11.私の魅力って?

 フード付きのコート、そして顔を覆うようなマスクをして拠点ホームを出る勇者レイン。それに気付いたエスティアがすぐに後をつける。


(絶対怪しい!! ついに人身売買の密会だわ!!)


 エスティアは物音、気配を完全に消す暗殺者仕込みの尾行でレインの後をつける。レインも音を立てずに極力気配を消しながら王都の中心街へと歩いて行く。たくさんの人が歩く大通り。お店も次第に増えて来る。



(こんな街中で密会とは大胆ね。いや、逆にこれだけの人がいるから目立たないのかな)


 エスティアは物陰に隠れながら歩くレインを見つめる。

 街を歩く人達もコートにフードを被ったレインを怪しいと思ったのか時折ちらりと見る人もいるが、ほとんどは気にせず通り過ぎる。エスティアは暗殺者訓練で培った尾行技術で気配を殺しながら後をつける。



(ん? お店に入った!?)


 レインは通りの途中で立ち止まり、とある店を見つめると周りを少しだけ確認して店内に入った。エスティアがその店を見て驚く。



(えっ……、『少女の服の店リリアン』!?)


 それは王都ランシールドで少女用の服を売る店であった。

 唖然とするエスティア。物陰からガラス越しに見える店内のレインを注意深く観察する。



(普通に服を選んでいる……、少女の服を? 一体何を考えている……、あ、そうか。変質者。いや、それとも少女売買に必要な衣服を調達している? それとも両方!?)


 エスティアはレインが間違いなく『人身売買を行っている変質者』だと確信した。




(とりあえず中に入って見るかな……)


 その店はそれなりの規模の店。エスティアはレインに気付かれないよう細心の注意を払い店へ入る。気配を消して入ったので店員はエスティアの入店に気付かない。

 服を見るふりをしながら、明らかになレインを見つめる。



(すっごい真剣な顔で選んでる……、まるで仕事? いや、きっとこだわりの性癖に妥協はできないんだわ!!)


 レインは一着一着少女の服を手に取ると大切そうにかごへ入れて行く。エスティアはしばらくレインを見張っていたが特に誰かと連絡を取るそぶりは見せない。

 レインは結構な枚数の服をかごに入れるとカウンターで支払いを始めた。エスティアはその他不審点がないことを確認してから先に店を出た。



「ありがとうございました!」


 女性店員が大量に服を買ったレインを見送る。レインは少し笑顔で会釈すると直ぐに通りへと歩き出す。



(変質者の上、少女好きのロリコンであったか! しかし普通に考えてあんなのと同じ屋根の下に暮らしていると思うと身の毛がよだつわ。本当キモい!!)


 エスティアは歩き始めてレインを再び尾行しようと物陰から出る。そこへ突然声が掛かった。




「エスティア?」


(ひっ!?)


 気配は消していたのに突然呼ばれた名前に動揺するエスティア。しかし呼ばれた方を振り返りその人物を見て安堵した。



「シャルル姉さん!?」


 暗殺者一家バルフォード卿の長女シャルル。エスティアにとっては義姉に当たり、訓練や一緒に暮らした仲である。

 茶色の巻かれた長髪。スリットが入ったスカートに胸の谷間がまぶしい魅力ある義姉である。



「あ、しまった!!」


 エスティアはシャルルに呼ばれて驚く間に、尾行していたレインを見失ったことに気付いた。シャルルが言う。



「ごめんなさいね、エスティア。驚かせちゃって」


 シャルルは軽く舌を出しながら謝る。エスティアは同じ女性ながら義姉が放つ魅力に取り込まれそうになった。エスティアが言う。



「ううん、全然平気。久しぶり、姉さん!」


 エスティアはレイン暗殺の指示を受け、家を出て以来のシャルルの再会に心から喜んだ。シャルルが耳元で小声で言う。



「仕事中だった?」


「うーん、大丈夫だよ。それより姉さん、どうしたの?」


 シャルルは優しい笑みを浮かべて答える。


「ええ、ちょっとお買い物にね。そこで偶然あなたを見つけちゃって」


 会話の一言一言、仕草のひとつひとつが女性らしい。さすが依頼で男を魅了させて義姉である。シャルルが言う。



「今、時間ある? そこらでお茶でもどうかしら?」


「ええ、いいわ」


 エスティアは見失ったレインのことは一旦忘れて、久しぶりにシャルルとの時間を楽しもうと思った。





「仕事はどう、順調?」


 通りのオープンカフェに入ったふたり。歩き行く人を眺めながら冷たい飲み物を手に会話を楽しむ。



「うん、なかなか、かな……?」


 暗殺や依頼といった言葉は使わない。いつどこで誰に聞かれているかも分からないからだ。シャルルが言う。


「そうよねえ、何せ相手があれだから……」


 エスティアがグラスをテーブルに置いて言う。



「そうなのよ! 一見爽やかそうに見えて、実は変質者!! おまけにロリコンってことも判明したわ!! あんなのと同じ屋根の下で暮らしていると思うと……、ううっ、気持ち悪くなってきたわ……」


「そうなの? あんなにイケメンなのに……?」


「そうよ!!」


 周りで聞いている人からすれば、ただの恋の悩み相談にしか聞こえないであろう。シャルルは周りからの視線を感じながらエスティアに言う。



「大丈夫、あなたならできるわ」


「え、あ、うん。頑張るよ……」


 エスティアが再びテーブルに置かれたグラスを持つ。少し暑くなってきたのでグラスの表面には水滴が幾つも付いている。エスティアは手について水滴を両手で拭きながら言った。



「ねえ、シャルル姉さん」


「なに?」


「あ、あのさあ、男の人を魅了するのって……、どうしたら上手く行くかな……」



「ふふっ、どうしたの?」


 シャルルはカップに付いた口紅を手で拭きながら言った。エスティアが少し下を向いて言う。



「うん……、少し色々な方法で攻めて見ようかと思って……」


 それを聞いたシャルルは少し体を屈めて手を伸ばし、エスティアの髪にあるリボンに触れながら言った。



「そうねえ、とりあえず男の人を魅了したければ、リボンはちゃんと真っすぐに結ばなきゃね」


「えっ!?」


 そう言ってエスティアは慌てて髪を結んだリボンに触れる。見なくても分かる大きく曲がったリボン。レインの外出に気付き慌てていたとは言え、女性として基本的な身だしなみができていない。にっこり笑う義姉の顔にはそう書かれている様であった。



「い、急いでいたから……」


 そう言ってリボンを結び直すエスティア。シャルルは座り直すとエスティアに言った。



「そうねえ、魅了するなら、やはりまずは色香かな」


 無言で聞くエスティア。シャルルが小声で言う。



「ねえ、それよりエスティア。その、まさか胸パッド?」


「えっ? う、うん……」


 エスティアは言われてみて初めて、この胸でシャルルに会ったことがないことをに気付いた。シャルルが言う。



「ずれてるわよ、少し上に」


(うげっ!!!)


 エスティアはレインの尾行に集中しすぎていつの間にか胸パッドがずれていることに気付かなかった。慌ててパッドを直すエスティア。シャルルはそれを笑って見つめる。



「ねえ、エスティア。あそこに座っている男ふたり、見える?」


 やっと落ち着きを取り戻したエスティアは、言われた男を気付かれないように横眼で見る。若い男ふたり。先ほどからエスティア達が気になるのか何度もこちらを見ている。



「男の人を魅了するんだったら、さっきも言ったけど色香が一番手っ取り早いわ。あそこにいるふたり、もうわよ」


 自信満々に話すシャルル。エスティアはさすが経験値が違うと思った。シャルルが続ける。



「あと、そうねえ、男の人ってみんな単純なところがあるから、弱いところを見せるとか、守ってあげたくなるような仕草をするとか、そんな単純な事でも意外と気にされちゃうわよ」


「そ、そうなんだ……」


 幼い頃からの山を駆け回り、男友達や魔物を薙ぎ倒し、さらに暗殺訓練まで受けたエスティアには、一体どんな仕草が『守ってあげたくなる』のかさっぱり分からなかった。グラスを空にしたシャルルが席を立ちながら言う。



「無理をしなくてもいいわよ。あなたにできることをすればいいんだから」


 そう言ってシャルルは先程からこちらを見ている男達の横を通り、ハンカチを落とす。それを喜んで拾う男達。義姉はそのまま男達と一緒に店を出て行った。



(す、凄い。さすが義姉……)


 エスティアは何か絶対越えられない壁を感じつつ、ひとり通りを歩き始める。




(魅力、魅力……、私の魅力って何だろう……?)


 ひとり歩くエスティアはふとそんなことを考えてみた。そんな彼女に後ろから声が掛かった。



「おう、嬢ちゃん!!」


 後ろを振り向くエスティア。そこには単眼の男が笑顔で立っていた。どこかで会った人。首を傾げるエスティアに男が言った。



「忘れちまったのか? 俺だよ、レナードだよ!」


 そう言ってグラスを飲む仕草をする。



「ああ、食堂で!」


 エスティアは王都に来てすぐにギルドへ行ってから、夜入った食堂で話した単眼の男を思い出した。レナードが大きな声で言う。



「久しぶりだな、嬢ちゃん! メシでもどうだい?」


「えっ? メ、メシ?」


 戸惑うエスティアの腕をレナードの太い手が握る。



「いいから来いって。俺のおごりだぜ!!」


 そう言って大通り沿いにある同じオープンタイプの食堂へ移動させる。



「乾杯っ!!」


 まだ夕方前だというのに麦酒をあおるレナード。

 乾杯したエスティアもとりあえず注文した料理を食べ始める。そこへ近くに座っていた男達がふたりを見て言う。



「あれ、レナードさん? 新しい女で?」


「ば、馬鹿野郎!! ただのダチだよ!!」


「あはははっ、そうですよね。レナードさんに限って」


 レナードがエスティアに言う。



「嬢ちゃん、勇者パーティはどうだい? 大変だろ」


 エスティアが答える。


「うん、まあまあ、かな……?」


「あはははっ、そうだろ。あいつらバケモンみたいな奴らだからな!」


 それには大いに賛同するエスティア。レナードがグラスを置いて真剣な顔で言う。



「なあ、もし大変だったらよお。俺のパーティに来い。いつでも歓迎するぜ」


「えっ?」


 突然の申し出に驚くエスティア。すぐに言う。



「う、嬉しいですけど、私まだ入ったばっかりだし……」


 レナードが言う。


「あはははっ、分かってるって。もし、の話だよ!!」


「え、ええっ……」



 エスティアは戸惑いながらもストレートに自分に来て欲しいと言って来る人がいることを少しだけ嬉しく思った。




(あれ、あれはエスティア?)


 その後ろの通りを大きな荷物を背負ったレインが通りかかる。レインはレナードと楽しそうに食事をするエスティアをしばらく見つめてから、黙って人の波へと消えて行った。

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