14.ダンスのお誘い

「で、エスティアの様子はどうだった?」


 その男は椅子に座って外の景色を眺めながら尋ねた。女が答える。



「そうねえ~、やっぱり苦戦していたかしら」


 女は妖艶な笑みを浮かべて答えた。男が言う。


「まあ、あの『勇者』が標的だからな。あいつはにとっての最大の障壁。必ず消さねばならぬ」



「頑張っていたわよ~、色々作戦も練ったりして」


「一年の時間を与えてある。どのような方法でもいい。必ず消して貰いたいものだ」


「大丈夫よ、きっとやってくれるわ。あの子なら」


 女が笑顔で言う。男は咥えていた葉巻を手に取ると、ふうっと口から煙を吐いた。






「私、どうしちゃったのかな……」


 エスティアは自室の机の上に得意な毒のナイフを置き、ひとり見つめながら思った。勇者レインのパーティに加入して結構な時間が過ぎたが、彼を暗殺する機会は何度もあった。だけどその多くを自分自身で潰してしまっている。



 ――どうしてそんなことをするんだろう?


 その理由はいくつかあるが、ひとつにレインが予想とは裏腹に非常に真面目な好青年であったこと。勇者と呼ばれるだけのことはあり、性格はまるで聖人君子、弱き者を助け皆から慕われ、そして尊敬されている。


 裏では極悪非道の人身売買を行っていると言う話だが、今感じるのは『レインがそんなことをやっている方が不自然である』と言う事だ。それ程レインは立派な人間であった。



(もうひとつの理由は……、うっ!!)


 その理由を考えるとエスティアの顔が赤くなる。

 はっきりと思う。



 ――殺さなきゃならないけど、……殺したくないと思ってる。


 義父バルフォード卿の命令は絶対であり、その情報も間違いない。

 そして暗殺者一族に名を連ねている以上、妙な気を起こせば消されるのは自分である。だけど思う。



(自分で、やはり自分の目ではっきりとその『殺害理由』を見たい……)


 仮にもしレインが本当に極悪非道の人身売買を行っている人間なら、その時は非情に徹して暗殺できるだろう。



 ――でも、もしそうでなかったら……


 エスティアは毒のナイフを見ながら何度も首を横に振った。






「レイン様あ、レイン様あぁ!!」


 拠点ホームで皆が朝食をとっていると、そこへレインを呼ぶ女性の声が響いた。ティティがドアを開けその女性を中に招き入れる。それはヴァンパリス家の令嬢リリアーヌであった。以前エスティアが勇者パーティに加入した際、選ばれなかったとして怒鳴りに来た女性である。レインが溜息をついてから言う。



「どうしたんだ、リリアーヌ?」


 急いできたのか少し髪が乱れたリリアーヌが、ある封書をレインに差し出して言う。



「舞踏会、国王主催の舞踏会が開かれますのよ。招待状をお持ちしましたわ!」


「舞踏会……」


 レインの顔が暗くなる。リリアーヌが言う。


「今年は仮面舞踏会マスカレイドですわ。レイン様、是非このわたくしと同行下さいませ」


「はあ、リリアーヌ。以前にも言ったが私はそう言うのはあまり好きではなくて……」



「約束をお破りになるのですか」


「約束?」


 リリアーヌがレインに近づいて言う。



「ええ、昨年わたくしが誘った際同じようにお断りになり、そして『来年は一緒に行くから』と仰ったではありませんか」



「……(確かに言ったような気がする)」


 レインが無言で考える。リリアーヌが言う。


「また今年もわたくしに恥をかけと仰るのでしょうか……」


 リリアーヌが泣きそうな顔でレインに言う。レインが諦めた顔をして答える。



「分かった。行くだけなら行こう。仕方ない……」


 それを聞いたリリアーヌが笑顔になって言う。


「嬉しいですわ、レイン様!! 当日は会場にてお待ちしております。あ、それから、そこの女、こちらへ……」



 リリアーヌはそう言ってテーブルで食事をしていたエスティアを指差す。ふたりの会話をつまらなそうに聞いていたエスティアがふらふらとリリアーヌの前に行く。

 リリアーヌはレインに渡した封書と同じものを取り出しエスティアに渡して言った。



「あなたも来て下さるかしら。舞踏会に」


「はっ? 私が舞踏会!?」


 驚くエスティアにリリアーヌが言う。



「そう、あなたと踊りたいと仰る男性がいらしてね、おほほほほっ。是非来て欲しいと」


 リリアーヌはそう言って隣に立つレインの手に腕を絡め、豊満な胸を押し付ける。



(ちっ)


