10.エスティアの魅了大作戦
「はあ……、どうしようかな……」
エスティアは自室の鏡の前で色々なポーズをとって自分を見つめた。
「どんな格好したら男の人って魅了出来るんだろう……?」
エスティアは思いつくだけの色っぽい格好をしてみる。足を上げたり出したり、肩を斜めにして少し出してみたり、髪をかき上げ、口を半開きにしてみたり。
(ダメだ……、なんかアホっぽく見える……、もうちょっと魅了の講義しっかり聞いておくべきだったな……)
エスティアは暗殺訓練時代にあった魅了についての講義をほとんど聞いていなかったことを後悔した。暗殺者の中でも抜群の成績を残していたエスティアは、そんなものは自分には必要ないと高をくくっていた。
エスティアは白い足を出し、下着を少し見せながら甘い声を出してみた。
「ああん、レイン様ぁ……」
エスティアは鏡に映った自分を見てため息をついた。
(あかん。これじゃあまるで痴女だわ。……そもそも魅了って色気だけじゃないよね)
そう思ったエスティアは、色気以外で何か魅了出来る方法を考えた。
(そうだなあ、男の人って女の子が何かに怖がったり、可愛いものを愛でたりする女の子に弱そうだから、そう言ったところから攻めて見るのもいいわね。あと女子力。料理とか裁縫とか掃除とか。普通に嫁にしたら喜ばれることが見せられるといいわね! ……ん? 嫁?)
ひとり妄想していたエスティアは、自分がレインの嫁になることを想像する。
真っ白なエプロンをして朝起きて来たレインに『おはようのキス』をする。そして夜、依頼を終え帰って来たレインに『ご飯にする? お風呂にする? それともわたし?』とかいう自分を想像し、ひとり顔が真っ赤になる。そして全力で否定した。
(いやいやいや、無理無理無理!! 人身売買組織の幹部だよ、
エスティアは鏡の前で顔を何度も横に振って否定する。
「と、とにかく『お嫁さんにしたい!』と思わせるほど魅了させることは必要よね。そう、あいつに気に入られようと思うのは依頼達成の為。そう、それだけなんだから!!」
最後は自分自身に言い聞かせるようにエスティアが言った。
「い、いた!! ようやく見つけたぞ!!」
王都から少し離れた郊外の田園地帯。
真っ暗な田んぼの端で勇者レインは変装をして何かを探していた。
(大きさ、活き、形と、どれをとっても抜群のカエルだ!!)
「あれ? あそこにいるのってレイン様じゃない?」
田んぼの横の道を歩く近所の村の女が一緒に歩いている友達に言う。
「そんな訳ないでしょ。こんな夜、田んぼなんかに勇者レインがいる訳ないじゃん!」
「そ、そうよね。でも、若い男がこんな時間に田んぼ何て……、変質者かしら?」
(へ、変質者……)
レインは深く被った帽子に顔を隠しながら女達が過ぎ去るのを待った。
(行ったか……)
レインは女達が過ぎ去るのを確認してから、かごの中に入れたカエルを見つめた。
(よし、これでやってみよう。生前のラスティアは大のカエル嫌い。生まれ変わったとしてもきっと同じようにカエルが嫌いなはず。これでエスティアを……、よし、確かめよう!!)
泥まみれになったレインは捕まえたカエルを大事そうに
コンコン……
「エスティア、居るかい?」
レインは拠点に帰るとすぐにエスティアの部屋へ向かいドアをノックした。
「は、はいっ!?」
ちょうどレインを魅了する為に色々と着替えをしていたエスティアは、突然現れたその対象に驚いて声が裏返る。すぐに言う。
「い、いま、着替え中ですので……」
それを聞いたレインが少し焦って言う。
「あ、ああ、す、すまない。大丈夫、ドアは開けないから。それよりちょっと話があるんだけど、あとで居間に来てくれないかな?」
「居間? は、はい、分かりました……」
「ありがとう、待ってるよ」
エスティアはレインがドアの前から居なくなるのを確認してから考える。
(は、話? 私に? 何だろう……、まさか、バレた? 私が暗殺者だってこと……)
エスティアはまさかと思いつつも勇者であるレインなら気付いてもおかしくないとも考える。エスティアはすぐに服を着替えて居間へ向かう。
(とりあえず行かなきゃ。行かないと余計に怪しまれる。バレているなら、その時はその時よ……)
エスティアは体に得意のナイフを忍ばせて居間へと向かう。
「あれ……、誰もいない? レインさーん?」
居間に着いたエスティアは誰もいない部屋を見て戸惑う。レインを呼んだり探したりしたがどこにもいない。
その時であった。ソファーの影から茶色い何かが飛び跳ねた。
(何っ!?)
エスティアはすっと後方に移動して構える。
「えっ? カ、カエル!?」
そこには少し大きめの茶色いカエルがいた。エスティアが思う。
(何でこんな所にカエルが? ……ん? 待って、このカエルは!!)
エスティアは音も無くカエルに近付くと、素早く右手でカエルを捕まえた。
普通の女の子なら嫌がるであろうカエルやトカゲ、ヘビと言った生き物は既に暗殺訓練の中で嫌と言うほど捕える練習をしている。暗殺者である彼女にとってカエルは怖がる対象ではなかった。そしてカエルを掴んだエスティアがそれを見て言う。
「こ、これって、極楽カエルじゃん!! うわー、美味しそう!!」
カエルの中でも極楽カエルは極上の鶏肉と変わらない美味しさ。食べた者が『極楽~』と喜ぶところからその名が付けられている。
更にこのカエルはあくを抜き乾燥させることで極上の携帯食となる。野山を駆けていた貧困時代、そして暗殺訓練の習慣で、エスティアにとってカエルは食料にしか見えなかった。
「レインさんはまだいないみたいだし。よし、今のうちに処理しておこう!!」
エスティアはそう言うと嬉しそうにカエルを掴んで調理室へと向かって行った。
(カエル……、美味そうって……)
気配を消して隠れていたレイン。
もしエスティアが悲鳴を上げてカエルを怖がるようならばすぐに助けに行くつもりだったが、予想もしない展開に出て行くタイミングを完全に逃してしまった。
そして彼は、この後『話がある』と言って呼び出したエスティアの対処にとても苦労することになった。
「まったく、話って一体何だったのよ!!!」
翌日の朝、鏡の前で昨夜のレインとの件を思い出し憤るエスティア。
暗殺者がバレたのかと緊張して行ったのに、話は『困ったことはないか、仕事には慣れたか?』と言ったどうでもいい話。エスティアが思う。
(若い女の子を夜呼び出すなら、それなりの用件にしてよね!!!)
そう思いつつもその『それなりの用件』って何だろうと考える。そして顔を赤くするエスティア。
(わ、私、一体何を考えているのよ!! そんな事、き、期待していないよおお!!!)
エスティアは自分の思った妄想を全力で否定する。
その時、レインの部屋の方でドアが開く音が聞こえた。
(ん? 出掛ける? 今日は特に用事はないはず……、まさか人身売買組織の密会?)
エスティアは音も無く部屋を出て、外へ出かけようとするレインを遠くから見つめる。
レインはいつもの服装ではなく、濃いグレーのコートに深くフードを被っている。そして顔には不自然なマスクをして出掛けて行った。エスティアが思う。
「変装!? ますます怪しい! すぐにつけなきゃ!!」
エスティアはそう小さく言うと、すぐに自分もコートを着込んでレインの後を尾行した。
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