15.孤独のマスカレイド
辺りも暗くなり始めた頃、リリアーヌのヴァンパリス家から遣わされた豪華な馬車がレイン達の
御者はゆっくりと馬車から降り、待っていたレインとエスティアに向けて一礼し馬車の扉を開けた。
「エスティアぁ……」
見送りに来たマルクが寂しそうな顔でエスティアに言う。
「大丈夫よ、ちょっと行ってくるだけだから」
エスティアは笑ってマルクに答える。ローランが言う。
「恥、晒すんじゃないよ」
「大丈夫だってば」
レインとエスティアが馬車に乗り込む。御者は皆に一礼すると手綱を持って馬車を出発させた。
馬車の中で向かい合って座る二人。レインがエスティアをちらりちらりと見つめる。
エスティアが着ているのはこの日の為に無理して買った青色の肩出しドレス。スカートはタックを寄せたタッキングスカートで、裾に掛けて自然に膨らむデザインは見る者に華麗な印象を与える。胸はシリコンスライムのパッドで強化し、谷間を強調させている。
エスティアはレインの視線に気づきながら馬車から真っ暗な外の景色を見つめる。そしてレインに言う。
「これ、付けましょうか」
そう言って用意した仮面を取り出す。
「ああ、そうだね」
ふたりはそう言いながら顔の半分ぐらいを隠す仮面をつける。エスティアは仮面をつけながらレインを見つめる。
レインは真っ白なタキシードを着用。国王主催の舞踏会だと言うのにシャツのボタンを開けラフに着ている。エスティアはその『少し崩した着こなし』が貴族の間で流行っているのを後で知り驚くのだが、レインからすればただ服装に興味がなかっただけでありそれは全く偶然であった。
しかし長身でイケメンのレイン。どんな服でもとても上品に似合ってしまうのは流石である。
馬車の中で仮面をつけ黙る二人。
エスティアは時々向けられるレインの視線を感じながら、何故かそれが悪くない気分になっていた。
一方のレインもいつものあまり目立たない地味な服ばかり着るエスティアとは違い、今日の可憐なドレス姿を前に緊張していた。レインが思う。
(何故、私はこんなに緊張しているのだろうか……、やはり……)
そう思いながらレインはエスティアの首にあるアザを見つめる。暗い馬車の中ではっきりとは見えないが、今エスティアと一緒に居られることを幸せに感じていた。
「間もなく到着でございます」
御者が二人に声を掛ける。
やがて止まる馬車。扉が開けられ御者の手を取り馬車から降りるエスティア。そして目の前にある舞踏会専用の建物を見て驚きの声を上げる。
「うわぁ、凄い建物」
舞踏会場と言うよりは神殿と言う名称が相応しい建物。
白壁と薄い黄色の柱を基調とした清楚なデザインで、周囲の独立した台に置かれた焚き火が暖かい照明となって建物を照らす。大人の、貴族が招待される特別な場所。そんな雰囲気がその外見からだけでも十分感じられた。
「さあ、行こうか。エスティア」
「あ、はい」
レインがエスティアを先導して舞踏会場へある神殿への階段を登る。基本、参加者の名前を呼べるのはここまで。
(す、凄い……)
建物内も当然ながら豪華な作りであった。
外装と同じく白と薄い黄色で統一された上品な壁。そこに繊細な装飾が幾つも施され、柱には焚火が間接照明として焚かれている。全体には魔導士による照明魔法で光量を保っているが、明るすぎず暗すぎず舞踏をするにはちょうどいいぐらい。
踊り易い大理石の床に、テーブルに盛られた豪華な食事も見える。
「これをどうぞ」
ふたりは手渡された『本日の曲目』が記してある紙を見る。
(えっ!?)
レイン、そしてエスティア共にその最後に記してある曲目を見て驚いた。
(『情熱の恋歌』だって……!?)