 それを見たエスティアは何だか面白くなくなってきて無表情で言い返した。


「分かったわ。行くわ。行きます!」


 リリアーヌの胸が自分の腕に当たっていることにようやく気付いたレインが少し離れる。リリアーヌが言う。



「そう、良かったわ。是非お待ちしておりますわ。では、会場で」


 リリアーヌはそう言ってレインに投げキッスをすると笑顔を振りまいて出て行った。




「あんた、踊りなんてできるのかい?」


 テーブルに戻ったエスティアにローランが尋ねた。


「うーん、出来ないことはないような、あるような……」


「なんだいそれ……」



 と言うのもエスティアは貧乏貴族時代にたしなみ程度の舞踏には触れていたが、暗殺者訓練が始まってからはまったく練習などしていなかった。正直踊れるかどうかなんて分からない。



(まあ、何とかなるわ)


 エスティアは黙って朝食を食べた。






(ちゃんとしたドレスが必要ね……、あと、胸パッドも……)


 エスティアは自室で服を選びながら鏡に映った『まな板』を見ながら思った。川で流されて胸パッドを紛失してからは、可能な限り大きな服を着て目立たなくしていたがやはりまた作らなければならない。



(一度ついた嘘って、つき通すのが大変よね……)


 エスティアは溜息をつきながら服を見る。服はワンピース以外にも多少は増えていたが、当然ドレスなど持っていない。国王主催の仮面舞踏会マスカレイドとあらばあまり貧相な服では失礼に当たる。



(はあ、買いに行くか。まだあんまりお金ないんだけどなあ……)


 勇者パーティに入って間もないエスティアは当然ながらまだそれほど給金を貰ってはいなかった。

 支度を終えたエスティアが拠点ホームを出て王都街へと向かう。


 王都街は大勢の人で賑わっていた。

 家族連れや手をつないで歩く恋人達。皆楽しそうに大通りを歩く。実の家族にもう何年も会っていないエスティア。

 そんな寂しさを紛らわすかのように大通りのドレス店へ入った。



(うわっ、さすが王都。結構種類あるのね、ドレスだけで……)


 店内に所狭しと並ぶ様々なドレス。

 カラフルなものから落ち着いたものまであらゆるデザインのドレスがある。そして値段も高い。物価が高い王都らしく、普通のドレスですらエスティアの想像よりもずっと高いものであった。



(た、高いなあ……、しかも、デザインもいろいろあり過ぎて困るわ……)


 エスティアが何となく気になったドレスを手に取る。鮮やかな青色のドレス。肩が露出し胸元も強調された大人のデザインである。



(う、うわあぁ、こりゃ、胸、半分ぐらい出ちゃうよ~、こんなん着たら痴女だよ、痴女……)


 そう思ったエスティアが大きな胸をレインに擦り付けるリリアーヌを思い出す。


(でも、パ、パーティなんだし、ドレスだし、ちょ、ちょっとぐらい違った私を見せてもいいかな……)


 突然色っぽいドレスを着たリリアーヌを想像し、それに負けたくないと思い始めたエスティア。すぐに手にしていた胸元が開いたドレスを試着する。しかし着ながらある事に気が付いた。



(しまった! まだ『胸パッド』を作っていなかったわ……)


 胸のサイズが大きめのドレスを選んだエスティア。ドレスを着ても胸元が少しスカスカする。その姿を鏡で見ながら思う。



(なんて恥ずかしい姿……、自分に、周りに嘘をつき続けてきたバチよね……)


 そんなエスティアの気持ちを無視するように外で待っていた店員が声を掛けた。



「いかがでしょうか、お客様?」


 焦るエスティアが答える。


「あ、はい。ちょ、ちょうどいいサイズで……、これを貰おうかな」


「ありがとうございます」



 エスティアはすぐにドレスを脱ぐと自分の服を着る。そして今夜是が非でもシリコンスライムを捕獲してやると心に誓った。

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