面をつけたヴァンパリス卿が笑って言う。レインが軽く会釈をする。そして卿が言った。
「で、私も今日はただの父親、そちらの娘の親として君に聞こう」
レインの表情が硬くなる。その後ろで恥ずかしそうに下を向くリリアーヌ。卿が言った。
「娘との婚姻の返事を聞かせてくれないか」
レインが真面目な顔をする。少しの間の沈黙を経てレインが口を開く。
「その件につきましては以前正式にお断りしたはず。私は貴族でもなんでもないただの庶民。卿のお嬢様に相応しいとは思っておりません」
「そんなこと、そんなことわたくしは気にしてはおりません!!」
後ろにいたリリアーヌが声を大きくして言う。ヴァンパリス卿が続けて言う。
「娘の言う通りだ。欲しいものを手に入れて来た私にとって、数少ない残りは娘の心からの笑顔。愚かな貴族の若造などより君の方がずっと聡明だ。身分を気にしているのならば問題ない。婚約の前に君の活躍に相応しい爵位を与えよう」
ヴァンパリス卿は笑顔を保ちつつ優しくレインに語り掛ける。無言のレイン。悲しそうな顔をして少しだけ左右に首を振る仕草を見せる。
父親と共にレインの前にやって来たリリアーヌがそれを見てレインに言う。
「どうして、どうしてわたくしではいけませんの!?」
涙目、涙声になってリリアーヌが言う。レインが答える。
「身に余るほど光栄なお言葉。ただ、私には心に決めた人がおります。申し訳ございません」
レインが二人に深々と頭を下げる。リリアーヌの頬に涙が流れる。そして言う。
「あの女、あのエスティアとか言う女ですの!?」
レインは顔を上げると少し考えてから答えた。
「分かりませぬ。彼女、かもしれません……」
「なっ!?」
その意味が分からないリリアーヌ。ヴァンパリス卿が強い口調で問う。
「分からぬ相手が心に決めた者になるのか? お前の言っていることは矛盾しているぞ!!」
(確かにその通りだ。私はまだ分からぬ相手を心に決めた人として想っている……)
レインは自分自身を心の中で笑いながら、ヴァンパリス卿とリリアーヌに頭を下げて言った。
「仰る通りです。私はそうあって欲しいと秘かに願う小さな男でございます。では、これにて失礼」
レインはそう言うと背を向けて部屋を出て行った。
「パパああぁ!!!」
レインのいなくなった部屋にリリアーヌの鳴き声が響く。ヴァンパリス卿は自分の胸で泣きじゃくる娘を抱きながら顔を紅潮させて怒りを露わにした。
「心配するな、私が、私が何とかしてやる!」
ヴァンパリス卿は泣きながら震える娘を強く抱きしめて言った。
「あれ、エスティアが居ない?」
舞踏会場に戻って来たレインが周囲を見渡しながら言った。先程まで壁際で料理を食べていたエスティアの姿が無くなっている。
慌てて会場中を走りながらエスティアを探すレイン。レインの行く先々では誘いに来たと勘違いした令嬢達が黄色い声を上げる。
(いない、どこへ行ったんだ!?)
仮面をつけていても分かるレインの焦った表情。まさかと思ったレインが出入り口で警備をしている者に尋ねる。
「ここに、ここに青いドレスを着た女性が通りませんでしたか?」
警備の者が答える。
「ええ、少し前に走りながら出て行かれましたが……」
その身分とは無関係に高貴なオーラを発するレイン。その彼と一緒に来ていた青色のドレスの女性を警備の者も覚えていた。
「ありがとう」
レインはそうひとこと言うと颯爽と建物の階段を降り走り出した。
(レイン様? レイン様はどこ?)
舞踏会場では休憩が終わり、再びオーケストラの優雅な演奏が始まる。それに合わせて踊り始める貴族達。そんな中、涙を拭い化粧を直して戻ったリリアーヌが会場で相手のレインを探す。
(どこ? 一体どこへ行かれたの、レイン様!?)