――情熱の恋歌
それは貴族の中では広く周知されている曲目で、舞踏会の最後にこの曲で踊る男女は『永遠の愛を誓う』と言う特別な意味を持つ曲目。
レインは貴族ではなかったが、何度か参加した舞踏会でその曲のことは聞き知っていた。優雅で可憐な曲だが、事前にリリアーヌから渡された招待状にはこの曲目だけが削除されていた。
「お待ちしておりましたわ」
唖然とするふたりに真っ赤なドレスを着たリリアーヌが現れる。
エスティアと同じく肩を出した真っ赤なドレスで、スカートは華やかなフリルが可愛いティアードスカート。仮面も同じく赤で統一しており、アップに上げた髪、そしてその豊満な胸は男達の視線を釘付けにしている。
リリアーヌはその自慢の胸を躊躇することなくレインの腕に絡ませるように押し付ける。戸惑うレインをよそにエスティアの方を向いて言った。
「あ、そうそう。あなたと踊りたいと仰っていた男性ですが、急病で来れなくなりましたわ。残念ですわね。おほほほほっ」
そう言うと笑いながら強引にレインの腕を引き会場の中へと消えて行った。
(は、嵌められた……)
エスティアはようやく自分がリリアーヌに騙されたことに気が付いた。社交など殆ど学べなかった貧乏貴族。貴族や女性の騙し合いなどエスティアにとっては触れる機会すらなかった。
一人きりになったエスティア。
誰か偉そうな人が奥の舞台で挨拶をした後、オーケストラの生演奏が始まる。周りの皆が曲に合わせて踊りだす。美しく、可憐に着飾った女性貴族達が相手の男性と踊り始める。
エスティアが踏会場の隅でひとり立つ。そんな彼女に気付いた人達が横目でちらりちらりと見て行く。
――私、馬鹿みたい……
エスティアは自分が着ているドレスを見て泣きたくなってきた。この日の為に無理をして買ったドレス。肩を出し、胸を強調し、目いっぱい頑張った自分。エスティアはそんな自分の頑張りが馬鹿馬鹿しくなってきた。
ふうと息を吐きながら壁にもたれ掛かる。
少し離れた場所でリリアーヌとレインが優雅に踊るのが見える。
(何が『私はそう言うのは好きじゃなくて……』だよ!! めっちゃ上手く踊れてるじゃん!!)
エスティアは舞踏が苦手だと言っていたレインが、予想よりもずっと上手に踊れていることに腹を立てた。
(あー、腹が立つ!!)
エスティアは怒り心頭でその様子を見ながら近くにあったテーブルの料理を食べ始める。とにかくすることがないので豪華な食事やワインを無心で食べ始める。
「お上手で……」
リリアーヌはレインと踊りながら上機嫌で言った。レインが答える。
「いえ、大したことは……」
事実レインの踊りはそれほど上手くはなかったがリリアーヌの見事なフォロー、そして何よりイケメンと言うだけでどう踊っても絵になってしまっていた。
リリアーヌは踊りながらその大きな胸を何度もレインに擦り付けるようにする。上から見下ろす視線のレインにはどうしてもそれが必要以上に見えてしまう。リリアーヌはレインの筋肉質の腕を感じながら幸せの時間を過ごしていた。
「あー、イラつく。あー、イラつく……」
お腹が満たされ、少し酩酊気味のエスティアがひとり言う。それと同時に続けて演奏されていた曲が一度止まる。休憩時間のようだ。ずっとレインと踊っていたリリアーヌが頬を赤め見上げて言う。
「父が、お父様がお話があると仰ってるの。来て頂けるかしら……」
レインはすぐにリリアーヌの父であるヴァンパリス卿の顔を思い浮かべる。国王の縁戚に当たる身分の者。勇者と言われるレインではあるが呼ばれたら行かない訳には行かない。
「卿が? 分かった。行こう……」
上機嫌のリリアーヌはレインの手を取り、そのまま会場の奥にある部屋へと消えて行く。それを遠巻きに見ていたエスティアの堪忍の緒が遂に切れた。
(く、暗闇に? 奥の部屋に? ふたりで消えて行っただとおおお!!!)
真っ白なエスティアの肌が赤く染まる。
そして手にしていた食器を音を立ててテーブルに置くとそのまま出口の方へと歩いて行く。
(もういい!! 帰る。私、帰るんだから!!!!)
エスティアは少し目に涙を溜めながら出口から外へと飛び出して行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます