12.レインの個人的依頼
「おはよう、レビン」
「ん? ああ、おはよう。ラスティア」
目が覚めたレビンは、愛するラスティアの顔を見て自然と笑顔になった。
一緒になってまだ日が浅いふたり。日々の生活は苦しく、決してすべてが上手く行っていた訳ではなかったが、それでもお互い一緒に居られると言うことは何よりも幸せなことであった。
「お水汲んでくるわね。レビンは先にテーブルに座ってて」
「ああ、ありがとう」
ラスティアはそう言うと朝食用の水を汲みに庭に行く。レビンは一度背伸びをすると、ゆっくりとテーブルへと歩き出す。
(幸せだなあ……)
暖かい陽の木漏れ日。
愛する人と過ごせる日々。
レビンは人生で最も幸せな時を迎えていた。
しかしその時間は突然終わりを告げる。
「きゃあああああ!!!!」
突如響くラスティアの叫び声。
「ラスティア!!!!!」
レビンは慌てて外に出る。そしてその光景を見て愕然とした。
「なっ、ま、魔物……!?」
そこには武芸に縁のないレビンでも感じるほどの禍々しい邪気を放つ魔族が立っていた。そして愛するラスティアの首を掴みその華奢な体を持ち上げている。レビンが叫ぶ。
「や、やめろ!! ラスティアを放せ!!!!」
近くに置いてあったくわを持ち魔族に襲い掛かる。
一瞬。
ほんの一瞬魔族の体が光った。
(……えっ!? 動けない)
激しい衝撃。
レビンが気が付くといつの間にか家の壁まで吹き飛ばされており、腹部にこれまで感じたことのないような激痛を感じる。
何が起きたのか全く理解できない。辛うじて少し開く目には泣きながら自分の方に向かって叫ぶラスティアの姿が見える。
(ラ、ラスティア……、や、やめろおおおおお!!!!)
魔族に握られたラスティアの体が一瞬ビクンと動くと、そのままだらりと力なく静かになった。そしてまるでごみの様に捨てられる愛しき人。レビンは体も、声も出ない状況で必死に愛する人の名を叫び続けた。
その後、レビンは駆け付けた冒険者達によって救助され、約半年ほど生死を彷徨った。
やがて目覚めるレビン。
顔は痩せ細り、目は死に、見舞いに駆け付けた知り合いが誰だか分からない程変わり果てた姿になっていた。
そして知った。ラスティアを殺した魔族が、魔王だったということを。
レビンは決意する。
――俺が、俺が魔王を倒し、ラスティアの仇を討つ!!!
そう決意したレビンは人が変わったかのように、ひとり血の滲むような修行を始めた。人生のすべてを放棄し、ひたすら強くなる為だけにその残りの時間を費やした。
やがて『英雄』と呼ばれるほどに強くなったレビンは、死闘の末に魔王を討ち取る。
倒れ崩れ去った魔王を前にレビンは両膝をついて涙を流した。
(取ったぞ、ラスティア。お前の仇は取ったぞ……)
そう心の中で愛する人に言うと、レビンは勇者の剣を自分の方へ向けて目を閉じた。
――遅くなってごめんな。今からお前のとこへ行くよ……
そう言うとレビンはその剣を自分の胸へと突き刺した。
「ラスティア……」
レインは目を覚ますと頬に涙が流れていることに気付いた。
(会いたい。私は何も要らない、ただ、もう一度、お前と一緒に居たい……)
レインは服の袖で涙を拭くと部屋を出て居間へと向かった。
「あら、おはよう。レイン」
「レインさん、おはようございます」
居間にいたローランやティティ達が挨拶をする。
(エスティア……)
レインは居間にいたエスティアの傍に行き突然抱き着いた。
「え、ええっ!? レインさん!?」
突然の出来事に驚くエスティア。しかし抱き着いたレインの体が小刻みに震えているのが分かる。
(泣いている……?)
エスティアは抱き着かれたレインの体にゆっくりと手を当てる。
「レインさん……? どうしましたか?」
レインの体が熱くなる。未だ状況がつかめないエスティア。ローランが言う。
「レイン、いつまで抱き着いてるんだよ。パワハラだよ、それ」
「レ、レインさ~ん……」
マルクも泣きそうな顔をしてそれを見つめる。
「ごめん……」
レインは少し落ち着いたのかエスティアから離れるとひとり洗面台の方へと歩き出した。
(泣いている……)
エスティアはちらりと見えたレインの目が真っ赤になっていることに気付いた。
「すまなかった、さっきは」
その日の午後、いつも通りに戻ったレインがエスティアに謝る。
「あ、いえ、大丈夫ですから……」
何故ドキドキしているのだろうとその理由が分からないエスティア。レインが言う。
「これから依頼で出掛けなければならないんだが、一緒に来てくれないか」
「依頼?」
「ああ、是非お願いしたい」
「分かりました。同行します」
レインは感謝を述べると後で迎えに行くと言って部屋へ戻った。
「あそこへ行くのかい? 気をつけてね」
出掛けようとするレインとエスティアにローランが言った。レインが答える。
「ああ、夜には戻れると思う」
そう言ってふたりは街の外へと歩き出した。
「どこへ行くんですか?」
エスティアはもしかして暗殺者だとバレて殺されるのかと思いながら警戒して後を歩く。エスティアの質問にレインが答える。
「ああ、辺境にある村の老人施設にこの食料を届けるんだ」
レインはそう言ってまぶしい笑顔を見せながら背にある大きな荷物を指差した。
(相変わらず光輝くようなイケメン面よね……)
エスティアはそう思いながら聞いた。
「食料を届けるんですか?」
「ああ、その村は以前私が魔物から救った村で、その時ひとりのお婆さんを助けたんだよ」
黙って話を聞くエスティア。レインは前を向きながら話を続ける。
「そのお婆さんの名前が『ラスティア』って言ってね、ちょっとした私の知り合いと同じ名前で、いや、全然別人なんだが何故かえらく気に入られちゃって。しまいにはそのお婆さんは私が届ける食料しか食べないって言いだしてしまい、こうやって時々食べ物を届けているんだ」
「勇者が、そんなことの為に?」
レインが笑って答える。
「ははっ、そうだよな。勇者なんて呼ばれてしまっていることを考えると、『そんなことの為』となるよな。ローラン達にも最初は言われたよ。でも……」
レインは少し照れながら言う。
「これは私の自身の為でもあるんだ。勇者ではない、レインとしての」
エスティアは黙ってその話を聞いた。
稀に出掛ける秘密の用件ではなさそうだ。しかし思う。
(そのもうひとりのラスティアって誰だろう? レインさんの……恋人なのかしら?)