真っ赤なドレス。そんな衣装に身を包んだリリアーヌの顔が真っ青になって行く。会場ではたった一人で急ぎ足で歩くリリアーヌへ驚きと共に嘲笑を含んだ視線が注がれた。
「はっ、はっ!!」
レインは会場近くにつないであった一頭の白馬に乗ると、急ぎ
真っ暗な闇世に走る白馬に白い衣装の騎士。その姿はまるで先を行く青き星に向かって流れる一筋の流星の様であった。
(本当に歩きにくいわね、この靴!!)
エスティアはドレスに合わせて新調したヒールの高い靴を見ながら思った。速く歩こうとしても足が痛くて歩けない。
(暗殺者が一体、何してるのよ……)
闇夜の誰もいない公園。大きな噴水の前で立ち止まる。
エスティアは歩きにくい靴、動きにくい服装を見て涙を流す。女らしさを強調した胸元。シリコンスライムを頑張って捕まえ作った谷間。無理して買ったドレス。見れば見るほど悔しくなる。
(私、誰に見て欲しかったのよ……、本当に……)
エスティアは悲しくて涙が出そうになった。その時である。
(あれっ?)
エスティアの耳に遠くの方から馬が駆けてくる音が聞こえた。
(馬? 白い馬……、乗っているのは……、うそ……)
エスティアがその音の方を振り向くと真っ白い馬が駆けて来るのが見えた。そしてその白馬の騎士はエスティアの前まで来ると颯爽と飛び降り優しく言った。
「やっと見つけた。良かった」
爽やかな金色の髪、仮面をつけていても分かるそのイケメン。レインは服装を整えると片膝をつき右手を出し言った。
「私と踊って頂けませんか」
「えっ……」
エスティアは顔が赤くなるのを感じた。しかし自然とその声に答えた。
「はい、喜んで……」
差し出された手の上に優しく自分の手を乗せる。
(きゃあ!)
その瞬間レインが立ち上がりエスティアの手を強く握りしめ、強引に自分方へと手繰り寄せる。
(うそ、うそ、うそおおおお!!)
細いながらもしなやかで筋肉質の腕。その腕がぐっとエスティアの腰に回され体を密着させる。レインの強い力に成すがままにされるエスティア。彼の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
(い、いや、近いでしょ!! 顔、近すぎじゃない!?)
仮面をつけてはいるが、目の前に迫るレインの顔。どぎまぎしているエスティアの体をレインが力強くリードしていく。
(この曲は?)
一方その頃、
(この踊り、この踊りって、まさか……)
レインは踊った。
エスティアと『情熱の恋歌』を踊り始めた。
エスティア、レイン共にこの曲を踊ったのはこれが初めてであった。しかし何度も耳にしたことがある曲。レインはエスティアをリードして踊る。
誰もいない夜の公園。月明りの下、光花草の青白い光が辺りをぼんやりと柔らかく照らす。聞こえてくるのは噴水から強弱をつけて流れ落ちる水の音。そしてふたりの靴の音。
踊り慣れないエスティアをレインが力強く、そして優しくリードした。
エスティアは踊りながら、どきどき鳴り続ける胸の鼓動を感じつつレインの顔を見上げる。
(優しい笑顔。これが本当に極悪非道の男なの?)
エスティアはそんなことを思いながらふと言った。
「あなたは、誰?」
仮面越しのレインが少し考えてから優しく答える。
「私はレビン、君は?」
エスティアはレインを見つめながら答える。
「……私はラスティア」
それを聞き驚くレイン。しかしすぐに笑顔になって言った。
「君を愛している、ラスティア」
「ありがと」
腕の中の女性は微笑みながらそう答えた。
「うわあああああん!!!」
(許さない、許さないんだから!!!)
その女性は立ち上がると直ぐに部屋にいる父親の方へと走り出した。
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