エスティアはそのことを考えるとなんだか面白くなくなってきた自分に気付いた。無性に気になるそのちょっとした知り合いの『ラスティア』と言う女性。同時に何故そんな気持ちになるのか理解できなかった。
「エスティア? どうかしたのか?」
黙り込むエスティアにレインが尋ねる。エスティアは腹が立ってしまい思わず冷静ではない質問をした。
「その、ラスティアって人、女性なんですか? 奇麗な人なんですか?」
(あっ! えっ!? わ、私、今、何言った? 何でそんな事!!??)
その言葉を口にしてからエスティアは、その意味に気付いて恥ずかしくなった。少し驚いた表情をしたレインが優しく答える。
「どうだろう、女性だが、奇麗なのかな? 私には分からない」
(な、何よ、そのいい加減な答え!! はっきり答えなさいよ!!)
内心イラつくエスティアだが、顔は至って冷静になって言った。
「そう、じゃあ、早く行きましょう」
エスティアは内にもやもやしたものを感じながら無理してそう言った。レインが言う。
「ああ、そうだな」
ふたりは野を超え山を越え、深い渓谷を歩き、目的の村へと辿り着いた。
「ここだ、エスティア」
それは辺境にある寂れた村。
若者は皆大きな街へ行き、老人が多く残る村。村に活気はなく、誰も住まなくなった空き家が寂しくその閉じられた戸を風にカタカタと音を鳴らしている。
レインは村にある少し大きな建物へ入って行く。
「ああ、レインさん!」
建物の中から年老いた女性がレインを見て嬉しそうに出て来て言う。
レインは皆から温かく迎えられると建物に入り、そのラスティアと言う老婆の傍に行き膝をついて優しく何かを語り掛ける。
(すごく、良い人みたいじゃん……)
勇者にとって何の得にもならない老人への訪問。
レインはそれをおくびにも出さずいつものさわやかな笑顔で対応する。その姿はどこから見ても真面目な好青年。とても裏で人身売買をしている人間には見えない。
エスティアもレインの仲間と言うだけで老人達から温かくもてなされ、食事も出された。
(これ、このスープ。私が昔食べていたものと同じだ……)
貧しかった年少時代。お腹を空かせて家族と食べた味の薄いスープ。
決して美味しいものではなかったが、それをひと口飲むと懐かしさの為か不思議と目頭が熱くなった。
夕方まで村で過ごしたふたりは、皆に惜しまれつつ
「変な依頼で驚いたかい?」
エスティアが答える。
「いえ、レインさんの優しさが伝わりました」
レインは隣を歩くエスティアをじっと見つめる。
特に彼女に何も変化は起きていないようだ。もしかしたら何かがあると少し期待していたレインは少し残念な気持ちになると同時に、彼女の首にあるハートのアザがまだはっきりとある事に少し安堵した。レインが言う。
「一応村からの依頼ではあるが報酬はなし、ほとんど私の個人的な依頼になるのかな」
そう言って笑って前を見る。
ゴロゴロゴロ……
その時ふたりは真っ暗になり始めた空が鳴っているのに気付いた。やがてポツポツと降り始める雨。レインが言う。
「嵐が来るかもしれない。急いで帰ろう」
「ええ」
ふたりは少し駆け足で移動する。
(凄い水量……)
渓谷に差し掛かる頃には隣に流れる大きな川の水量が劇的に増えていた。弱かった雨も今は土砂降りになり、レインとエスティアもずぶ濡れである。エスティアが思う。
(これは意外と暗殺のチャンスかも。よし……)
激流の川の横を歩くエスティアが急に声を出す。
「きゃ!!」
そして倒れるエスティア。それに気付いたレインが後ろを振り向き声を掛ける。
「どうしたエスティア? 大丈夫か!!」
倒れたエスティアは足首を押さえている。レインが屈み、その足に手を当ててエスティアに言う。
「足を痛めたか。仕方ない俺が負ぶって……」
「大丈夫です。まだ歩けます……」
エスティアはそう言うとゆっくりと立ち上がる。レインが言う。
「無理はするなよ。辛かったらすぐに言ってくれ」
「はい、ありがとうございます。さあ、早く戻りましょう」
そう言って再び歩き出すふたり。しかし土砂降りで泥だらけの道は歩き辛く、酷い雨のせいで視界も悪い。その時だった。
「きゃああ!!」
レインは再び後ろから聞こえる悲鳴に驚き振り返る。
「エスティアあああ!!!!!」
レインの目に、体勢を崩し濁流の中へ落ちるエスティアの姿が映った。
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